第8話

 日曜日。

 それはくそったれな月曜に備え充電する日。動きは出来るだけ少なく、外出も控えめに。

 面白味も味も。何もない無味乾燥な曜日。

 それが俺が定義する日曜日だった。

 けど。

 最近は日曜日もすてたもんじゃないと思うようになってきていた。くそったれな曜日が少しずつ変化していた。

 そして、そう思えるようになったのは間違いなく彼女のおかげだ。

 いつも彼女から誘われてばっかだから、今回は俺から誘ってみるか。

 そう思って先週彼女に送ったメールは、いまだに返事が返ってきていない。


        ⭐︎

  

 「まずいことになったな」

 スマホを片手に俺はため息と共に頭をかいた。

 つい数分前のことだ。

 ベットに寝転がりながらスマホを操作している最中に、一通のメールが届いた。

 送り主は同級生......ではなくて、高校の頃の一つ上の先輩からだった。

 メールの内容は、

 『久しぶりに会わない』と至ってシンプルの内容だった。

 そんなシンプルなメッセージに俺は今現在頭を抱えていた。

 その理由だって至ってシンプルで、

 先輩は俺が初めて告白し、振られた相手なのだ。

 振った相手を誘ってくるなんて一体どういう風の吹き回しなのか。

 正直このまま断ってしまいたかった。

 けどそう簡単に誘いを無下にできるほど、先輩にお世話になっていないわけではない。

 少なくとも予定が入っていない今では、先輩からの誘いを断るわけにはいかなかった。

 アイツと出掛けていれば誘いを断れるのに!

 駄目元でメッセージアプリを開いてみる。

しかし、画面は俺が誘ったあの日から何も変わっていなくて、同級生からの返事はなかった。

 


         ⭐︎


 数年ぶりに会った先輩は当時と比べて一層綺麗になっていた。

 艶やかな髪は随分と伸びていて、柔らかそうな唇に赤くひかれたルージュが、妖艶さを醸し出している。

 あの頃と変わっている容姿。けど変わっていないものも確かにあって。

 笑って目元がくしゃっとするのも、笑ってエクボができるのもあの頃と同じで、どこかほっとした。

 

 「正直来ないと思っていたけど......振られた相手に誘われてひょいひょいと来るなんて、ひょっとしてキミドMだったの?」


 「出会って最初の挨拶がそれですか!?」


 「あぁごめんごめん。ついキミだから自然な態度がでちゃった」


 先輩は意地悪そうに笑って、コーヒーに口をつける。

 先輩に呼ばれたファミレスは時間帯の影響か、そこそこ客がいて、賑わっていた。

 

 「それにしてもキミは相変わらずだね。高校の頃から何も変わってなくて安心するよ」


 「それは褒め言葉として受け取ってもいいんですかね?」


 「ふふ。それは受取人次第かな。でもあの頃と変わってないって事は」


 先輩は天井を眺めながら、うーんと唸る。

 どうせ俺を揶揄う言葉を探しているのだろう。

 この人は昔からそうだった。学生の頃から俺をからかっては楽しむ悪魔みたいな人だった。

 そのお陰で俺はとんだ勘違いをする羽目になったんだから勘弁してほしい。

 コーヒーをすする。

 昔のことを思い出し、口に含んだコーヒーはいつもより苦く感じた。

 けど学生の頃の俺と今の俺は違う。先輩にからかいの言葉を投げられたって耐えることができるようになっている筈だ。

 だって俺は振られてるのだから。勘違いしようにも、出来るわけがないのだ。

 

 「ひょっとしてまだ私の事が好きだったりするのかな?」


 「ぶほぉあ!」

 

 先輩のストレートな一言に俺はおもわずコーヒーを吹き出してしまった。

 ついでにカップに入った珈琲が溢れて、服、ズボンにかかってしまった。


 「あらら。大丈夫?」


 先輩がそばに来て、服にかかったコーヒーを、取り出した花柄のハンカチで拭いてくれる。

 あぁくそ。俺の耐久性豆腐かよ。


 「ごめんごめん。まさか吹き出すなんて思わなかったよ」


 ごめんと言う割には先輩の口角はひくひくと上昇している。


 「そうだ。お詫びも兼ねて教えてあげる」


 先輩はポンポンと腰、へそ、胸と拭く場所を徐々に上げていき、そして、


 「私今彼氏いないんだけど。どうする?」


 耳元で囁かれたその言葉は背筋をゾワリと粟立たせた。

  

 「なっ‼︎」


 耳元を押さえ、思わず先輩の方を見る。

 そこには昔から変わらない笑顔で笑う先輩がいた。

 

 「どうする?」


 どうする?

 先輩の言葉が頭の中で反響する。

 そんなの決まっている。振られたんだから断ってしまえばいい。今度は俺から振ってやるのだ。

 そう頭では理解しているのに。

 言葉は喉元でつっかえて出てこなかった。

 いや、そもそもこれは告白なのか?

 また俺を揶揄おうとしているだけじゃないのか。

 わからない。

 先輩の意図が、俺を呼び出した理由が。

 昔から先輩は何を考えているかわからない人だったけど、今ほどではなかった。

 

 「はい! 時間ぎれ〜」


 先輩が両手クロスさせ、バッテンを作る。その仕草と、にんまりと笑っている表情にまたからかわれたのだと思い知る。

 勘弁してくれよ......本当に。


 

 「早く答えられなかった罰として、コーヒーのお代わりよろしく。あっブラックね」


 「はぁー、わかりました」


 空になったカップを手に俺はドリンクバーへと向かった。

 先輩と自分のコーヒーを入れる。少し甘めのものを飲もうとガムシロを手に取ると、丁度同じタイミングで手を伸ばした人と指先が触れ合った。

 

 「あっすみません」


 謝罪を口にし、触れた人を見ると、そいつは固まっていた。

 そして同じように俺も固まりかけて、なんとか口を開いた。

 

 「なんでお前、ここに」


 俺の問いかけに、ソイツーー同級生は顔をしかめる。


 「別にいいでしょ。どこにいようが私の勝手よ」


 「それはそうかもしれないけど。せめてメールの返事は返してくれよ?」


 「ごめん。私友達を待たせてるから」


 「あっ、おい!」


 同級生は口早にそう告げ、逃げるように去っていく。追いかけたかったが、俺も先輩を待たせている。

 くそ、なんなんだよ急に。まるで避けられてるみたいだ。

 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、元の席に戻ると、先輩がテーブルに肘をついて窓の向こうを見ていた。


 「今話してた娘って、あの娘だよね?。どんな事話してたの?」


 「先輩には関係ない事ですよ」


 先輩と同級生は俺経由で面識があるのだが、正直仲がよくなかった。

 俺は窓の外を見たまま、顔を動かさない先輩の前にカップを置く。

 ガムシロをコーヒーに溶かして飲んでみるけど、さっきの事が気になりすぎて、コーヒーの香りも甘味もどうでもよくなってしまう。

 アイツに何か不快な思いをさせただろうか? だとしたらいつだ?


 「ねぇキミとさあの娘って付き合ってないの?」


 「付き合ってないですよ。アイツと昔から縁があるだけで、他には何もないです」


 「ふーん」

 

 相変わらず先輩は窓を見たままで、興味なさそうに返事をした。

 俺はコーヒーをすする。

 今、俺の見えない席で彼女は何を考えているのだろうか?

 すぐ近くにいる筈なのにアイツとの距離が遠くに感じてしまう。

 

 

 

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