第4話

 日曜日。

 それは憂鬱になる前日の日で、月曜に備え充電する日でもある......のだが。


 「ハックシャイ!」


 どういうわけか俺は風邪をひいていた。

 頭はガンガンするし、鼻水はズビズビ流れてくる。体温計で測ってみれば、38度となかなかに高熱だった。

 充電するどころか徐々に体力がすり減っていくんですが。

 学生の頃の俺だったら、

 「明日も休みー 三連休」とはしゃいでいただろう。

 しかし悲しいかな。今はもう社会人だ。

 風邪をひいたからといって仕事を休むわけにはいかない。明日は大事な会議が入っているからよけいにそうだった。

 とにかく今は頭に冷えピタはって、栄養ドリンクを飲んで安静に。

 そしたら明日にはよくなっているだろう。

 そう信じ込んで、目を瞑ろうすると、充電コードがささったスマホがぶぶと鳴った。

 相手は同級生からだった。


 『暇』

 

 相変わらず絵文字もスタンプもない。可愛げのないメッセージに俺は苦笑する。

 またスマホがぶぶと鳴った。

 

 『今からアンタの所に遊びに行ってもいい?』

 

 いつから俺の部屋は暇つぶし部屋になったのか。

 怠い体を動かして、スマホをタッタッ、操作する。

 

 『今日はダメだ。風邪ひいた。うつす可能性がある』


 『ふーん。あっそ』


 かえってきたメッセージは実に同級生らしかった。


 

       

         ⭐︎


 しばらく眠っていた意識はチャイムの音で起こされた。

 ネットで何か頼んだ覚えはないので、どっかのセールスマンだろう。

 流石に風邪をひいている人に長々とセールスする人なんていない筈。今の俺を見たらすぐに帰るだろう。

 俺はゴホゴホ咳をしながら、重い体をひきずってドアを開ける。

 ドアを開けた先にいたのは、宅配業者でもセールスマンでもなく、


 「よっ。来ちゃった」


 買い物袋を片手に持った同級生だった。

 

 「なんでお前......」


 「いや、暇だったからさ。はいこれ」


 同級生は買い物袋からスポドリを取り出し、渡してくる。

 そしてそのまま、履いていたヒール付きのサンダルを脱ぐと、

 

 「お邪魔しまーす」

 

 俺の横を通り抜け、キッチンに立ち、買い物袋を漁る。


 「アンタ昼ごはん食べた?」


 「いや、まだだけど」


 時刻は1時過ぎ。ご飯を作る気力が湧いてこなかったので、今日は一日栄養ドリンクのみで過ごそうと思っていたのだが。

 まさか同級生は病人の俺のために昼ごはんを作ってくれようとしているのか?


 同級生はため息をついて、


 「どうせアンタのことだから手を抜いて栄養ドリンクだけで今日は過ごそうとしてたんでしょ?」


 「うっ...... おっしゃる通りです」


 ほんと、俺の心を毎回同級生はよんでくるよな。

 長い付き合いだから成せる技なんだろう。


 「駄目よそんなんじゃ。ちゃんと精のつく食べ物を食べないと。治るものも治らなくなるわよ」

 

 まるで田舎に住む母みたいな事を言ってくる。

 ち、ち、ち、とコンロが点火する。


 「料理は私がやっとくからアンタは大人しく寝てなさい」


 「そんな......いいのか? 貴重な休みを俺のために使っても」


 「さっきも言ったでしょ暇だって。暇つぶしになるからするだけ。ただそれだけだからいいも悪いもないのよ」


 「ありがとな」


 「......ん」


 同級生の好意に甘え、俺はベットに横になる。

 さっきまで静かだった室内に、ぐつぐつとお湯が沸く音がしている。同級生がキッチンに立って鼻歌を口ずさんでいる。

 なんかいいな、こういうの。

 実家のような安心感に包まれて、俺は目を閉じた。


 そして5分後。

 同級生がお盆を持ってやってきた。

 料理の完成の速さに俺は驚きを隠せなかった。

 同級生が作っていたのは玉子粥だった。しかもほんのりと立ち昇る香りから和風出汁を使っている事がわかる。


 「随分とはやく出来たんだな」


 「ん? まぁそりゃね」


 訝しげにしているところ同級生からお粥の入った器を渡される。

 出来立てで暑いので、息を吹きかけてゆっくりと口に運ぶ。

 美味い......,

トロトロとしたお粥に含まれる和風出汁の旨み。玉子が入っている事で優しい味わいがする。

 そしてなによりも嬉しいのが飲み込んだときに、喉の痛みを優しく包み込んでくれること。正に完成された味だ。

 俺は素直に感想を口にする。


 「美味いよ。お前料理出来たんだな」


 「ん? 私作ってないよ。だってそれレトルトだし」

 

 「はい?」


 俺が驚愕の真実に震えている中、同級生はそっかーと呟く。


 「普通のお粥と玉子粥で悩んだけど、玉子粥で正解だったのね。よかったよかった......ってなに落ち込んでんのよアンタは!?」


 「は?別に落ち込んでませんけど」


 俺はそっぽを向いてお粥をかきこむ。

 そりゃそうだよ。完成された味に決まってるよ。レトルトだもん。お粥が五分で出てきた事に疑うべきだった......



 「ねぇアンタまさか......私の手料理が食べたかったの?」


 おもわず、むせてしまった。


 「ふーんそっか。そうなんだ。ふーん、へー」


 俺の反応を図星だととらえたのか、同級生がニマニマ笑ってくる。

 なにか言い返さないと。しかし相変わらずむせて言葉が吐き出せない。


 「ごめんねー もう1時回ってたから早くしないとって思ったからさ。でもそっかーアンタは私の手料理を食べたかったのかー」


 よし、やっと落ちいてきた。ここから反撃開始だ!

 そう意気込んだのも束の間、同級生からお粥が入った器をスプーンごと取り上げられてしまう。

 そして同級生はなにを思ったのか、スプーンですくったお粥に息を吹きかけ、あろうことか俺に向けてきた。

 

 「はい。あーん」


 

 「......どういうつもりだ?」


 「いや、手料理の代わりに。さっき勢いよくむせたでしょ。だから食べさせてあげる」


 「いや、いい。それくらい一人で......」


 「はいはいわかったから。病人は大人しく人の言う事を聞きなさい」


 有無を言わせない迫力に俺は渋々口を開く。スプーンが口内に入る。

 さっきと変わらない味の筈なのにどこかむず痒さを覚えてしまうのは、同級生が息を吹きかけたせいだろう。


 「どう。美味しい?」


 「まぁそりゃレトルトだから。美味しいよ。うん」

 

 「はいもう一口」


 「え、いや流石にもう」


 「駄目。はいあーん」


 またもや有無を言わせない迫力を向けてくる。

 流石に二回目を耐えられる気がしないので、仕方なく俺は自分すらも貶める諸刃の言葉を同級生に告げる。


 「な、なぁ、異性同士のあーんって恥ずかしくないか?」


 「別に」


 同級生はさらりと口にする。きっと間接キスみたいに気にする必要はないと思ってるんだろう。けど違う。


 「異性の間接キスなら確かにどこでも見かける光景かもしれない。けど異性同士が、異性の友達同士があーんなんてやってる所を見たことあるか?」


 「えっ......」


 例えば酒の席だったり、合コンだったりではあるかもしれない。でもあれは酒が入っているからこそできることだ。素面だと恐らくしない。それこそするとしたらそれはーー


 「恋人同士がやるならまだわかるけどな」


 それがトドメの一言になった。同級生は顔を真っ赤に染めて、向けていたスプーンをおずおずと引き下げる。

 助かった。なんとか同級生との関係が保たれた。そう安堵したのだが、


 「違う。これは別に恋人を意識しているわけじゃ......だって私とアイツにはあの約束がある。だから恋人みたいだなんて意識する必要も、うんそう。そうよ。そうに決まっているわ」


 同級生は呪詛を唱えるように何かをぶつぶつ呟いていた。

         ⭐︎


 「帰ったらしっかりと手洗いしとけよ」


 午後4時すぎ。

 三和土でヒールサンダルを履いている同級生に向かって俺は注意喚起する。


 「言われなくてもそうするつもり。アンタはしっかりと風邪を治しなさいよ」

  

 「ああ。わかってる。悪かったな今日は」


 「うんうん。私もいい暇つぶしになったから」


 じゃあねと同級生はドアを開ける。

 そして帰り際に、夕陽に照らさた顔でこう言うのだった。


 「ねぇあの時の約束ってまだ続いてるのよね?」


 あの時の約束。

 それがなんなのか確認する間も与えず同級生はドアを閉めた。



 そしてーー俺の風邪がうつった同級生を看病する事になるのだが、それはまた来週のお話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る