第18話 302号室でパーリーナイト -4
「頭おかしい?」
進士くんの言葉に対し、僕はすこしだけ不思議に思って首を
確かに変な子だけど、頭がおかしい。という印象を受けたことはない。
……変な子だけど。
たしか、持ってきた赤本も難関大学のものだったはずで、頭は悪くなさそうだった。頭悪そうな話し方をするけれども。
そう思って微妙に顔をしかめる僕に、進士くんは呆れたように冷笑を浮かべる。
「毒リンゴ笑顔で渡してくるやつが普通に思えるわけ?」
「…………」
おっしゃる通りだ。
進士くんはあからさまにやれやれといった風情でため息をついて、紙コップの中身をあおった。
そしてすぐさま中身――オレンジジュースを追加する。
進士くんも毒リンゴについて知っていたのか……。
「どいつもこいつも変なやつだが、毒島ちゃんは人一倍おかしいかなぁ」
と、暗丘さんが同意するように深々と頷きながら言う。
あんたもな。と思って、ああなるほど、と僕は内心で頷いた。
そして盛大に顔を歪めた。
僕が毒島さんに「ちょっと変」という微妙な感想を抱いたのは、この人たちと比べるとちょっと変ということだ。決して世間一般の人と比べてちょっと変なのではない。
僕はいつのまにか、この人たちをベースに物を考えていたらしい。これが普通なことだと、感化されたとでも言うのか…。
それはかなり嫌だ。
よく思い出せよ。この部屋にいる全員が警戒しないといけない人だ。
暗丘さんの言う「どいつもこいつも」に暗丘さんも入っているんだ。
進士くんは見た目の割に小柄で、どっちかというと可愛らしい顔をした少年なのに、口は最高に悪い。
具体的な仕事は暗丘さん関係だからロクなものじゃない。ひょっとすると、ハッカーとかでもしてるのかと勘繰りたくなる。
白塗沢さんは、青白い肌とか、手入れされていないボサボサの白髪混じりの髪とか。
20代なのに苦労しているんだな。
そんな見かけもあって、マッドサイエンティストって言葉が似合いそうな気配がする。見た目からしてフランケンシュタインでもつくってそうだ。
暗丘さんにいたっては裏の世界の人だというし。実際、暗丘さんは身なりのすこしくたびれた殺し屋のようだ。
これらの予想が当たっていなければ、すこし変わった人たちで済ませられるだろうが、当たっていなければの話であって、僕の勘は当たるのだ。
そして、当たっていたら最高にヤバい人たちだ。
そんな最高にヤバいかもしれない人が、それでも毒島さんを特別におかしいと言うのなら、相当危険な子なのだということじゃないか。
実際毒リンゴを渡されそうになっているわけだし、かなり危険だ。
ところで。
「他の人はどうなんですか? つまり、ここにいない他の部屋の人という意味ですけど」
他の階の人にはあったことがない。
僕は白塗沢さんに視線をむける。
「一階に住んでる人には初めて会いました。いや、二階に住んでる人も初めてあったけど」
「そうなのデスか? ボク以外というと………そうだ、管理人さんには会ったでしょう? 101号室は管理人さんの部屋ですから」
「会いましたけど、あまり話したことはなくて。兄は話しているんですけど……」
そこまで言って、そういえば兄がいることを伝えてなかったと気づく。
案の定、怪訝そうな顔で暗丘さんが口を挟んだ。
「お兄さん、いるんだ?」
「はい。今は……外出してますけど」
僕は一瞬、兄さんはどこだろうと部屋を見回して、ああ、外出しているのだ。と思い出して答える。
そうして再び暗丘さんに視線を戻すと、なんとも奇妙な表情をしていた。
「一緒に住んでるのか?」
と、暗丘さんが低い声で言う。
僕は暗丘さんの質問に答えようとして、あれ?と思った。
もしかして、みんな僕について、そして兄の
だって、突然三人の目の色が変わった気がする。
歓迎会という文言に気を取られて、疑ってすらいなかったが、今回のこれはそういう目的だったのだろうか。
僕が彼らから他の住民について情報を得ようとしているように、彼らも僕から情報を得ようとしている。
そしてどうやら、僕の情報を彼らに渡すきっかけを、僕は作ってしまったらしい。
僕は慎重に言葉を選ばざるを得ない状況になっていた。
「……そうです、一緒に住んでる」
「そう? 会ったことないけど」
暗丘さんが言う。
「兄は外出していることが多いので、この部屋も、兄が管理人さんと話をして借りてくれたんです」
「へえ、じゃあ名義はお兄さんなんだ」
「あ、いえ、そこは僕ですけど」
ぐいぐいとくる暗丘さんから距離をとるようにして、僕は答える。
距離が近い。
というか、なにこれ。
なんだこれ。
暗丘さんはどうしてこんな顔するんだろう。
そんな不思議なものを見るような顔で、どうして僕を見るんだ?
「帰ってきたら、紹介、しますよ」
僕はとりあえずそう言う。暗丘さんは兄に会いたがっている。そんな気がしたから。
それにしても、思考がうまく回らなくなっている。たどたどしい言葉でしか返事ができない。
「いつも夜はいるよね、お兄さん」
そういったのは進士くんだ。
「え? ああ、うん」
いる。たしかに夜はいつもいる。今日はいないけど。なんでそんなことを聞くの? そしてなぜそれを知っているの?
尋ねようとして、しかし進士くんが言葉を重ねたことで口を閉ざす。
「昨日の夜もいたよね」
と。
何かを含んだ目で進士くんに尋ねられて、僕は緊張を隠せずに曖昧に頷く。
いたはずだ。確か。
でもやはり変だ。どうしてわざわざ念を押すように、昨日の夜のことなんかきくんだろう。
四人で正方形の机を囲んでいたはずなのに、いつのまにか一人だけ長方形の机の端に座っているような気がしてきた。
彼らはどうして、そんなことを聞くのだろう。
ああ、頭がいたい……。
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