第26話 201号室の魅内潔子 - 1




 とっくに去っていったゴミ収集車の後ろ姿を、一人ぼーっと眺めていた僕は「まだ、ぼやぼやしてるのか」なんていう言葉をかけられて振り返った。


 いつの間にか、虚が僕をじっとりとした目つきで見つめている。


「昨日……驚いて気絶するなんて、こっちがびっくりするだろう、空」


 と文句を言われる。

 苦笑して、僕は虚ろ向き直った。


「ごめんて、でもうつろがいてくれたら、僕だってもうちょっとがんばれたよ」


「人のせいにするなよ」


 不機嫌そうに虚が言う。


「だって……。そういえばさ、虚、最近どこで外泊してるんだよ。帰ってこない日が多いような……」



「あっれえ、表屋くん? そこで何してるのお? もうゴミ行っちゃったみたいだけど」


 びくっとした。

 当然話しかけられれば僕も驚く。というか最近突然の出来事には基本驚く。

 声の方に顔をむければ、飛び込んでくるのはピンク色のツインテール。可愛らしい制服姿。

 ああ、なんだ、毒島さんか。


「ちょっと虚……兄さんと話しててさ、ね。っていないし。まったくあいつすぐいなくなるんだから」


 周囲を見渡して、しかし気づけば虚の姿はなかった。進出鬼没なところがあるんだよ。最近は特にひどい気がする。せめて挨拶くらいしていけばいいのに。

 

「ふうん」


 と毒島さんがニンマリと笑って奇妙な相槌あいづちを打ってくる。

 その顔を見て、僕は内心でにがにがしい思いを押し殺した。

 最近、どうも彼女の対応が奇妙だ。何かを含んだような反応をされることが多くなってきた気がする。

 いつからと言われると、あのパーティーの日の前後だったと思う。

 というか、あのパーティーからやはりおかしなことが続いているんだよな。

 それまでと違うことが起きるようになった。幽霊騒動とかいい例だよ。そのせいで、どうも最近は最近は、と、連発してしまうし。

 そしてそれが微妙に不快だ。


「ねえ、最近さあ、顔色悪くなあい? なんか変なものでも食べた?」


 とこれまた彼女にも最近は、なんて言われる。

 それに、君がいうなよ。って思うのはおかしいだろうか。だって彼女は毒殺魔でしかも人に無邪気に毒リンゴを渡してくるような子なのだ。その子に変なもの食べた? と聞かれるのは奇妙な感じがする。

 彼女からりんごもそれ以外ももらった覚えないし、変なものも食べた覚えはない。そうではなく。


「……昨日ちょっとね」


 そこまで言って、ふいにこれまでのことをこの子に相談してみてはどうだろうか、と思いついた。

 昨日は突然気絶してしまって、すぐに虚が帰ってきてくれたからなんとかなったけど、虚がいなければやばかったのだと思う。このままこの怪奇現象を放置していても改善していく気がしない。怪我でもすることがあれば大変だ。

 そもそもの話。この怪奇現象がいつからあるものなのかわからない。ずっと前からあるのかもしれないし、考えたくないけど、僕が来てからなのかもしれない。

 いずれにしても僕以外の住人は僕よりずっと【オトギリ荘】に住んでいるわけだし、しかも毒島さんはお隣さんだ。何か知っているかもしれない。

 反対隣の暗丘さんに聞くのもありだけど、彼とはいつ会えるかわからないし。いい機会かもしれないと思った。

 

「あのさあ、毒島さん」


「なに? リンゴ食べる?」


「いや、いらないけど」


「いつになったらもらってくれるの?」


「永遠にないと思う。そうじゃなくて、このアパートって、幽霊でるとか、そういううわさある?」


「肝試しでもすんの?」


 違う。キョトンとした顔の毒島さん。

 その反応を見て、彼女にそれなりに期待していた僕はがくりと肩をおとしたい気分になる。真面目に相談しようとした自分がバカみたいに思えた。

 いや、肝心のことをまだ言ってないのにあきれるのは筋違い。ひどい話だ。そうにちがいない。こういうことはとりあえず聞いて見てからあきれるなりすればいい。


「そういうことじゃなくてさ。幽霊をよく見る。とか」


「ユウレイ? 見るけどなんで?」


「そうだよね……ん?」


 見るの? いるの? なんでそんなもんだろみたいな反応なの? それ常識なの?

 愕然がくぜんとしてほうけた顔をしてしまった僕を毒島さんが笑う。

 毒島さんはおもちゃを見つけた子供のように、楽しそうだ。自分の髪をくるくるといじりながら。


「そんなに珍しいことじゃないのはホントだよお。このアパートで死んだ人いっぱいいるし」


 と言った。

 その中の数人は彼女のしわざじゃなかろうか。

 僕が絶句していると、毒島さんが「ユウレイがでてきて眠れないの?」と尋ねてくる。

 呆然ぼうぜんとしたまま小刻みにうなずいて見せる。

 そうなんだ。そうなんだよ。と思いのたけをぶつける勢いだ。

 毒島さんはうーん。と悩む素振りをしたあと、ふと心当たりを見つけたのか、パッと笑顔になり、得心がいったという様子でうなずく。

 それから人差し指をピンとさ立てて。


「それ、多分潔子の仕業だよ」


 と上目使いで言った。


「潔子って……魅内潔子さん?」


「そうだよ」


 着物姿の彼女を思い出す。

 あの優しく声をかけてくれた人が犯人だって? たしかに、彼女と出会ってから幽霊がでなくなったりして、関係しているような気はしないこともないが。

 ってそもそも仕業とはどういうことだろう。

 そのまま疑問を口にすると、毒島さんはそれはそれは楽しそうに


「だって潔子は幽霊がみえるんだもん」


 などと言った。

 

「幽霊が見える」


 僕も見える。

 正確には、ここ最近よく見るけど、多分そういうことではなくて。


「霊感があるってこと?」


「みたい。よくわかんないけどお、そういう話だよお。だから、怒らせない方がいいって」


「えっと、毒島さんは彼女と仲良いの?」

「んなわけないじゃん」


 間髪入れずに答えが帰ってきた。

 不機嫌の極みです。とでもいうような顔で毒島さんが言う。仲は悪いらしい。


「暗丘っちがあ、一回怒らせて大変だったって言ってたの」


 暗丘さんが? 怒らせて、大変だったって。

 と心の中で復唱。つまり。


「……幽霊に襲われたり?」


 こわごわと尋ねる僕をあざ笑うように、毒島さんは「そうだよ」っとにっこり笑って言う。

 いやいやいや、笑い事じゃないんだけど。

 嫌な汗がでそうだ。


「呪われたって暗丘っちはいってたけどお、もしかして表屋くん呪われちゃった?」


 などとハキハキいわないでほしい。

 呪い? なんだって?

 呪われるいわれなんてない。魅内さんに恨まれるようなことした覚えはないもの。

 そりゃ、声かけてもらったのに逃げ出したりしたけど、まさかそんなことで。いやいや、幽霊が出たのはその前だ。だから関係ないはず。いや、でも……。


 何かの間違いだよ。さすがに。


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