第30話 悪巧み
ボクは、自室の前でその光景を見ていました。
唐突に、大きな声が聞こえてくる。
「は? つまりなんですか? 八重子ちゃんは誰かの依頼を受けて僕を呪い殺そうとしてるってこと?」
そんな驚いた様子の表屋くんの声。
ふむ。面白い話を聞けましたな。
彼らの会話は徐々に小さくなって聞こえなくなってしまったけれど、ろくな会話ではなかった様子。集まっていた人たちはバラバラとはけていく。
最後まで残っていた表屋さんも、やがてくたびれた様子で部屋に戻っていきました。
「と、言うことがあったのデス」
「へえ」
物珍しそうにボクの部屋の壁にある薬品を眺めている
どうにもボクは影が薄いようで、盗み聞きするつもりはなくても色々情報を聞けてしまうことがあるのです
1階に住んでいるというのもありますが……。
「面白いことになってるみたいだよね」
まだまだ若くて幼さを残す網村くんですが、彼はこういう情報をお金で買ってくれるので助かっています。
そのお金が暗丘さんから入っているのは存じてますけれど。そして暗丘さんがしているお仕事は僕からの依頼であるときもある。ということもわかっております。
つまりお金はめぐるのですね。
「ボクのお隣さんでのことですから、なんとなくは察してますけれど」
「俺も、隣のことだからさ。なんとなく察してる」
と二人で言って、クスクスと笑ってしまいました。
ああ、すっかり彼を立ちっぱなしにしてしまった。ボクの部屋は椅子を置けるようにフローリングを敷かせていただきましたので、そこにある椅子に座ってもらいましょう。
そう促すと、彼は手に持っていたノートパソコンを堂々と広げました。ええ。今更文句を言うような関係ではありませんので、構いませんよ。
ボクはそのうちにお茶を入れましょう。
「俺お茶いらないよ」
「そうですか?」
「ビーカーで飲みたくない」
と素直におっしゃる。ひどい。
仕方ありません。
では、ボクのだけ用意することにします。普通のコップないので、もちろんビーカーです。
そうして入れている間、ふと網村くんに視線を移しますと、こちらをみてニヤニヤと。
「なんですか?」
「お前さ、興味ない?」
「何にです?」
尋ねると、彼は楽しそうな顔をしてボクにモニターを見せてくれました。
そこに映っていたのは一人の青年。
ああ。ボクがいま一番興味のある存在。
「二重人格者のし・た・い」
死体。
そうです。彼の死体。
「もちろん、興味は尽きませんよ」
なんと言っても私はそれが好きで好きで仕方がないのですから。
ああ。あの匂い。あの芳しい香り。あの白く美しい肌。硬直し、人形のように完成されたあの感触!!
素晴らしいことです。
生きている人間よりずっとずっと──。
「気持ち悪い妄想してるとこ悪いんだけどさ」
はたと気づいて彼をみれば、ひどい顔をしています。
気持ち悪いとはなんですか。ひどい言い分です。
「ボクの
「……わるかったよ。で」
「はい。興味あります」
ボクは大きくうなずきました。
ボクは実際には初めて会いました。普通にそのへんにいるようなものではありませんね。
正確には同一性障害の一種なわけですが、多くの場合は過去や苦痛からの自己を守るための、いわば防衛本能の暴走とでも言いましょうか。それによって引き起こされる現象といいます。
おや、しかしそうなると、つまり彼にはそういった過去があるということに?
「彼はなぜそうなったのでしょうね」
「さあ」
興味もなさそうに網村くんが肩をすくめます。ボクとしては、しかし興味がある。
「両親の虐待……という線がよくある話ですが……」
「両親てゆーか、父親はいない。母親は死んでるよ」
「調べたのですか?」
尋ねると、彼はにやりと笑いました。
「俺さ、もっとあいつのこと調べて見ようと思うんだよね」
「……」
「なんだよ」
思わず沈黙を返してしまいましたが、網村くんが不機嫌になってしまいました。
しかし、うーん。ボクとしては推奨できない気もします。もちろんボクの目的のためならば彼に調べてもらってもいっこうに構わないのですけれど。
「ボクとしては構いませんが、あまり介入しすぎるのはいかがなものかと思います。なにせ彼、すこし危険なようですし」
と、網村くんに誘われた飲みの場で起きた表屋空──お兄さんの
あれをボクは見たわけです。もちろん彼も。
その危険を押してまで、調べようとする理由はわかりませんね。
それに……。
「よろしいんですか? 最近彼と親しそうにしているではないですか」
「ああ、まあね」
「では……」
ボクがそう言いかけると、彼は楽しそうに声を出して笑いました。まるで普通の子供のように。まるでボクをあざ笑うかのように。
「もう別に友達でも隣人でもなんでもいいけど、そりゃ親しいよ、俺としてはね。でも」
網村くんは笑います。無邪気に。
「友達が死んだらどうなるか、ちょっと興味あったんだよね俺」
それは無邪気な子供が
死に対する興味をもつ壊れた子供のように。
ボクには理解できないですね。
もっと死は尊いものです。そしてそれが詰まった死体も。死の美徳も知らずによくもそういうこととが言えるものです。
親しい友達が死んだら?そしたらその死体を愛でるのですよ。どうなるかなんてわかりきったことを言いますね。
親しい人の死体がいいのは当然ですから。
ああ、でも。それが楽しみというのは、彼もまた歪んでいるのでしょうね。
「いいんですか?彼が死んでも」
「おもしろければ誰が死んでもいいいじゃん。俺だけが生き残ればさ」
ということのようですね。
「君も大概ですね」
「えー?普通だろ? 誰だって親しいやつの死を楽しみにして生きてるんじゃないの?」
「さあ」
そうですね。
楽しみではないですが、死んだらぜひ死体はいただきたいとは思います。
死は緩やかに美しくもたらされてこそです。
そういう意味では、毒島さんのような毒殺という手法は、美しいまま残す素晴らしい技術やもしれませんが。
できれば外傷などはなく手に入れたいものです。
ボクが表屋くんの死体の損傷具合を心配しながら、入れ終わった珈琲を飲んでいる間、楽しそうに網村くんはパソコンをいじっています。
楽しそうデス。
「何をしているのですか?」
本当は、こういうことは聞かないが吉でございましょうが、ええ、まあ気になったので、尋ねました。
案の定ニンマリと笑って彼が言います。
「気になってたんだよね。表屋空がいると必ず起きる事件」
「事件ですか?」
と聞くと、網村くんがボクの前にモニターを見せてくれました。
ええと、なになに。
ほほう、彼は何度も引っ越しを?そのたびに女性が行方不明になり、そして……。
「あれ、つい最近も起きてるんだよ」
にしし、と笑って彼が言います。
なるほど。
それは、それは。
とても面白い話ですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます