第19話 302号室でパーリーナイト - 5




 僕は眉間を揉みしだきながら、彼らの顔を見渡した。

 なぜ、いつも夜いるとか、昨日いたとか、そんなことを聞くのか……。

 僕は落ち着かない気持ちを鎮めるように小さく深呼吸をする。

 すると、見計らったように白塗沢しらぬりざわさんが薄く笑顔を浮かべながら言った。


「昨日の夜、表屋さん……空さんは何していたのですか?」


 おや、と思う。

 会話の流れ的に、うつろが今どこにいっているのか、とか、聞くだろうと思ったのに……。僕のこと聞いてきた。

 ただ、まるで刑事ドラマのようだ。

 アリバイを聞かれているみたい。

 昨日の夜、僕は。


「勉強を……」


 混乱したまま、かろうじて答える。

 本当にどうしたんだこの状況、急にどうして尋問を受けているような状況になっているのだろう。


「部屋でずっと勉強してたのかよ」


 今度は進士くん。

 三人が僕に詰め寄るように、問い質すように問を重ねてくる。

 昨日は部屋でずっと勉強をしていた、はずだ。けど、自信がなくなってきた。


 ズキズキと頭が痛みだす。


 昨日の夜のことなんか、よく覚えていないよ。意識して行動していれば別かもしれないけど、そんな、昨日の夜ご飯だって思い出せない時があるのに。

 それに、そうでなくても僕は忘れやすい。


「……僕、実は過眠症に似た症状があるみたいで、突然寝ちゃうことがあるんだ。記憶ないし、多分寝てしまってたのかも」


 嘘じゃない。

 もうずっと前からで、医者からは長く付き合っていかなくてはいけないかもと言われている。

 いつも突然眠ってしまうのだ。

 だからきっと昨日の夜もそうだったのだろう。

 そう説明するけど、彼らの表情は懐疑的だ。



「……お兄さんも?」


 進士くんが笑いながら言う。

 また、うつろについて。

 ああ。

 やはりこれは、僕についてじゃなく、うつろについて知りたがっているのだ。


「兄は起きてたんじゃないかな……。昨日の夜は、兄は出かける予定なかったはずだし。それに僕が寝ちゃうときはいつも起きててくれるし……」


「ふうん。昨日夜、オレ挨拶にいったんだよね、ほら、歓迎会のこと伝えようと思って」


 えっ、と僕は目をまたたく。

 知らない。僕が歓迎会のことを知ったのは今日の夕方だ。

 バイトから帰ってきたときに。


「そうなの? 僕やっぱり寝てたのかな、ごめん」


「いや? ちゃんと話したよ。でも今日夕方にビール渡しに行ったら、はじめましてって言われたからさ」


「え?」


 そんなはず。いや、ああ、きっと多分それは。


「兄じゃないかな、それ。僕たちそっくりだから」


 うつろったら、どうして教えてくれないんだよ。

 僕は眉を寄せる。


 ふっと、進士くんが笑う。

 妙に大人びた表情で、僕はどきりとした。


「……あれがお兄さんねえ……」


 と呟く。


 昨日の夜もいたよね。そう核心を突くように言ったのは、虚に実際に会っていたからだったのか。納得すると同時に不思議に思う。

 昨日の夜はいいとして、なぜ進士くんは「いつも夜いるよね」と聞いてきたのだろう。


「どうして、兄がいつも夜はいるって知ってるの?」


 僕は不思議に思って尋ねる。

 正直に言うと、聞かなければよかった。

 

「ああ、盗聴器に声が入っているの夜が多いからさ」


「ああ、なるほど……」


 たしかにうつろは夜はいるけれど、昼間はふらっといなくなったりして、どこにいるのかわからないことが多い。

 だから部屋で昼間からうつろと話をすることはあまりなくて、いつも夜お互い帰ってきてからになる。

 そうか。


「トウチョウキ…………盗聴器!?」


 僕は叫んだ。


「あ」


 と進士くんが口を開ける。

 しまった、と思ってないだろう顔で「しまった」とつぶやいてニヤリと笑う。

 ちょっと待て!

 盗聴器ってなんだ!!


「何勝手に、え、どこに!?」


 僕が慌てて立ち上がると、全員が同じコンセントを指差す。

 だからちょっと待て!


「なんでみんな知ってんの!?」


 慌ててコンセントに近づき、カバーを開けて「ドライバー!」と叫んで再び立ち上がったところで、唐突にズキリと頭部に痛みが走る。そしてフラリと立ちくらみに襲われた。


 ……あ。なんで今?


 眠ってしまう。

 

 だめだ。倒れる。


 視界に棚に乗っているハサミやボールペンが入ったペン立てが写った。そこに頭でもぶつけたらきっとおおごとになる。

 それがわかっているから、必死に踏ん張ろうとしたが、目の前が真っ暗になっていく。そして、ブツリと音を立てて、意識が途切れた。




 ◇ ◇ ◇



 ほんの一瞬、

 はっと、音がするかのような勢いで僕は顔を上げた。

 棒立ちになっている自分を自覚して、どうやら倒れずに済んだようだとわかる。

 ああ、誰かが支えてくれたのだろうか。そう思ってよくよく周囲を見渡す。


「……………どう、しました?」


 視線が僕に集中している。

 そしてどこか緊迫した様子の暗丘さんが、座り込んでいる進士くんの前に立っていた。


「……表屋さん?」


 呼ばれて首を巡らせる。

 白塗沢さんが奇妙な顔をして僕を見ていた。

 僕は返事をしようとして、足元に文房具が散らばっていることに気づく。


「あ……僕ひっくり返しました?」


 思わずペン立てをおいていた小さな棚と、散らばったペンを交互に見やる。


 なんだっけ、なんの話してたっけ?

 ああ、そうだ。確か……。


「あ、盗聴器……」


 言って、コンセントをみる。

 もう、全て外れていた。


「あれ?」


 だれかが外してくれたようだ。

 僕はどうやら立ったまま眠っていたらしい。

 僕はきっと、彼らに例えば謝罪やお礼を言わなければならないのだろう。

 再び三人に目を向けた僕に帰ってきたのは、今まで見たこともないほど驚愕した様子の三人。

 なんだ?


「僕、何かしました?」


 唐突に不安になって問う。


 警戒したようにこちらを睨みつけていた暗丘さんが、ふーっと息をはく。頭をガシガシとかき回して、腰に手を当てて、暗丘さんはまっすぐ僕を見た。


「いいや、お前さんじゃないよ」


 暗丘さんは神妙な顔でそういったまま、沈黙してしまった。







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