第10話 毒殺魔と302号室の隣人-2





「表屋くん今帰るとこ?一緒に帰ろうよ」


「ねえねえ、あそこのクレープ食べてかない?」


「表屋くんて大学どこお?」


「ね、表屋くん! あれかわいくない?」


「……うるさいからすこし黙ってくれないか?」


 なかなか返事しない表屋くんの腕をギュッて握りながら、わざと騒いでいたアタシは、彼のその一言に表屋くんの顔を見上げた。

 ようやくこっちを向いた表屋くんに満足して、満面に笑顔を浮かべる。

 やーっとこっちみた。

 一方の表屋くんは気難しそうな顔をしている。

 それから強引に腕を払われた。

 もしかして、女の子苦手なのかな。


「ところで、さっきの何。友達と帰るところだったんじゃないのか」


「友達じゃないよ。しつこく誘われて、面倒だっただけ」


「なんか、周りから注目されてた気がしたけど」


「気のせいだよぉ」


 いいえ。気のせいではありません。

 だってあの子が大声で泣きマネするから、周りから白い目で見られてたんだもん。

 それよりインパクトが必要だったのよね。

 ま、カレシって言っちゃたから、明日から質問攻めされそうだけど。


 それにしても今日の表屋くんはなんだか不思議だ。

 今まで何度も会った彼はもう少し愛想がいい、ように、見える感じだった気がするんだけど。

 今日の表屋くんはとーっても機嫌が悪そう。

 さっきの気配といい、まるで別人みたい。


「追っ払うのに表屋くんがいいところにいたもんで」


「そんなんじゃ、友達減るぞ」


「ひどいこというなぁ。最初からいないから別にいいもん」


 そう言ったら、表屋くんが立ち止まってアタシの顔を覗き込んだ。

 あ。いまの、自虐的だったかな。だって本当のことなんだもん。

 アタシも立ち止まって表屋くんを見返す。

 

「あのね、アタシ兄貴がいたんだけどお、今のとこに引っ越してすぐ行方不明になっちゃったの。親もいないから天涯孤独? だからみんなアタシに遠慮したり同情したりするから、仲良くなれなくって」


 この話をするとみんな同情する。みんなかわいそうって言う。

 表屋くんは、どうかな?


 アタシは自分がかわいそうだとは思わないけど、みんながそう言う。他に面白いことがあるからどうでもいいと思ってるけど、でもみんながそう言う。アタシは誰もいなくてもいいって思ってるけど、みんながかわいそうって、そう言う。

 だから多分、アタシはかわいそうなんだ。

 そうなんでしょ?


 ああ、キモチワルイ。

 

 ただ。かわいそうなアタシの話はとっても役にたつ。


 同情を誘うついでに仲良くなれたりするし、それに、これで同情的になる人は大体普通の人なのだ。

 だから例えば普通の人とそうじゃない人を見分けるのに使える。

 ちなみに管理人のかくれさんは「いいですね、天涯孤独。失うものがないのはいいことです」と言った。呆れるほど変な人。


 表屋くんの反応が気になって、彼の顔を見上げたアタシは、ビクッと肩が跳ねるほど驚いた。

 だって、表屋くが笑ってた。

 すっごく優しい顔で笑ってた。すっごく普通に。世間話を聞いただけみたいに。


「それで?」


 って邪気のない笑顔で聞いてきた。


「それで、って、それだけだけど……」


 思わず呆けて返すと、今度は表屋くんは不思議そうな顔をして首を傾げた。


「さみしいのか?」


 なんて聞いてきて。アタシはすこし混乱する。

 そういうこと、聞く?


「……そうでも、ないけど」


「なら、いいんじゃないか。俺も弟はいるけど、親も友達もいないし。それでもいいかと思ってるけど?」


 へえ。とアタシは気のない返事をしてしまった。

 アタシが寂しくない、って主張しても、大体の人は強がりだと思うらしく、無理しないでとかいう。

 表屋くんはそういうことも言わないんだ。

 しかもアタシと同じなのに、それでいいって本気で思ってる。

 アタシだって本気で思ってるけど、でもみんな違うっていうから……。

 だから、アタシってかわいそうなんだと思ってたんだけど……。


「アタシ、かわいそうだと思う?」


 思わずアタシはそう尋ねていた。


「別に」


 表屋くんの返答はそっけない。

 そうかあ、表屋くんからすると、アタシってかわいそうじゃないんだ。

 これはアレだ。青天せいてん霹靂へきれき!ってやつ

 妙に嬉しくて、アタシは笑顔を返した。


「何笑ってんだ?」


「べっつにー」


 その時、唐突に表屋くんに肩を掴まれた。

 思いっきり引き寄せられて、驚いた瞬間、アタシがさっきまでいたところを、自転車がものすごい速さで通り過ぎて行った。


「あ、ありがとお」


「危ないやつだな」


 それ、誰に言ってるわけ?

 あの自転車? もしかしてアタシ?


 思わず睨んだら、パッと肩を掴んでいた手が離れた。

 表屋くんはとっても不機嫌そうに、去って行った自転車をみてる。

 ああ、なんだ……あの自転車に向かって言ってたのか。ってなんでアタシちょっとほっとしてるんだろう?

 てか、表屋くんて鈍感?

 アタシが毒入りリンゴ渡そうとしてること、気付いてないのかな。

 普通、自分の命狙ってる人助ける?

 しかもこないだストーカーしてたのに?


「おまえ、変な顔してるぞ」


「失敬な!」


 もう、ちょっとお! アタシのトキメキかえせ! ついでにアタシのシリアスも返して! 

 だいなし! だいなーし!

 

 ってあれ?

 ふいに、弟、という表屋くんの言葉を思い出す。

 弟の話なんてはじめてきいたな。ま、そんなにお話してないけどさぁ。

 

「弟? そういえば弟いるの? 何してるの? 高校生?」


「大学生。おまえ毎日会ってるだろ、ごみ捨て場で。ごみ捨ては、あいつの役割だから」


「え?」


 いま、なんか変なこと言わなかった?

 何、言ってんの?


「むしろ俺とは、会ったことあまりないだろ?」


 あれ?

 なんだろう。なんかおかしい。

 この人、表屋くんだよね。

 いつもアタシがあってるの、君だよね。


「あのさ、こないだ、本屋さんでバイトしてたのって……」


「あれは弟」


 え。じゃあ、いままでアタシがあってたのは弟くん? この人は表屋空くんじゃない?

 アタシは大混乱の中でなんとか頭の中を整理する。


「……あのさ、弟君と一緒にすんでるの?」


「だから、そうに決まってるだろ。最初にお前がしにきた挨拶に対応したのは、弟だろ」


 え? つまりなに?

 挨拶した時の彼は表屋くん弟? バイト先で会っているのも表屋くん弟? 毎日ゴミ捨て場であってるのも、表屋くん弟?

 そんで、今目の前にいるのは、表屋くん兄?

 一卵性双生児?

 じゃあ、アタシ、この人とは初対面なんじゃないの? 初対面でいきなり彼氏にしちゃった? ええー。


「えーっと、はじめまして?」


 とハテナマークが語尾についてるような言い方で言うと、表屋くんの、お兄さん、は、変な顔をした。


「お前が挨拶しに来た時、俺もいただろ」


 まって。


「……しに行った時、きみ、いた?」


「いただろ」


 ちょっと、待って? いなかったよ? だれも。靴も一人分だった。

 隠さんも表屋君が来る前に言ってたよ。一人暮らしだって。

 アタシと兄さんだけが、二人で越してきた人で、それ以来みんな一人入居だって。


「そう、だっけ」


「ああ」


 どうしよう、兄さん。


「あー……そうだったね」


 アタシは笑って答えた。

 アタシ今、同じ顔した兄弟に翻弄されてます。


 やっぱり表屋くんて変。





 302号室には、靴も食器も一人分。

 いつも、一人しかいない。

 だけど、本当は二人いる。

 本当の本当は……。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




●302号室 表屋空おもてやそら23歳

 大学生。

 三回アパートを変えている。

 普通の感性の青年。

 複数のバイトを掛け持ちしている


ps.人からもらったものは決して食べない。

  弟がいる?


 ●301号室 毒島一笑ぶすじまかずえ18歳。

 ピンクツインテールの高校3年生。

 ゆるい喋り方とゆるい頭の持ち主。

 兄を探している。


Ps.毒殺魔

  ストーカー(表屋空限定)

  人から言われた言葉を真に受けるところがある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る