第25話 302号室監視継続中
「あ。倒れた」
「あ?」
部屋で黙々と進士から渡された資料を呼んでいた俺は、その進士の言葉に思わず顔を上げて、首をかしげた。
なんだって?
「今なんていったよ」
「オッサンは仕事してろって」
「お前が変なこと言うからだろうが、倒れたって言わなかったか? 何が」
「表屋空が」
「は?」
なんでそんなことわかる。
そう思ってあぐらをかいて座っていた畳から立ち上がり、進士が向かっているモニターを
モニターには、あらゆるニュースやら情報が散りばめられていた。それこそお隣の家の猫の名前だの、こないだ死んだお向かいのおばちゃんの情報だの、隣町で見つかった
「ってエグいニュースばかり集めてんな」
「うっせーな、そこじゃねーよ」
言って、進士がある小さなモニターを指差す。その中で、表屋空が倒れていていた。というか、これは映像だ。
角度的に表屋空の部屋の中。それも随分と低い位置にカメラがあるらしい。
「おまえ、これどしたのよ」
と返事の決まりきったことを俺は尋ねる。
「こないだ表屋がテレビ買うのに付き合ってさ。そこにちょっと仕込んどいた」
隠しカメラをテレビに仕込むって、あれだけ脅されといて。ほんと、よくやるよ。まったく
俺はそう思いながら次の暗殺のための資料に再び目を落とし、しかしすぐに顔を上げた。
「倒れたって、なんで」
「さあ。アレって機械とは相性悪いからさっぱり」
「あれ?」
進士のいうアレが何かわからず頭をかきむしる。
「あれってなによ」
「だからアレ」
そういって進士はモニターを指さすが、特に何もない。変わらず表屋くんが倒れているだけだ。
「どれ」
「だから、見えないやつだってことだよ」
めんどくさそうに吐き捨てる進士をみつめて数秒。ああ。と俺は納得した。と同時にげんなりする。
「表屋くん。女難の相でもあるんじゃないの?」
俺の言葉に、進士が肩をすくめて見せた。
表情はここ数日では一番楽しげである。
俺はため息をはいて、表屋くんの不幸に
先日彼は201号室の
彼女に会うと、というか、彼女に目をつけられると、まあ、こういうことが起きる。
要するに、カメラにうつらないような何かが部屋に出たり。後をつけられたり。そういうことが起きるわけだ。
「なに、潔子ちゃんに恨まれるようなことしたのか表屋くん」
「さあ。でもあの女、基本男には塩対応だろ」
と、進士は言うが、男でも女でも多分塩対応だと思われる。
というのも、彼女はどうも人間嫌いの気がある。俺にも塩対応だが、毒島ちゃんとも仲が悪いようだし。俺の想像では、見えないお友達がいっぱいいて、それ以外には興味がないって感じだ。
まあ進士も情報以外には興味がないし、毒島ちゃんは隣部屋のやつにしか興味がないし、俺もターゲットくらいしか興味がないといえばないから、めずらしいということでもないのだけど。・
要するに中身は相当キレてるんじゃねーかと想像してる。
外見のほうは、人に好かれそうだが、それもどうだか。
そもそもあの笑顔がおかしい。
以前ちょっとからかって、怒らせるようなことを言ったことがある。人間怒ると本性がでるもんだ。ところが、明らかに機嫌が悪くても、逆に笑顔が深くなるんだ彼女は。
俺自身はわざと笑ってスキをつくったりするわけだが、あれはそういうのとは違う気がする。
なんつーか、笑顔っていう表情しか作れないんじゃないかとすら思う訳だ。
殺し屋の勘。
多分、
その魅内潔子に恨まれると、モニターに映らないような何かが身の回りに起きることがあり、それに関しては進士でもどうにもならない。
おっそろしい女だ。
まあ、俺の時は交渉してどうにかしたが、以来あまり関わりたくない相手だった。
「可哀想になぁ。潔子ちゃんこわいから」
「そうでもないかもよ」
と進士が鼻で笑って言う。
なーんでお前にそれが言えるわけ?
「お前は潔子ちゃんの怖さ知らないから」
「知らないこととかねーから! じゃなくて、いるじゃん。あのババアと同じようなことできるやつ一人いるじゃん」
ババア…………。
まあ、いいか。潔子ちゃんと同じようなこと?
って言ったらお前、明らかに一人くらいしか……ってかやっぱり。
「女難だなあ、表屋くん」
思わず苦笑いが漏れた。
「俺達以外みんな女なんだから、オトギリ荘の人間に関わったら、大体は女に悩まされるに決まってるだろ」
と、進士が笑っていう。言われてみればそうだ。
俺と、進士と、白塗沢くらいなもんで、そこに表屋くんが現れて。それでようやく男が4人になった。
あ。管理人の存在を忘れていた。まあ交流ねえからいいけどさ。
ともかくそんなだから、俺達以外に関わるということは、女に関わるってことと同義なわけで、そしてどの住人も一筋縄ではいかないのが、このオトギリ荘だ。
「関わらないように気を付ければ大丈夫だろうにさ、なんで関わろうとすんだろうな」
進士が心底あきれた様子で肩をすくめる。
俺も同じく肩をすくめて見せたが、理由は明白に思えた。なんて言っても表屋空という人物はいわゆる普通の大学生なのだ。
二重人格ということを除けば。
人格が2つあって、うち1つがおかしい──ある程度こちら側にちかい。ということはわかったが、空自身は狂っているわけではない。と思われる。
普通の感覚として、隣人と仲良くしようという。まあそういう感覚なのだろう。
やはり哀れだ。
「俺さあ、ちょっと表屋空について調べてみようと思うんだよね」
「やめとけよ」
進士のその言葉に俺は反射的に返した。
返して後悔する。
軽率な行動は控えたほうがいい。そう忠告したところで、進士はむしろ危険なことほど調べたがるタイプだ。
俺もなんでそれわかってて忠告しちゃうかね。
案の定、更にやる気を出した様子の進士がキーボードをタイプし始める。カタカタと規則正しい速度でタイプされる音がいい音だ。
早速調べにかかったらしい。
「俺は警告したからな」
重ねていうが、知らんぷりだ。
ったく。知らねーぞ。
あのもう一人の表屋虚という存在は、空くんよりずっとネジが外れているように思える。
そして、そのネジを緩ませるのは、表屋虚ではなく、おそらくは──。
「二重人格者ってのはだいたいやっかいってのが、お決まりだろうよ」
進士に聞こえたかはわからないが、一応俺はそうつぶやいて、進士に最後の警告をする。
しばらく進士の背中を眺めていたが、返事がないどころか反応ひとつない。
仕方ない。
なるようにしかならんだろう。
俺は仕事の資料を広げて小さくため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます