03
「なぜここに」
「さっきのやつが、来いって言ったからだな」
「あの子。優しいにもほどがあるわね」
「声が、聴こえた」
「う」
「俺のことが好き、なんだってな」
「いやあの。まあ、ええと」
左の袖だけが、ぱたぱたとせわしなく揺れる。
「でも、告白はしない。理由は、その左袖か?」
左の袖。ぱたぱたが、止まる。
「まあいい。せっかく好いてくれた仲だ。先に俺の話をしよう」
彼。
座って。
ノートを開く。
「あ、え。うそっ」
わたしのノート。なぜ彼が。
「さっきのやつが渡していった。折り鶴の画か。綺麗だな。美しい」
彼。わたしのノートを。見ている。
「この、折り鶴のページ。破いて、いいか?」
「ど、どうぞ」
さっき言われて止まっていた左の袖が、またぱたぱたと揺れはじめる。わたしの癖。
彼。
ノートを器用に破り。
手の中で、こねこねしている。
「ほれ。完成」
「あ」
折り鶴。
「すごい」
綺麗。わたしの描いた画に沿って、その通りにできあがっている。画が、そのまま実体になってしまったみたい。
「折り紙が好きでな。よく折ってたんだ」
「そう、なんだ」
「俺の家は、なんというか、ちょっと特殊でな。夜になると、叫び声と揺れが激しい」
「叫び声と、揺れ?」
「まあ、なんだ。おまえ、俺が下品なことを言っても耐えられるか?」
「え?」
彼の目。いつも通りの、普通の目。
「それはまあ、内容によるとしか」
「じゃあ、好きじゃなかったら遮ってくれ」
彼。近くにあったクロッキーブック、あれはたぶん、さっきの彼女のクロッキー。破いている。
「お盛んなんだよ。俺の両親。あと、兄の夫婦がな」
折っている。
「それで夜になると、そのお盛んな夜の営みの声が、ばかすか響きやがる」
折り紙。またひとつ、折られた。何なのかは、分からない。
「祖父母がいるうちは良かったんだけどな。死んでからは、もう、たがが外れたみたいに昼間っから盛ってるんだ。俺が帰ると、だいたい揺れと叫び声が2セット」
また、クロッキーを破って。折りはじめる。
「秋の夜長でいつにもまして、声と揺れがお盛んでな。邪魔をしないように、学校に残って暇をしてるってわけだ」
完成した。何なのかは、分からない。
「変だろ」
「え。ええと」
「みんな、誰かしら変なのさ。俺はそういう家庭事情で生まれたが、まあ、今のところ自分の欲望はコントロールできている。人並みだな」
「へ、へえ。そうなんだ」
「折り紙を折ったのも、叫び声と揺れがこわかったからだったのに。物心がついてからは、折らなくなった。ばからしくなってな。親と兄夫婦の夜の営みがこわくて折り紙を折るなんて」
「でも。いま。折ってる」
「ああ。おまえのためだ」
わたしの、ため。
「左腕がないのが、そんなにつらいのか」
そう。
わたしには、左腕がない。
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