第12話

 日曜日。

 待ち合わせにしていたファミレスは親子連れや主婦の井戸端会議で賑わっていた。

 久々に会ったアイツは少し不機嫌そうな顔をして溜息をつく。

 俺は逆鱗に触れないよう、それとなく聞いてみる。


 「怒ってる?」


 「ええそれなりに」


 そう言うとアイツーー同級生は徐にポケットからスマホを取り出して、俺の目の前に突きつけてきた。

 そこには、


 『よぉ』、『生きてるか?』、『お?』などなどの短いメッセージが約185件、俺から送られてきていた。


 「これどういうつもり? アンタ私のストーカーなの?」


 「ふっ、よく言うだろ。押してダメなら押し切ってしまえってな」


 俺は不適にニヤリと笑って見せる。

 そうこれが俺が彼女を呼び出すためにとった作戦。ひたすら同級生から反応がくるまでメッセージを送り続けるというただ単純であまりに馬鹿馬鹿しいやり方。

 こんなもの無視されたら、ブロックされたら簡単に終わってしまう。

 けど無視されなかった。彼女は不機嫌になりながらもこうしてここに来た。

 俺と同級生の縁はまだ切れていなかった。


 「はぁ......アンタが昔から馬鹿だって事は知ってたけど、まさかここまでとはね。私だから許すけど、他の人だったらブロックとか、通報されていてもおかしくないから、やめときなさいよ」


 「あぁ勿論。てかこんな事お前にしかしないよ」


 「はぁ......それもやめてほしいけどね」


  同級生はやれやれと呆れたように首をふる。

 同級生の気持ちとは正反対に俺の気は高まっていた。

 やっぱりコイツと話すのは楽しい。

 本当の自分を隠してぶりっ子ぶる同僚と話すより、何かと誤解してしまうような悪戯な台詞を口にしてくる先輩と話すより、何気ない他愛のない会話ができる同級生ともっと話したい。もっと一緒にいたい。そう思うから、


 「その....ごめん!!」


 俺は彼女に頭を下げた。

 勢いよく下げたせいで、机にゴツっとおでこをぶつける。


 「ちょっと......なにやってんのよ! 大丈夫?」


 同級生のあたふたした声が聞こえる。頭をぶつけた俺を心配してくれているのだろう。ほんと同級生は優しい奴だ。それと違って俺は。

 俺は頭を上げない。下げたまま、続ける。


 「俺さ最低なんだ」


 「メッセージのこと? 確かにやり過ぎだけど、今度から気をつけてくれればそれでいいーー」


 「違う! メッセージの件はどうでもいいんだ!」


 「どうでもよくないけど」


 俺は机に隠れている手を握りしめ、


 「俺はお前が怒っている理由がわからないんだ。なんでお前が俺のメッセージを無視していたのか。それをずっと考えていたけど、やっぱりわからないままで、今でもわからないんだ」


 同級生は滅多に人を無視したりしない。もし無視するなら余程の事だ。

 その余程の事がわからなかった。ここ1週間ずっと考えていたけど、わからなかった。

 我ながら最低だ。旧友を怒らせた理由も分からないなんて。

 もしかしたら今のでもっと同級生を怒らせたかもしれない。一発ビンタをおみまいされるかもしれない。

 でも、それでいい。

 なにもせず、同級生との縁が自然に消滅するよりかは、アクションを起こして、同級生に会って怒られて、それで仲直りできればいいとそう思ったんだ。

 

 頭を下げてどれくらい経ったのだろう。1分、いや2分は経った気がする。

 そろそろ反応してくれてもいい気が......

恐る恐る頭を上げ、

 果たして目の前には、ぽかんと口を開けて、間抜けな表情をする同級生がいた。

 これは怒りを通り越して、呆れてなにも言えないって事なのだろうか。

 間抜けな顔をすること数秒。同級生はやっと口を動かし、


 「私が......怒ってる? なんで?」


 

「いや、それは俺が知りたいんだけど」


 「私べつに怒ってないけど?」


 同級生の言葉に今度は俺が間抜けな表情をする番だった。

 怒ってない? え、どいうことだ?


 「ま、待ってくれ。怒ってたからメッセージを無視してたんじゃないのか」


 「だから怒ってないってば」


 「じゃあなんでメッセージを無視したんだよ」


 「そ、それは......」


 同級生は一瞬口ごもると、何故か辺りをキョロキョロと不自然に見渡し、ボソッと口にする。


 「アンタの彼女さんに誤解されるからよ」

 


 「は?」


 意味がわからない。俺に彼女? なにを言っているんだ同級生は。


 「だ、だから。アンタの彼女に私達が付き合っているって誤解されるから......もう! なんでわからないのよ!」


 「いやわからねぇよ。そもそも俺に彼女なんていないし!」


 「は?」


 「は?」


 

 


 

         ⭐︎


 「そう言う事だったのか」


 「そう言う事だったのね。紛らわしい」


 俺たちはどっと疲れたように、椅子の背もたれに深く背中をあずけた。

 事の顚末は俺と同僚が祝日に出かけていたところを同級生が目撃した事による誤解。

 そう同級生の勘違いだった。

 俺と同僚が付き合っていると勘違いした同級生は、俺と会う事で、同僚に浮気していると誤解を与えてしまうのではないか。

 そう考え、ずっと俺から来るメッセージを無視していたのだ。

 

 「紛らわしいって。お前が勝手に誤解してたんだろ」


 「あんなにベタベタ密着してたら誰だって誤解するわよ」


 「くっ......仕方ないだろ。離しても直ぐにひっついてくるんだから」


 「とか言って。ほんとは嬉しかったんじゃないの? 随分とくっついていたから胸とかも当たったりしてさ」


 「と、とにかく! 俺と同僚はただの仕事仲間だから。付き合ってないから!」


 俺は一息にまくしたて、

 

 「それとこれ」


 彼女にずっと渡せなかったものを渡す。小さな白い箱に彼女はパチパチと瞬きをする。


 「なにこれ?」


 「日頃のお礼」


 「日頃のお礼って......開けてみてもいい?」


 こくんと頷くと、彼女はパカッと箱を開けた。

 

 「綺麗ね......」


 彼女はほぅと息を吐いて、丁寧にそれを箱から取り出す。

 青い蝶模様のペンダントが店内の光に当てられて、光沢を放つ。


 「これいくらしたの? 結構高かったでしょ?」


 「いや、そんなにしてないから! だから財布取り出さなくていいから!」


 鞄から財布を取り出そうとする彼女を俺は慌てて止める。

 金をもらったら日頃のお礼の意味がなくなる。

 それでもなお食い下がろうとする彼女に、俺は苦笑しながら、


 「だったら今度出掛けるときにラーメンでも奢ってくれ。それでチャラだ」


 「ラーメンでチャラって。そこまで安くないでしょ」


 「だったら替玉も頼む。メンマチャーシュー増し増し、ニンニク多め。これでどうだ?」


 「どうだって...... それでも安いんじゃ」


 「勿論お前も同じメニューな」


 「え......私ニンニク臭くなりたくないんだけど」


 「いいじゃねぇか。それでペンダント代チャラ。一緒にニンニク臭くなろうぜ」


 「.......馬鹿じゃないの」


 呆れたように彼女はそう言うけど、口元は笑っていて、きっとそれは俺も同じだった。

 

 

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