04
「左腕」
「俺には、おまえが、普通に見える。左腕がないというのを理由にしないのが、おまえの良いところだと、思う」
「ありがとう。でも、やっぱり。わたしは」
「左腕がないからという理由で、俺に告白をしないのか」
「うん」
「おまえの番だ」
「うん。何から話したらいいかな」
「心を落ち着けて喋るといい。いきなり心の奥から声を出そうとすると、涙で声が出なくなるから」
「そうなんだ」
「夜の営みの叫び声と揺れがこわかったとき、俺はそうだった」
「あの」
突き出される、左腕。手首から先が、ない。
「さわって?」
「いいのか」
「落ち着きたい、から」
「これでいいか」
「うん。ありがと」
手のない手で。繋ぐ。
「わたしね。事故でみんな失ったの。大きな事故で。わたしの姉だけが生き残ったらしいんだけど、わたしは三年前に、ひとりで目覚めたの。お医者さんは、奇跡だって言ってた」
「左腕も、そのときか」
「うん。目が覚めたら、なかった。治療はできるらしいんだけど、やめたの。いらないかな、と思って」
「そうか」
「入院してたときのことがあって、鶴を」
「描いてたのか」
「うん」
「大丈夫か。少し落ち着いたほうがいい。顔をこっちに」
涙を、彼に拭われる。そのときはじめて、自分が泣いているのだと、知った。
「ゆっくりでいい。落ち着いて」
「大丈夫。話せる。あるとき、わたしのところに、千羽鶴が届いてね。それは、たぶん、わたしの」
喉が詰まった。しばらく、息を止めて耐える。
「たぶん、わたしの前の患者のための、千羽鶴だったの。その患者がどうなったのか、わたしは知らない。でも、その患者には、千羽鶴を折ってくれる誰かがいて。その折り鶴には、きっと。快復を願う誰かの、祈りや願いが、こもってるのかなって。思って」
「鶴を、折れないから。描いていたのか」
「左腕を治療しないで、よかったって思った。きっと、左腕があったら、耐えられなかったと、思う。誰からも心配されない、自分自身に」
息継ぎ。心臓と胸がくるしい。入ってきた空気で、今度は、もっとくるしくなった。
彼が、わたしを引き寄せて。
キス。ほんのすこし、一秒も満たない短さ。
「吸って」
言われた通り、息を吸う。
途中で、キス。彼の、温度。
「はいて」
言われた通り、息をはく。
また、キス。それが、ゆっくりと、繰り返される。
彼のくちづけで。吸うのとはくのを、切り換えていく。
「ありがと。人工呼吸みたいだね?」
「この前、講習でやったからな」
手のない左腕。繋がれたまま。
「わたしは」
「もう大丈夫だ。伝わった。むりしなくていい」
「わたしは。左腕を治療しないことで。左腕がないという安心感で。自分の心の声を押し込めてきた。誰にも見つからないことを。左腕のせいにして。わたしは、左腕がないから。左腕がないと、誰にも見つけてもらえないからって。それで。それで」
キス。
今度は、とても長く。
やさしく。
まじり合うような。
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