揖斐の二度桜編〈回想〉

 ――裕貴がフローラに桜の調査再開を聞かされた同じ週の土曜日、祥焔先生の家。

 同居しているフローラ、さくらがリビングに居て、裕貴が訪問していた。


「それじゃあ昇平さんは週末は涼香の家に居るのか」

 フローラが聞いてくる。


「ああ」

「裕ママはどうなの? フクザツなんじゃない?」

 さくらが心配そうに近づき、淹れた紅茶のカップを差し出す。


「でも代わりに涼香が来るし、俺も気になってそれとなく聞いたら、『裕貴は枯れかけたオッサンと美少女、どっちと食事をしたい?』って笑って言われたよ」


「……亜紀子さんも葛藤があったろうに。静香さんを許して、涼香を好きになっていなければそんなセリフは出なかったろう」

 フローラが笑わずに呟く。

「うん。本当にね」


「リコン届を書くのも破くのもすご~~い事だと思うな~~、二人ともお互いがどうするか分かってるみたい~~」

「確かにな。大人の女同士の友情みたいなものを感じる。オレ達もそうなれるかな?」

 フローラがさくらを見る。


「さくらはもう親友だと思ってるよ~~」

 さくらはそう答えると、ソファに座るフローラの肩に後ろから寄りかかる。

「……そうか」

 フローラが嬉しそうにさくらの腕に頭を預ける。



 ――数年後、俺は誰を好きになっているんだろう。二人を見ながら思う。


 ほんの数か月前は涼香を守る事だけを考えていて、その為に恋人になろうとしていた。

 そしてフローラと出会い、親しくなって涼香の時と同じ過ちを犯してしまい、病院のベッドで眠るフローラの傍で打ちひしがれていた。

 そんな時、AIさくらが歌を歌ってくれて立ち直る切っ掛けをくれた。

 それは怒るでも慰めるでもなく、うずくまっていた自分の背中を静かに抱きしめるように温めて顔を上げさせてくれた。

 その後、フローラのケガの遠因と恋心に遠慮して姿を消してしまった事で、AIさくらへの恋心に気が付き、涼香と一葉が影ながら動いて、俺に恋心を抱いていた雨糸を仕向け、さくらの元人格主オリジナルを目覚めさせる事ができた。


 そして本人さくらがやって来て、さらにシンクロしていたAIさくらの恋心まで受け継いでいて好きだと告白され、AIさくらと同じリアクションをするさくらに激しく戸惑う。

 その後好きになったAIさくらは再びやってくるが、幼い人格へと退行した設定となり、俺の恋心はあやふやになってしまった。


 おそらくそのままでいたら俺は誰も選べず、みんなに曖昧な態度をとり続け、修羅場になっていたかもしれない。

 だが、先日涼香が言ったように、涼香の行動が俺の心のもやを晴らし、みんなの意識に方向性を持たせ、好き嫌いとは違う価値観を示したのだと判る。


 母親たちが身をもって教えてくれたように。


 ――フローラの何色にも染まらない真っ直ぐな強さ。

 ――雨糸のブレる事の無いひたむきな献身。

 ――涼香の炭火のように熱くて静かな愛情。

 ――さくらの太陽の包み込むような明るさ。


『バラはどこで咲いたってバラなの。温室だろうと野山であろうと、育ち方に違いは出ても、成長する意志さえあれば、いつかはバラの花を咲かせるの。それ以外の花は咲かないのよ』


 静香さんの言葉を思い出す。

 変わる事がないであろう彼女達の本質を見ると、好き嫌いとは全く別次元で人としての尊敬や憧れを覚える。


 そんな事を考えながら、さくらとフローラ、黒姫を交互に見る。

 ……こんな考え方がDOLLくろひめ達にもできるようになるのかなあ。


『人を殺す事をためらう様なAIに育ててやれ』

 祥焔先生の言葉をもう一度考えてみる。


「……なっなあに?」

 俺の視線に遅ればせながら気が付いたのか、黒姫が少し照れたように聞いてくる。


「いや、何でもないよ」

 そう答えて次はさくらに向いている青葉を見る。


 すると青葉はすぐに振り向いて、俺が何も言わずに笑い返すと笑い返し、すぐにさくらに向きなおる。


 この二体の反応の違いに先日ふと気が付き、理由を考えた時の事を思い返す。


 どちらも軍事用の設計原理アーキテクチャーから作られたAIだと聞いているが、今のように明らかに反応に差が出ていた。


 黒姫は人間的思考ヒューマンティック・ロジックとして現在は設定されているので、恐ろしく人間に近い。

 それは本来のデバイスとしてではなく、“一人の少女”として存在し、ツインや他の周辺機器を物理操作しているので判る。


 そして青葉は、さくらのボディーガード兼医療デバイスとしてさくらの傍に居るので、俺の視線に即座に気が付き、反応を返したのだと判る。

 それは“青葉は常に周辺機器とリンクしていて、自分の死角での出来事もフォローしている” と、気がついたからだ。


 つまり、黒姫はカメラアイで得た情報でしか動かないが、青葉はそれ以外の周辺機器の情報で周囲を認識しているのだ。


 軍事目的で開発されたという高度AIの黒姫、コードネーム“無垢なる鏡ヤタノカガミ”と、その下位AIである“十二単衣トゥエルブレイヤー”。


 青葉に関しては、今の反応でも分かる通り、明らかに他の十二単衣トゥエルブレイヤーと、根本的に何かが違うと感じる。

 それはさくらの体には、機密事項である最新の人工筋肉エラストマーが使われているからだと思っていたが、それにしては青葉の周辺認識の度が過ぎてるように思う。


 以前“びんづる祭り”で正体不明の監視をキャッチしたのは、青葉の代わりに来ていたDOLL、“墨染すみぞめ”だったし、そのDOLLもあれだけの群衆の中で、通信網と周辺への警戒を行っていた。

 正体不明の監視については、さくらと再会した九頭流くずるさん達かと思ったが、さくらの呟きから再会を決めたと聞いて、さくらを監視していたわけではないと知った。


 ぞくり……


 正体不明な存在と、過剰なガードに今更寒気を覚えた。


 そもそもDOLL達に実装されてるAIが機密だと言うなら、本体であるブルーフィーナス地下のサーバーが重要なはずだし、リモートコントロールである(はず)DOLL本体は、自身を守るだけなら十分以上の性能と権限が与えれれており、守るべき機密はだ。


 ――“さくら”にはまだ何か秘密がある。


 そんな考えが頭をよぎる。

 DOLL達や緋織さんに聞くのもいいが、以前に“聞くだけの覚悟を持って聞け”と、言われたのを思い出す。

 うかつに機密に踏み込めば、危険にさらされるのは俺だけではない。

 聞けない以上、こうして知り得る材料で考えるしかない。


「こっこらさくら! 抱き付くふりして胸を揉むな!」

「え~~? 毎晩さくらの診察の時、それとな~~く触ってるの、気がついてるよ~~? えいっ!!」

「あふっ! こっこら……さっさく…………あっ!」

「ここか~~? ここがええのんか~~? ほれほれ~~♪」


 まったくもう……。


 人がシリアスに考えてるのに、当の本人達は嬉しそうそうにじゃれ合い、青葉はそれを本当に幸せそうに見ている。

 ……思えば青葉は最初からさくらに好意を見せていた。

 どうしてそこまでさくらに好意を寄せるのか気になる。


「青葉」


「なあに~、裕貴お兄ちゃん」

「青葉はどうしてさくらが好きなんだ? つかさくらの事をどれだけ知っているんだ?」

「全部だよ~」

「全部? 生い立ちとかか?」


「うん。それとママが夢の中でループしてたときから好きだったの~」

「お? それは俺とさくらが初めて会った日に話したのを聞いていたからだろ? あれだけで好きになれるのか?」 

「ううん、ママがずーーっと夢の中にいるときから

「何!?」

「あおば!!」


 黒姫が小声で制する。

「――あ!!」

「もう遅い。見ていたってどういう事だ? どうしてさくらの夢を見れたんだ? つか脳波リンクは夢を可視化できる所までできていたのか?」

 俺もふざけ合うさくら達を見ながら小声で聞く。


「う~、しまったなあ……」

「もう、あおばったら」

「ちょっとごめん~。ムズカシイ話だから、サクヤヒメちゃんに代わるね~」

「あっ、ああ」


 青葉の幼い顔つきが大人びた表情になる。

「まったく青葉は。緋織さんに叱られますよ? ……はいはい。分かりました。私が代わりに怒られればいいんですね? 面倒くさい事は私にやらせるんだから……はぁ……」


 咲耶姫が脳内(?)会話で愚痴り、さくら達を見る。

「とはいえ、ここではまずいので、後ほど裕貴さんのツインを通してお話ししますがそれでいいですか?」


「……分かった」


「ありがとうございます。それではいい機会なので、少し青葉にはひっ込んでいてもらって、私は久しぶりにマスターとお話しさせてもらいますね――ダメです。失言の責任を取って、すこしそこで反省していてください――うるさいですね、同調回線切断シンクロリレー・オフ!」


 そんなやりとり(?)をしょっぱい目で見ながら思う。

 ……青葉、おまえ高度AIなんだよな?



 ――その後、呼び出しておいて、俺そっちのけでじゃれていた二人が、ゼイゼイ言いながらソファにもたれかかるのを見てこう言う。


「……俺、帰ってもいいかな?」


「だめ!」「だめだ!!」









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