第29話 ポルターガイストの真相?



 カンッカンッカンッ

 と、高い音を響かせて降りてくる彼女を、僕は呆然と見ていた。


「毒島さん?」


 相変わらずのツインテールだけど、服装は制服じゃない。色の濃いパーカーを着ていて、まるで闇に溶け込んでいるようにも見える。

 夜に出会う彼女は、少しだけいつもと違ってとても冷たく見えた。

 階段を降りる途中の毒島さんと目が会う。


「えーっと、空くん?」


 と語尾に疑問符を浮かべて彼女は僕の名前を呼んだ。

 街灯の明かりでは、僕の顔はみえないのだろうか。


「そうだよ。めずらしいね夜に会うなんて」


 僕は動揺を隠すようになんでもない風を装う。

 街灯の明かりの下で、謎めいた言葉を耳元で囁いた魅内潔子さん。それが頭から離れなくて、僕は混乱状態にあった。

 毒島さんは階段を降りきって潔子さんの横を通り抜けると、潔子さんと僕とのちょうど間で足を止めた。


「だねー。で? なんの話してんの?」


 毒島さんはそれが聞きたかったのだとでもいうように、僕の言葉を流して言う。


「なんのって……」


 君が教えてくれたこと。僕が霊に悩まされているのは、潔子さんが犯人なんだという話。その真相を聞こうとして、でもうまく聞き出せなかった。っという状況で、今は別に何かを話しているというわけでもない。

 むしろ会話は終わったとばかりに彼女はいなくなろうとしたわけだけど、かわりに不思議な言葉を送られて、僕は混乱している。そんな状況だ。

 それをどう説明しようか。

 まるで毒島さんから潔子さんへの悪口を聞いて真に受けてあなたに詰め寄ったのだと、潔子さんに告白するようではないか。

 毒島さんに対しては、君の言葉を疑っていて確認を取っていたところだよ。とでもいうような……。

 どちらにも何も言えなくなってしまって僕は言葉が出てこない。

 言葉をつまらせる僕を見ていた毒島さんは、次に潔子さんに視線を向けた。

 

「じゃあ、潔子。何話してたの?」


「言う必要がありまして? 毒島さん」


 剣呑な雰囲気がただよう。

 毒島さんが潔子さんと仲が悪いと言っていたのは本当だったんだ。と僕はひりつく空気の中思った。

 向かい合う二人を交互に見る。といっても潔子さんの表情は見えるが、毒島さんの表情は見えない。


「あははー、顔がひきつってなあい?」


 毒島さんが潔子さんを揶揄う。彼女の言うとおり、潔子さんの変わらない笑顔が、どこかひきつっているように感じられた。

 しかしやはり笑顔ではあるのだ。

 

「なんのことでしょうか。ところで、どのような御用でしょう」


 潔子さんが冷静に返す。お互い話をする気はないとでも言うようなやり取りだ。


「表屋くんにイタズラするのやめてくんない?」


 低く毒島さんが言った。

 どうやら本気で言っているらしい。鷹揚にも取れる態度で、上から見下ろすように潔子さんを睥睨しているのだろう。後ろから見ても彼女の負のオーラのようなものが見えるようだ。

 僕は思わず後ずさる。

 

「わたくしが彼にいたずらする理由がありまして?」


「今まさにしてんじゃん。それに覚えがないわけでもないんじゃなあい?」


 潔子さんの笑顔が曇る。

 正直助かった。毒島さんが直球で聞いてくれたおかげで、答えがわかるかもしれない……。


「潔子の仕業なんでしょ」


「わたくしは何もしておりませんわ」


「じゃあなんで表屋くんの部屋にユウレイが出てくんの?」


「証拠もないのに、わたくしに罪を着せるのはやめてくださいませ」


「ユウレイとか、潔子の専売特許? じゃん」


 二人のやり取りは打てばひびくという状態で、最後に難しい言葉がわからないのか、疑問符をつけたような言葉を毒島さんがいったところで、会話は途切れた。

 唐突に、潔子さんの目線が僕に向けられる。


「毎日霊はあなたのところに?」


 と尋ねられる。

 僕は小さく頷いた。

 

「その霊、彼女はあなたに何か恨みがあるのかもしれませんわ」


 霊に恨まれている?

 ああ、そうか。霊といっても元は生きていた人間なんだものな。その子が僕に恨みがあるのかも。

 でも子供相手に何かしたかな。


「恨まれる覚えはないよ」


「あなたはかつて彼女に会ったことがあるのでは?」


「そんなの……覚えてるわけ」


「いいえ、あるはずですわ。でなければ取り憑かれることはありません」


 そう言われても、ないものはないのだ。

 それに。


「やっぱり潔子さんじゃないんですね」


「ちがいますわ」


 と即答される。

 つまり潔子さんは無関係ということ?

 どうしよう。この状況。ちょっと毒島さんなんか言って。


 潔子さんは僕に憐れみの目を向けてきた。


「そういうことです。覚えはないのですか? 今のあなたはわかりません。でも、先程のあなたにならあるいは……」


「先ほど? 今?」


 先ほどっていつの、どの時だ。


「ですから、先程のあなたは別人のようでした。確か名前は──」

「てかさ!」


 突然潔子さんの言葉をさえぎって、毒島さんが叫んだ。

 おどろいて、彼女のほうをみる。

 腰に手を当てて仁王立ちしていた毒島さんが、不機嫌に顔を歪ませている。


「アタシは表屋くんのこといっぱい知ってるし!」


 と毒島一笑が声をはった。

 

「そうだよね!」


 続けて毒島さんが僕に詰め寄る。

 こんなにハキハキと喋る彼女も珍しい。


「え? あ、うん? そうだね」


「じゃあ! アタシのことも名前で呼んで!」


 ……はい?



「だって潔子ばっかりずるい!」


 …………はい?

 え、なに、え?それなに?どういうこと?なぜ突然。

 一方の潔子さんは済まし顔でいる。

 別にだめってことはないけれど……。しばらく渋っていると、ずいずいっと顔を寄せて毒島さんが言った。


「かーずーえー」


 そう呼べということなのだ。

 

「か、一笑……さん」


「きもい」


 ひどい。


「じゃあ、一笑?」


 なんとか呼びなおすと、毒島さんは納得したように頷いた。

 これからは一笑と呼ぶように気をつけよう。

 しかし女性はどうしてこう名前で呼ぶように強要するのか。どう呼ぶかなんてどうでもいいと思うのだけど。

 たしか、そうだ。あの夕暮れに会った少女、八重子。

 あの子が名前で呼べと言ったときから、みんなそういいはじめて──。

 そう思って、ふと、真夜中に現れる少女のことを思い浮かべた。

 もしかして、毒島さんのように何かを要求しているのだろうか。だからああして見つめてくるのだろうか。


「あの子供の霊は僕に何をしてほしんだろう」


 僕はつぶやく。

 すると潔子さんが怪訝そうに眉をひそめた。


「お待ちになって? 子供?」


 と尋ねられる。


「そうです、子供の幽霊」


「それは私の存じ上げている方とは異なりますわね」


 え?

 ん?どういうこと?


「失礼いたします」

 

 そう言って、潔子さんは毒島さんの隣を素通りして再び僕に近づいた。

 そしてじっと目を見つめられる。

 近くであらためてみると、美人だ。

 なんて僕が思っていると、突然潔子さんは驚愕に目を見開き、僕の目の前から頭を振って後ずさった。

 ひどく醜悪なものをみたような顔で僕をみる。

 いや、僕を素通りして何かを見ている。

 ──初めて彼女の笑顔が崩れた気がした。

 しかしそれも一瞬ですぐに微笑みを浮かべる。


「……これは呪いですわね」

「だから、それを潔子がやってるんでしょ。って言ってんの」


 毒島さんの言葉に潔子さんは不快げ視線を返した。


「わたくしではなくてもできる方はいるではありませんか」

 

 という。

 毒島さんが眉を上げて睨むが、潔子さんはどこ吹く風と言った風情。しかし視線はある部屋を見ていた。

 その部屋の方向に視線をやった毒島さんが、ふと気づいたように言う。


「あ。もしかして、八重子のこと?」


 え?


「八重子ちゃん?」


 街灯のしたに立ち尽くしていた僕は思わず声を上げた。

 潔子さんがそれに頷く。

 腑に落ちない。という顔をしているだろう僕に、潔子さんは笑顔を深めて、ふふふと声を上げて笑った。


「八重子ちゃん。だなんて」

 

「え? あの、八重子ちゃんて何者何ですか?」


 僕はあの小さな少女を思い出しながら尋ねる。

 正直言えば不審な気配はあまりしない子だったと思う。まあ雨が振りそうなあんな時間に僕を待っていたり、仕事がどうこうと不思議なことを言っていたけれど。

 ん?


「仕事って。八重子ちゃんが仕事って言ってました。それで様子を見に来たって」


 潔子さんは口を噤んだままだ。

 答えてくれよ。

 僕の思いは届かない。

 不意に潔子さんは視線を毒島さんにうつした。

 それを受けて、毒島さんが顔を歪める。


「自分で言ってよ」


「言えませんので」


「まだだめなの?」


「まだだめなのです」


 とワケのわからないやり取りのあと、結局毒島さんがやれやれと肩をすくめ、ため息まじりに僕を見る。


「あのねえ表屋くん。八重子はねえ呪屋のろいや呪殺屋じゅさつやとも言うらしいんだけど、要するにね、人をのろい殺すお仕事してんの」


 人を、のろい殺す?

 そんな非科学的な……。

 まじで?


「は? つまりなんですか? 八重子ちゃんは誰かの依頼を受けて僕を呪い殺そうとしてるってこと?」


 二人が同時に頷いた。

 なんということだ。

 予想外の真実が判明してしまったぞ。


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