第6話

 日曜日。

 それは迫りくるくそったれな月曜に挑むために充電する休日。

 だってのに、俺は人混みで混雑するショッピングモールを回っていた。

 

 「これ3万もすんのか」


 手に取った蝶模様のペンダントを元の場所に戻し、隣の花模様のペンダントに目をうつす。

 

 「げ、これも3万すんのかよ」


 どうしたもんかと心の中で呟く。

 高いプレゼントは喜ばれるどころか寧ろかえってひかれると聞いたことがあるが、アイツの性格を考えると喜ぶもひくも通り越して、きっと呆れる。

 そして文句を言いつつも、プレゼントは受け取り、半分の金額を払ってこようとするだろう。

 アイツはそう言う奴だ。

 

 「どうしたもんか」


 「どうしたって何がです?」


 甘ったるく鼻につくような聞き覚えのある声に体が固まる。まさかと声が聞こえた方向を見れば、そこにいたのはやはりと言う人物。

 ゆるふわなカールを当てた茶色の髪に、黒いワンピース姿。

 俺の勤める会社の同僚がそこにいた。

 

 「ペンダントを真剣に見てるようですけど、あっわかった!」


 同僚は無邪気な笑みを浮かべ、手をパンと叩く。

 その可愛いらしい仕草は会社でも逐一しているので、四、五十代のおじさんからは可愛い、天使とチヤホヤされている。

 その為、俺は同僚の事を心の中でおっさんホイホイと呼んでいる。

 因みに俺は同僚の事が苦手だ。

 可愛らしい仕草も、笑みも言葉遣いも全て計算しているように見えて、心の奥底では何を考えているかわからないからだ


 「彼女さんへのプレゼントですね。もー彼女がいたなら教えてくださいよ。このこの〜」


 小さな肘で俺の事を小突いてくる。これも計算してやっているのだろうから怖い。

 俺は同僚から少し離れる。するとすかさず同僚はあけた距離を肩がぶつかるくらい詰めてきて、


 「いいと思いますよペンダント。私だったら凄く喜ぶな」


 蝶模様のペンダントを手にとり小悪魔みたいに同僚は微笑んだ。

 出たなおっさん殺しスマイル! これをやられたおっさんはどんな堅物でもたちまち表情をだらしなく崩し、惚れてしまう。まさに悪魔の所業。

 どうやら俺に逃げ場はないようだ。

 

 「別に彼女へのプレゼントじゃねぇよ」


 「えっそうなんですか?」


  同僚は口を小さく開け、そこに被せるように開いた手を添える。

 あーはいはい可愛い可愛い。


 「じゃあ誰へのプレゼントなんです? 」

 

 「別に誰だっていいだろ」


 「あーやっぱり! 言えないって事は彼女へのプレゼントなんですね。もーこのこの〜」


 「なんでそうなる。あと肘でつついてくるな」


 俺は溜息を一つ吐く。

 完全に同僚に遊ばれてるなこれは。無視したらいいだけかもしれないが、このまま彼女と勘違いされたままだと翌日会社内に妙な噂が流布しかねない。

 仕方ないか。


 「彼女じゃなくて友達に送るんだよ」


 「友達......ですか?」


 「ああそうだよ。中学からのな」


 「ふーん......因みに男性ですか、女性ですか?」


 「女性だけど......」


 「へー......つまり女友達って奴ですか」


 「そうだけど...... なんだよ?」


 「いや、面白いなーって」


 小さな肩を揺らし、同僚はくすくすと笑う。笑うその表情は可愛さを全く意識していない、計算された笑みとは別の物で。

 同僚の心の奥底の一端を垣間見た気がして、俺はぞっとした。

 また同僚は小悪魔みたいに笑って、俺の腕に細い腕を絡み付けてくる。いや、それだけじゃない。同僚はあろうことか胸も押し当ててきやがった。


 「お、おいお前なんのつもりー」

 

 「じゃあ私ともなりましょうよ。友達同士に」

 

 俺の言葉を遮って同僚は耳元に口を近づけてくる。

 そして囁くように、

 

 「そして教えてあげる。男女の友情なんて都市伝説なんだって」


 そう言って、はむ。耳たぶを甘く噛んできた。



           ⭐︎


 帰り道。

 ずっと同僚が最後に言った言葉が頭の中でリフレインしていた。

 男女間の友情なんて都市伝説。

 確かにそうかもしれない。男同士の友情とは違うのだから。

 異性同士の友情間。そこにはどうしても線が出来てしまう。線を引いてしまう。ここまでは友達、ここを超えたら男女関係と。

 けどそのライン引きだって曖昧だ。それこそお互いがなかったことにすれば、いつだって友達に戻れると思い込んでしまう程に。

 

 「あーもう! やめだやめ!」


 俺は髪をかきむしり、今日一番の盛大な溜息をつく。

 あれこれ考えたってしょうがない。それに男女間の友情のあり方なんてものより、もっと確かな事がある。


 「そうだそれでいいじゃねぇか」

 

 俺はスマホを取り出して、彼女にメッセージを送る。

 いつも彼女から誘われてばかりだから、たまには俺から誘ってみようと思ったのだ。

 

 『今度の日曜日空いてるか?』


 メッセージを打ち、送信ボタンを押そうとして、ピロンとスマホがメッセージを受信した。


 『今度の火曜日あいてます?』


 送信主は同僚からだった。



 

 

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