第11話 303号室の殺し屋とハッカー-1




 人を殺して金をもらう奴は最低だと思うか?


 さて、どうだろうな。

 俺はそこんとこ微妙だと思うんだよ。


 ま、俺からすれば、金という対価もなく殺生をするような奴のほうが、碌でもないと思うんだわ。

 だってそうだろ?

 金をもらえないなら、殺しても何のメリットもないんだ。なのに殺す。

 碌でもない奴らだよ。

 

 俺はな、そういう奴の大半は、頭のネジが緩みまくってるんだと思うんだ。

 悲惨な過去があったのかもしれない。

 親の虐待、裏切り、いじめ、その他色々。

 そういうので、頭ん中のネジが曲がったり痩せたり、抜けかかったり、ともかくおかしな状態になってる。

 そんでふとした時にポンと抜けちまう。

 一度抜けると戻せなくて、そのあと何度も繰り返す。

 それで金がもらえりゃバンバンザイだが、そうでなくても繰り返す。


 な? ネジが抜けてる感じするだろ?自分でコントロールできない。そういうやつさ。


 ああ、軍人は別かもしれないな。

 本来あるのが当然なネジを、ないのが当然って扱われる環境だからな。 

 だからいるじゃねーか、帰ってきてからもまだ戦争は終わってないって主張する。そういう奴が。あれも仕方がないのかもしれないぜ。


 ともかくな、日本で普通に暮らしてるやつで、そういう感じでネジが飛んじまったやつが一番碌でもないと、思うわけよ。


 お巡りさんがいるから再犯防止につとめてるんだろうけどな。例えばそうだな、抜けたネジ穴に別のモン刺して忘れさせるとか、新しい人生歩ませるとか。


 ただ、ほとんどは抜けたネジ戻すのは難しいんだ?

 罪悪感感じるやつはまだ戻す努力してるぜ。

 人殺しは人殺しだろ?

 一生引きずるもんなんだ。

 なかなか忘れられるもんじゃない。

 そいつにどんな過去があろうが、人殺しだけは正当化しちゃいけねえからな。

 ま、正当化できないから苦しいわけだが。 

 

 罪悪感持たないやつ?

 持っても再犯するやつとかだろ?

 あれは、ネジが緩んだままなんだ。

 だからあれよ、そんなに殺したいなら、戦場いけって話だ。


 あ? 金をもらって殺す奴?

 そりゃあいろいろいるが、多いのはネジの抜き差しを自由にできるやつ。

 不思議なことにそういうやつは、普段普通に何でもない顔で生活してる。

 不思議だよな。


 俺か? ネジの抜き差しを自由にやってるさ。

 なんたってビジネスだからな。


 でもなあ、偶にいるんだ。

 ネジが抜けてることに気づいてないやつってのがさ。

 それが一番面倒臭い。



 ◇ ◇ ◇



「よくわかんないけど、その暗丘(くらおか)の持論でいくとさ、今回のターゲットは、頭のネジが緩んで再犯繰り返してるやつなわけ?」


 パソコンのモニター前に座っているそいつが言った。

 回転椅子をくるくると遊ばせる姿は、まだ無邪気さを残した子供であることをうかがわせる。

 そいつは俺が椅子の後ろからモニターを覗き見るように体制を低くすると、避けるように椅子を動かしやがった。

 あからさますぎるだろうが。

 そんなことを思いつつ、俺は改めてモニターを覗く。

 モニターにうつるあらゆる情報を舐めるようにみつめながら、俺は僅かな沈黙のあとに小さく頷いた。

 

「……そうだな」


 モニターには、俺がほしい情報が羅列された書類データがすべて映っていた。

 さすがの情報量に舌を巻くような思いだ。

 そして、頭のネジの抜けてしまったであろう中年男性の写真がある。

 こいつがターゲットか。


 俺の返事に対して、ふうん。と気のない答えが椅子の上から返ってくる。


「ただの冴えないサラリーマンにしか見えないのに、不思議」


 続けてそう言う。


 椅子の上でふんぞり返っている少年の名は、網村進士あみむらしんじという。

 オトギリ荘の202号室に住む子供だ。本人に子供というと怒るのだが、そうは言っても子供に見えるのだから仕方ない。

 本人は年齢は18歳だというが、どうみてもまだ中学生か、良くて高校1年生くらいにしか見えず、小柄で童顔だ。

 しかし見た目に騙されることなかれ。

 彼が素早い手つきでキーボードを叩けば、周りを囲むパソコンのモニターが一斉に異なる動きを始める。


「ど? 情報足りた?」


 面倒そうに進士が言う。

 俺だって面倒くさい。

 だからそういう表情を隠さずに「おう」と返事をした。


「毎回ありがとよ」


「毎回言うけどさぁ、スポンサー変えたら? 細かい情報開示もしない奴の仕事なんて、信用できないじゃん」


 進士の忠告はなかなか痛いところだ。

 毎回情報を秘匿して仕事を回してくる雇い主のことを、俺自身はよく知っているわけではない。だから信用して大丈夫なのかと思うときも、確かにある。そうなると仕事に支障があるのも事実だ。

 だが、少なくとも真っ当に腕を買ってくれているし、金払いもいい。だから細かいことには目を瞑っている状況だったりする。

 それに、俺には進士という情報源がいるので困ってもいない。


「スポンサーじゃなくて雇い主な」


「ああ、御主人様か。犬みたい」


 進士がニヤニヤとあざけるように笑う。

 俺が話をそらしたのに気づいて、ついでに忠犬のようなことを口走った俺を嘲笑っているのだ。


 俺の言ったこと、間違ってないはずだ。

 俺が出費させているのではない。雇い主に金を払わせて、俺は使われてやっているのだ。決してスポンサーなどと呼ばれるものではないことは事実だ。

 俺はニヤける進士の頭に軽くゲンコツをかましてやる。


「ガキのくせに生意気なことゆーな」


「いったいなーもぉ。情報あげないよ」


「それは困る」

 

 即答すると、進士は随分と嬉しそうな顔で胸をはった。褒め言葉に弱い奴。

 こいつはいわゆる情報屋だ。

 この現代、多くの機密情報は、もはやデジタルがすべてを牛耳っていると言っても過言ではない。

 そのありとあらゆる情報を含むネットワークに入り込み、盗み、改ざんし、破壊、修復、それらを行うハッカー。

 それがこのガキの正体だ。


 そして俺は、ビジネスで人を殺す。殺し屋だ。

 依頼をうけて、そいつを殺す。

 ただ、俺は組織に雇われている側で、組織からの命令に従っている雇われ殺し屋だ。

 組織はターゲットの情報を必要以上教えないようにしているらしく、殺すタイミングまで指示されている。

 俺はそれが気に入らないから、いつもこいつ、進士に詳細を調べさせている。

 俺達の関係はそういう仕事のつながりだが、同じところに住んでいるということもあって、結構仲がいいという、不思議な関係だった。

 

 ぽりぽりとゲンコツを食らった頭を指で触りながら、進士が右手の掌を俺に差し出す。

 ああ、そうだった。つい忘れていた。

 仲がよくともこいつに情報を集めさせているのは仕事で、勿論金がかかる。


「ほれ、お駄賃だ進士」

 

 俺は段ボールいっぱいの菓子を渡す。


「本名やめろって、mesh《メッシュ》って呼べよ」


 meshというのは、彼の通り名らしいんだが、ダサいと言われるんだと。

 網村のmesh。安直で俺は気に入っている。ま、つまりダサいってこったな。

 せめてnet(ネット)とか……。ダサいか。


 文句をいいつつも、ドスンとそれなりに重たい音を立てて床に置かれたそれを、meshこと進士は嬉々とした顔で開けていた。

 やはり子供だ。

 中には大量の菓子が入っている。

 特に進士の大好きなスナック菓子が大量に。ほかにもガムやらチョコやらいろいろあるが、だいたい近場の駄菓子屋で買ったようなものだ。

 その菓子の底に、進士は腕を突っ込む。


 底に入っていたのは札束。それをもちあげた顔は意地汚い商売人のようでもある。


「まいどありー」


「菓子と金。お前から情報買うと高く付くぜ」


 俺はやれやれと肩をすくめてみせる。

 正直なところ、情報屋を別に雇うことも考えている。進士には内緒だが。

 金が高いとかじゃなく、毎度進士に詳細を調べさせることに、危機感を持ち始めてるというか。

 組織にはばれてるかもなあ。

 今のとこ、払いがいいから所属してるし、標的も殺すに惜しいという奴がいたことはないから従っている。

 しかし、進士の言う通り、信用できない相手ってのは事実だ。

 組織の方針に従わず、独自て調べている俺を危険視しているだろうし、その俺が懇意にしている情報屋となれば、暗殺を試みる。なんてことも無いとは言えない。


「……たしかになあ。雇い主変えたい。でも変えるの面倒くさそうなんだよな」


「そういう感じの組織だよね」


「踏みこみすぎるなよ」


「仕事持ってきてる暗丘が言うことじゃないね。心配しなくてもヘマはしてないよ」


 だからアンタもヘマするな。そんなことを言いたげな進士の視線が突き刺さる。

 痛いんだよなー。

 こういう本気で心配してくれる奴の視線ってのは。

 ま、口元がニヤついてるあたり、怪しいがな。

 



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