第12話 303号室の殺し屋とハッカー -2
ある程度情報を確認した俺は、ため息一つを進士に返して、
要件は済んだ。
このパソコンだらけで猛烈な熱気とエアコンの冷気が充満する部屋から、さっさと出て行きたい。
風邪引きそうだ。
そう思って脚を早めた瞬間、進士が俺の一張羅のコートの裾をつかんだ。
つんのめりかけて「なんだよ」と抗議の目線をたずさえて振り返ると、札束を指でつまんでぶら下げた進士が、ニヤニヤとこちらを見ていた。
嫌な顔……からかう顔をしている。
「金欠で隣の部屋のやつにカップ麺たかるオッサンのくせに、こーゆー金はあるってどゆことよ」
「オッサン言うな」
「暗丘がちゃんとmeshって呼ぶようになったら、考えてあげる」
「……つーか、どこから聞いたその話」
「オッサンが302号室の新人にカップ麺もらった話? あのねー、俺の仕事なんだと思ってるわけ。こんな近いとこで起きたこと、知らないわけ無いじゃん」
確かにそうだ。しかしどっかに盗聴器でも仕掛けてないと、わかんないだろう。
ということは、あの部屋に盗聴器があったのだろうか。
脳裏に浮かぶ殺風景な部屋のコンセントの位置を思い出しながら、俺はタバコを口に挟む。
途端に、進士に奪われる。
「何すんだよ進士」
「子供の前で喫煙すんなよ、オッサン」
都合よく子供になりやがる。全くもって生意気なガキだ。
「んで? そうまでして偵察しに行った新しい302号室の奴、どうだったのさ」
スナック菓子を開けながら進士が言う。
なるほど、引き止めてまで聞きたがったのはそれということか。
ま、金欠なのは事実なんだが。そして金欠になったのは、こいつに依頼料を払うためだったわけだが。確かに、不必要に金欠を装って近づいた自覚はある。
進士の言う通り、偵察のためだ。
と言っても、それほど大きな収穫があったわけではない。
強いて言うなら、あの毒殺女の毒島一笑のリンゴを断ったってことくらいだ。
あとは、どちらかというと戦闘型じゃないってことくらい。
例えば、銃火器を握ったような手でもなく、足音を消すような歩き方でも、指紋を残さないような動作をするでもない。
話しかたや表情も一般人のそれで、もし演技なら相当のものだ。
俺が返答に悩んでいると、進士が面白くなさそうにパソコンに向かった。
スナック菓子も開けたところで一旦食べるのをやめている。
「なあんだ。暗丘のオッサンでも何にもわかんなかったのか。直接接触したのって、アンタと毒島だけだろ? 何か分かるかと思ったのになあ」
それはつまり、天才ハッカーmeshにも、302号室の表屋空(おもてやそら)については情報があまりないということか。
「なんだよ進士。お前が調べてんのに素性がわからないのか? そんなわけないだろ、大学生だっていうし。どっかしら所属してるならデータくらいあるだろ。俺の見立てだと、どっちかというとお前みたいなタイプだと思うぜ。歩き方とかに同業の特徴がなかったからな」
「あの部屋、パソコンもないんだよ。俺と同じタイプってことはないと思う」
「あ? じゃあ本当にただの一般人なのか?」
俺がそうたずねると、進士は無言で首をかしげた。
そうでもないのか?
意外に思って、おもわず進士を凝視する。俺の視線をうけて、進士は不機嫌そうにモニターを指差した。
俺はそれを覗き込む。
「これ、あの人の大学の在籍記録。どう見ても一人っ子だろ? なのに、本人の部屋でたまに兄弟っぽい会話が聞こえんの」
「友達とかじゃないのか」
「誰も訪ねてきてないよ、毒島だけ。架空のお友達と話してるっていうわけでもない。電話の可能性もない、双方の声が聞こえるからね。ってことで、独り言ってセンが濃厚だけど……」
「そうは聞こえない、と」
進士が無言で頷いた。
モニターにはこれまでの表屋くんの記録が羅列されている。
現在大学3年生。年齢は23歳。高校卒業後バイト生活に明け暮れ、その
保護者に当たる親は母親のみ。それも10年近く前に死亡している。
「アパート4件目?」
「そ、めちゃくちゃ引っ越ししてんの。理由はわからないけど、ただね」
進士がもったいぶった言い方をするときは、彼にとって面白い情報があった時だ。
無言で促すと、進士がニヤリと笑う。
「いつも、近隣で失踪事件がおきてんの」
それは随分と臭う話だ。
「失踪者はみんな女。派手な格好が印象的で、失踪してもそこまで周囲がマトモに扱わない程度には、素行に問題ありな女がほとんどだね。失踪者が住んでた場所は、別のアパートだったり、隣町だったりでマチマチ。ただ周辺での目撃情報が最後になってる場合がほとんど。それから」
「それから?」
「……数日前に、302号室の奴、表屋だっけ? そいつかそいつの学校の奴と会ってる」
俺は小さく唸って、癖で髪をガシガシとかき回した。
それらの失踪事件、全てに表屋くんが関わってる。と断定するのは少し強引のように思える。
仮にそんなつながりがはっきりしているなら、おそらく警察にもマークされててしかるべきだ。ところが、最初の失踪事件が起きたアパートに住んでいたのは今から6年前。
その後も連続で失踪者がでてるのに、警察がアプローチしに来た様子はない。
少なくとも、進士が集めたデータでは警察は表屋くんをマークしていないし、彼が越してきてから、アパートの周辺で警察の動きは特になかった。
「こないだの毒島ちゃんが、向かいの家のおばちゃん殺しちゃったのは、偶然だろうしなあ」
それに別に派手なおばちゃんだったわけでもない。
わけわからん。と頭を再度かきむしる。
その俺のとなりで進士が両手を上へあげて、体をぐっとのばしていた。
それからスナック菓子を再び口に運びながら、進士はくるくると回転椅子を回した。
「でも、絶対なにかあるんだよ」
進士が確信めいたことをいう。
「なんでそう言い切れる」
「だって、この【オトギリ荘】に入居している」
なるほど。と思うしかなかった。
【オトギリ荘】に入居できるのは、特定の線を越えられるやつだけ。
その線を管理しているのが、管理人であり、だからこそ、ここにいるやつに【普通】の奴はいないのだ。
「ねえ暗丘」
「暗丘さんと呼べ」
「細かいな、オッサン。今度、表屋って奴誘って飲み会しようぜ」
「あ?」
悪戯小僧の顔つき。
なにかしかける気だろうか。そう思うが、まあ俺としても表屋くんについては気になるっちゃきになるし。
「お前が企画するなら、どーぞ」
「よおし」
嬉しそうな顔しちゃって。いや、待て、飲み会って言ったけどそもそもこいつは18歳なわけで。俺はこいつに飲ませていいのか? よくないだろ。
ということで釘をさす。
「ただしお前に酒は出さんぞ、未成年」
進士は一瞬沈黙する。
そして突然俺の脛を蹴りやがった。
おい、痛いんだが。
なんだそのふくれっ面。
「……細かい男はモテないぜ」
「引きこもりは黙ってろ」
「殺し屋のくせに」
お互い様の会話を繰り広げる俺たちは、さぞ間抜けだろうな。
実際お互いモテるもなにも、出会いなぞない。ついでに言えば求めてもいない。
俺は進士を一睨み、といっても軽くだが。黙らせる気で睨む。そして再び踵を返した。
今度は、進士も俺を引き留めはしない。
後ろから進士の視線を感じつつ、俺は頭の中で、なんどもシミュレーションした今夜の仕事の手順を反芻する。
今日の標的は、巷を騒がせている逃亡中の連続殺人犯の排除、および自殺偽造。それが終わったら、口座に金が入る。
あいつがその金で飲み会する気なのは丸わかりだが……ま、いっか。
「さあて、ビジネスの時間だ」
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●303号室
黒髪黒目の無精髭。
高身長。
行き倒れるほど常に金欠&腹ヘリ。
仕事は不定期だが高収入。しかし借金の返済に回される。
Ps.裏社会的な仕事をしている。
殺し屋そしてある組織に雇われている。
●202号室
茶髪の少年?
低身長。
お菓子と金が好物の引きこもり。
Ps.mesh《メッシュ》というダサイ名前で有名なハッカー。
暗丘のことをオッサンとよぶことがある。
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