揖斐の二度桜編〈OKAME〉

 ――フローラに週末の桜調査の打ち合わせで訪れた週末の土曜日。


「……オホン、呼び出したのに放置してすまなかった」

 頬を赤く染めたフローラが謝る。

「まあ仲がいいのは歓迎だよ。気にしないで」


「む~~、それにしてもゆーきはこ~~んな美女二人が絡んでるのに、全然慌てたりしないんだね~~、さくらつまんない~~」

 腕を組んでぷんすかする。

「みんなのおかげでたっぷり耐性つきました。ありがとうございます」

 仰々しく頭を下げる。


「さくら、もういいだろう? 本題に入らせてくれ」

 フローラがバツ悪そうにさくらを止める。

「ぷ~~」

「はぁ、……ところでフローラ、明日はどこへ調査に行きたいの?」

 真面目なトーンで聞く。


「それだが明日は戸隠高原周辺を考えてるんだ」

「へぇ、戸隠か。つかなんで黒姫高原周辺じゃないの? そっちの方が春の続きで連続性が出ると思ったんだけど」


「確かにそうだが、調べて見た所、黒姫高原より戸隠の方が先に紅葉が進むみたいなんだ」

「ああ、そういう事か。そういえば戸隠の方が標高が高かったよね」

「うむ。それから黒姫高原、赤倉高原へ北上して回ってみようと考えてる」


「なるほど。紅葉前線的にはその通りだね」

「ああ。さくらにはすまないが、運転手をお願いできるかな?」

「うふふ、やっとさくらの出番だ~~♪」

 そういえばフローラを手伝いたくて大型四輪駆動車あんなクルマ乗ってるんだった。


 あれ、待てよ?

「でもさくら、俺らが山に入ってる間どうするの? さすがにさくらまで山に入るのは許可できないけど」

「それならさくら、戸隠の神社とか廻ったり、オミヤゲ見たりお蕎麦食べたりして見たいな~~」

「まあ、それならいいけど、戸隠神社って全部で五つあって結構歩くよ?」


「時間的にはどれくらい~~?」

「中学の時に家族で回った時は四時間くらいだっいたかな?」

「それくらいならトレッキングにちょうどいいかも~~」

「マスター。残念ですがお一人での行動は賛成いたしかねます」

 さくらの言葉に咲耶姫が難色を示す。


「あれ? いつの間に“咲耶姫”になってたの~~?」

「ついさっきです」

「そっか~~、いつまで居られそう?」

「明日いっぱいは居ようと思います」


「うふふ。それじゃあナビは安心だね~~」

 ……青葉、信用ねえな。

「その事ですが、お一人で行動なさるのは承知致しかねます」

 ――!! 

 “さくらにはまだ秘密がある”という考えが頭をよぎる。

「え~~? なんで~~?」


「大分戻ったとはいえ、何かあった時マスターをお運びできる方が傍に居た方がいいです」

「ぶ~~。もうゼンゼンへーきだもん!!」

「ああ、それなら一葉DEVAを持ってる涼香を誘ったらいいんじゃないか?  運べなくても誰かを呼ぶくらいはできるだろ?」

 さくらを守ると運ぶ、どちらを優先させるのかカマをかけてみる。


「そうですね。彼女“達”なら問題ありません」

 ――!! やはり“守る方”が優先事項か。


「裕貴。それじゃあ誘われない雨糸や圭一がひがむだろ? さくらの車には乗れるんだから声くらいかけたらどうだ?」

 フローラが軽く怒る。

「……そうだね。聞いてみるよ――黒姫」


 そうして三人に連絡を取ってみると、涼香と雨糸はOK、圭一はバイトがあるとかでダメだった。


「決まりね~~! お昼はみんなでお蕎麦食べましょ~~!」

「いいね。新そばシーズンだから美味しいのが食べられるよ」

 さくらの言葉に気持ちを切り替えて提案する。

「ふふ、じゃあそれに合わせてオレらもコースを決めるか」

 フローラが笑う。


「じゃあさくら明日の準備するから部屋に行くね~~」

「ああ、何を準備するか分かって――いるんだったよね」

「うん。DOLLの時にゆーきがフローラに言ってたものね~~」

「……そうだったね」


 Alphaアルファの記憶を、自分の事のように話すさくらに、複雑な気持ちになる。


 そうしてフローラと回るルートについて話し、詳細を決める。


「とりあえずみんなと一番手前の宝光社ほうこうしゃで別れて、みんなが宝光社、火之御子社ひのみこしゃ中社なかしゃを回ってる間に周辺を調べて、奥社おくしゃ入り口で待ち合わせて昼食にしたら、午後はみんなが奥社と九頭竜社参りしてる間に奥社山道周辺を回ろう」


 テーブルの上、OKAMEが3Dマップを表示させ、それを見ながらしばらく考えた後、ルートを示しながら説明する。


「……なるほど。奥社以前は高低差はないから回るペースが速くて広範囲を調べられる。対して奥社は高低差があるからみんなの足も鈍る分、時間もかかるから、午後の時間を使える――か」


「その通りだよ。説明してないのに良く分かったね」

「まあな。学校の図書館で勉強した甲斐があったようだな」

「そういえば夏休み中図書館に通い詰めてたね」

「ああ。さすがに歴史ある学校だけあって、地元由来の蔵書が多くて面白かったぞ」


「へぇ、学校の図書館なんて暇つぶしくらいにしか行かないから蔵書の内容までは把握してなかったよ」

「それは惜しい事だな。せっかく神の住まう国に住んでいるのに、無関心なのは不心得だぞ?」

 フローラがふふんと腕を組んで笑う。


「……もう日本に帰化したら?」

「裕貴がオレを選んでくれたらそうなるだろう」

「――くっ! すいませんが成人するくらいまでの猶予を下さい」

「まあいいだろう。だが神がいるかもしれないと考えているのは本当だぞ?」


「そうなの?」

「ああ。このへんの事情を調べると、が、大量に亡くなった事故が数十年周期くらいであるだろう?」

 ――ぶるり。

 肩の黒姫が震えた。


「そう言えば……」

「年代までは記憶してないが、近代に入ってから北志賀高原、乗鞍岳、斑尾まだらお高原に向かっていたバスの転落事故、バス事故以外でも御嶽山おんたけさん噴火があるし、最近でもまた――」


「ちょっ!! ストップ」

 両手を上げてフローラを鎮める。

「どうした?」


「わかったからそれくらいにしよう。あまり声に出して言うのも良くない気がするしね」

「……そうだな。“言霊”という日本語もある事だしな。犠牲者の多さと山に関わっていた偶然に気付いて興奮してしまった」


「まあ普通に遭難も多いし、確かに長野の山に関わって、半世紀の間に三ケタの犠牲者が出れば何かしら感じるよね」

「ああ。だから一応オレも参拝はしておこうと思う」

「五社全部? それだと時間が足りなくなるよ?」


「それだが、全部は回らずに最初に向かう宝光社にまずお参りして、次の火之御子社、そして最後の奥社をお参りしようと思う」

「宝光社と火之御子社は近いからいいけど、火之御子社はどうして?」


 フローラが笑ってOKAMEを見る。

「火之御子社は天之鈿女アメノウズメ主祭神しゅさいしんだからな」

 それを聞いて深々と頭を下げる。

「……一度行ってるジモティーなのに知りませんでした」


 その後、神社について俺より詳しい解説を聞かされ、少し落ち込んでしまう。

「まあ、フィールドの歩き方は裕貴の方が断然上だから、明日はその辺を詳しく教えてくれ」

 フローラがフォローを入れてくれる。

「いいよ」


「頼む。いずれは中国奥地やロシアとか、電波の届かずDOLLのフォローが受けられない地域も行ってみたいから、感覚的な事も覚えておきたいんだ」


 真剣な顔でフローラに向きなおる。

「それは確かに必要だね。分かった。俺が知ってる事は全部教えてあげる」

「明日だけじゃない。雪が降るまでにさっき言った所も回りたいから、続けて教えてくれ。それで最後は一人で山に入ってみたい」

「うわ、そこまでかあ、本当に感覚的な事だから、未知の山林を歩かせられる知識なのか自信ないなあ……」


「だが必要な事だ、頼む!」

「うーーん……」

「海外での調査は裕貴を頼れないし、何があるかわからん。OKAMEに記録させるから、些細な事でもいいから教えてくれ」

 フローラが食い下がる。


「いや、俺もプロじゃないから本当に分からないから……」

「それは後で分析するから何でも構わない」

「分析……って、そういえばフローラはOKAMEをバージョンアップとかしようと思わないの?」

 黒姫とOKAMEを見比べて聞く。


十二単衣トゥエルブレイヤーをインストールしろ……と?」

「あー……まあ」

「確かにインストールすれば裕貴のフィールドワークの分析も容易だろうが、国外に出られなくなるのはごめんだ」

「!! ……ああ、そうだったね。ゴメン」


「いいさ。それに規格品とはいえ、小さい頃から一緒だった擬似人格キャラクターマスクだから、今更変えたいとは思わないんだ」


「マスター、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

 杓子定規セオリーな回答だが、心がこもっているように聞こえた。



 ――その夜、夕飯後に親父に山の歩き方を色々聞き直す。

 そして明日は戸隠周辺を調べると言ったら変な顔をされた。


「……戸隠かあ。あそこら辺で桜の調査は意味はない気がするけど、うーーん……」

「何かあるの?」

「いいや、何もないと言うか、……まあ史実を考えるには良いと思う」

「?」


「……そうだね。一つの植物の分布の歴史だと思って、がっかりしないで調べて見てってフローラに伝えて」


「……分かった」



 少し悶々としつつ部屋に戻ると、ツインに“咲耶姫”から通信が入った。

『先ほどお聞きされた件です』

 ツインに空間投影エア・ビューワーには黒の和装喪服を着た、“さくら”の姿の咲耶姫が映し出されている。


 テーブルの脇に座り左腕を乗せて黒姫にも見えるようにする。

「待ってたよ」

 すると黒姫が祈るように体を縮めて目を閉じてしまう。


「黒姫、まずいことなら聞いていなくていいんだぞ? 聞きたくなければ充電器ピットで休んでいろ」

 青葉の失言を止めようとした事から、黒姫も知ってはいる事なのかもしれないと思ったが、幼い精神設定のせいか、聞くのを躊躇ためらってしまっていた。


「そう……だね。そのほうがいいかも」

「聞き終わったら俺もそのまま寝るから、明日の朝まで再起動しなくていいぞ」

「うん、ありがとう。……おやすみなさい」

「ああ、お休み」


 黒姫がピットに横たわり、額のLEDが明滅するのを確認してから墨染――咲耶姫サクヤヒメに向きなおる。

「じゃ聞かせてくれないか。“なぜ青葉はさくらの夢の内容を見れた”んだ?」


『青葉がマスターの夢を見ていたのは、だからです』

 前置きも躊躇もなく咲耶姫が答える。


「なっ!!」

『ですが、ため、マスターの脳波を――この場合は夢をる事は出来ても、コンタクトを取る事ができなかったんです』


「…………」

 言葉を失う。

 だが、考えてみれば、青葉は常に黒姫や一葉、雛菊デイジー、中将姫とは違う行動を見せていた。


 ――さくらがフローラを見舞った時、嫌われたと思い込んださくらのフォローを雛菊が拒否って、一葉に青葉の名前を出されてブルった時。

 ――さくらのツインを引きはがした静香さんをけん制した時。

 ――そして何より、黒姫のように子供っぽい年齢設定である理由が不明だった。


 幼い設定が、“成長するAI”という事なら、未完成だった頃に見たと言う、さくらの夢ループでさくら自身を知り、ママと呼ばせたかったのも納得がいく。

 そしてさくらに寄せる好意の理由も――。


 だが。

「……それを聞く限りでは今まで秘密にしていた理由には弱いな。まだ何かあるのか?」

 しばらく考え込んだあと、咲耶姫に聞いてみる。

『侮れませんね。その通りです』

「…………それは俺が聞いて良い事か?」

 考えながら慎重に言葉を選ぶ。


『それは私には判断できません』

「じゃあ誰に聞いたらいい? 緋織さんか?」

『誰も答えられません、ですが………………』

 咲耶姫がアゴに手を当て、深く考え込む仕草をする。

 ――!!

 AIが言葉に詰まる! そのリアクションに驚く。


『……ですが、裕貴さんの世界観や価値観が変わるであろうことは予測できます』


「……おお」

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