揖斐の二度桜編〈班室〉

 ――土日に開催された文化祭が終り、月曜の振替休日が明けた火曜日。

 裕貴、圭一、さくら、フローラ、さくら、雨糸、涼香が食堂で昼食を食べたあと、プレハブで建てられた、スポーツ系班室棟の一室に集まっていた。


 ここは夜学用の班室で、祥焔先生がカギを持っていて、集まるならここを使えと言ってカギを渡してくれたのだ。

 と言うのも、文化祭以来俺達に注目が集まるようになり、大っぴらに話せる場所がなくなってしまったからだ。


「よし。掃除完了だな」

 野球、バレー、バスケ、卓球など一通りの道具をスミに追いやり、イスと長机を置いてみんなで座る。

「夜学部って班活やってたのねえ」

 雨糸が隅の道具を見る。


「そうだな。昼間は仕事とか事情のある連中がほとんどだからオレも驚いたゼェ」

「それに生徒数も少ないみたいだしな」

 俺も頷く。

「たしか学科も少なくて、人数もひとクラス十数人くらいだったよ」

 涼香が補足する。

「だが少なくても、何かしらやりたがる生徒がいたら、学校側は無視できんだろう」

 フローラが指摘する。

「そう言えば校長室にトロフィーや賞状が飾られていたよ~~」

「それはすごい。学業に労働、その上班活で結果を残すのとは大したものだ」

 フローラが感心する。


「だけどまあ、こうして使われないままでいるって事は、それなりの理由があるんだろうな」

 周りを見て少し寂しく思う。

「しかしこうして気兼ねなく話せる場所ができたのはオレらにとってはありがたい。遠慮なく使わせてもらおうじゃないか」

 フローラが明るく言う。


「そうね」

 雨糸が同意し、バックからお茶菓子を出して並べると、涼香も水筒を出してコップを並べた。



「――日曜は楽しかったなあ」

 フローラが俺を見ながら笑う。

「二度とごめんだね。つか、罰がキスをするで、ご褒美がキスをされるってなんだよ! 同じじゃんか!」

 思い出してヒートアップする。


「ねー、フローラったらズルイよね~~」

「そう言うさくらは触ると触らせる! 雨糸はハグする、される! どっちも変わんねえよ! セクハラ一択じゃねえか! せめて涼香みたいに料理を作る、作らせるって具合にしてくれよ!」


「む~~、一生懸命考えたのに~~!」

 さくらが怒る(カワイイ)


「そっそれくらいいいじゃない! やっと私も大っぴらにアプローチできるようになったんだから!」

 雨糸が頬をふくらませる(ちょっとカワイイ)


「オレら四人は外すことはないだろうと思ってたから、順番を最後にした上で選択肢を絞っただけだ。ルール上問題ないだろ?」

 フローラが悪びれずに言う(……)


「でも、お兄ちゃんに気があった女子って結構いたんだね」

 涼香が感心する(うへへ)


「それはそうよ。涼香一筋と思われてたから、みんなリアクションしなかっただけで、昔っから結構人気があったのよ」

 雨糸が誇らしげに言う。

「ほんとうね~~、クーちゃんから守ってくれたみたいなの見ちゃうと、知らない女の子でもキュンキュンしちゃうわよね~~」


「ふ、正攻法じゃオレ達に太刀打ちできないと思ったから、焦ってあのイベントに参加してきたんだろう。まあ予想通りだな」

「フローラ、ひょっとしてお兄ちゃんを狙ってる女の子達を煽って、誘い出す為にあの企画を考えたの?」

 涼香が驚きつつ聞く。


「ああ。ライバルの素性は知っていた方がやりやすいからな」

「ついでにけん制にもなったしね。私達の提案に他の女子達が悔しがってたもの。『その手があったのかー!』って」

 雨糸が感心する。


「でもお兄ちゃんがワザと外して、女の子たちが強引にモーションかけたりしたから、かえって印象悪くなっちゃったかもね?」

 涼香が俺を見る。


「まあ、引いちゃったのは確かだな」


「しっかしフローラは容赦ねえなあ、こええー、リア充はてーへんだなおい」

 圭一が肩を叩いてくる。

「それはまあ、大変なのはいいんだけど……」

 圭一の冷やかしに乗れず言葉に詰まる。


「どうした?」

 フローラが聞いてくる。

「ゆーきは女の子達に応えてあげられないのが辛いんだよね~~」

「うっ!」

 さくらに図星を指される。


「さくらさん……」

「さくら、分かって……」

 とっくに見抜いてる涼香と雨糸が、さくらの指摘に驚く。

「なるほど。だからわざと答えを外しにかかってたわけか。お人好しめ」


「うふふ、誰に似たのかしらね?」

 涼香が俺を見て笑う。

「ハァ……、不本意だがな」


「ところで涼香、これでいいの?」

 雨糸が真面目な顔で聞く。

「……いいよ」

「どういう事だ?」

 圭一が聞き、俺とフローラが首を傾げ、さくらが目を細めた。


「涼香は一部の人たちにだけど、この騒ぎで“不倫の末にできた子”ってバレちゃったのよ?」

「「あっ――!」」「そうね」

 俺と圭一が驚き、さくらが頷く。

「なにか問題でもあるのか?」

 フローラが不思議そうに聞く。


「まあ、日本の片田舎じゃ、ヘンに勘繰られたり噂されたりして、評判が悪くなるかも――って事よ」

 雨糸が説明する。

「だが涼香はそんな事百も承知だったんだろ?」

 フローラが涼香を真っ直ぐ見る。


「うん。でもいつまでもうやむやにはできなかったし、はっきりさせなきゃみんなも先に進めないものね」

 涼香が少し笑いフローラ、さくら、雨糸を見る。

「「「涼香……」」」

 三人が寂しそうに笑い返す。


「……ふん。涼香こそ誰に似たんだ?」

 涼香を見る。

「うふふ。どっちだと思う?」

「さあてな……」


「その事なら心配要らないわ」

 一葉がテーブルの真ん中に進み出る。

「どういう事だ?」

「一応関係者の動向をトレースしていたけど、涼香と裕貴の事はおおむね好意的に受け取られているわよ」


「そうなのか?」

「ええ。大体は“お互い兄妹と知らずにいて、秘めていた恋のドラマチックなエンディング”って受け取られているようね」

「男子連中は涼香がフリーになった事、女子は裕貴がフリーになった事が理由だろうな」

 フローラが分析する。


「ん~~、それもあるけど、女の子はそういうドラマチックな展開がスキだからじゃないかな~~」

「あ、さくらさ――さくらそれ正解かも。確かにネガティブな噂撒き散らすより、あれこれ想像してワイワイ話す方が楽しいだろうしね」


「ヤベェ、てことは涼香を狙うヤローが増えるって事か?」

「そういう事だな。妹に悪い虫が寄ってこないようにしっかり見ててくれよ!」

「オレは虫よけスプレーじゃねぇーぞ!!」

 どっ!

 みんなが笑う。


「――っとそうだ! みんなに報告があるんだ」

 圭一がみんなに向きなおる。

「なんだ?」


「じゃーーーーん!!」


「おおおっ!!!!」

 俺と一緒にみんなもどよめく。

「ついに取ったゼェ!! 普通自動二輪免許!!」

 圭一が自慢げに免許証を見せる。

「スゲーー!! いつの間に教習所に通ってたんだ?」

 俺が前のめりに聞き返すと、みんなも身を乗り出す。


「なーに。夏休み中家の仕事手伝いながら教習所に通っていたんだが、昨日ついに本試験〈ほんけん〉に受かったんだ!」

「そうか、おめでとう! でもよく学校の許可が下り……あ、家業か!」

「そうだゼェ、元々専科高だから、仕事に関係する免許はすんなり許可がおりるんだゼェ!」


「二輪免許が建築業とどう関係あるの?」

 雨糸が聞く。

「それがありゃあ小型特殊――つまりは小型ユンボやフォークリフト、小型ホイルローダーの免許が、二日三日の講習だけで取れて一般道を走れるな」


「へえー」

「身内特権で申請書に判を押してもらったか。……やるな」

 フローラがフムフムと頷く。

「そういう事だ。さくらちゃん見てて、遠出できる足があれば便利だなって思ってな」

「だけど通学には使えないだろ?」

「まあなー」


「それで肝心のバイクは? あるのか?」

「さすがにそれはオヤジのお下がりだ。つか夏休みは中将姫の素体代を稼いで終わったから、教習費用はまた借りたんだ」


「でもそんなの俺に言っ――」

 てくれれば用立てたのに! ――と言おうとして、圭一に目線で遮られる。

 それは圭一のプライドに関わる事だと気付き、その心意気が少し嬉しくなった。

「まあ、もし裕貴に借りるとしたら、俺の兄貴になってからだな!」


「寝言は寝て言え! つかおとといきやがれ!」

 茶化してくるので、笑いながらシッシッシと手を振る。

「ちっ! 吐いたつば飲ませてやっから後で吠え面かくなよ!」


 どっ!

 ふたたびみんなで笑う。


 そうしてるうちに昼休みも終わり、教室へ戻る為に立ち上がるとフローラが声をかけてきた。


「そろそろ山も紅葉が始まったな」

 フローラが窓の外を仰ぐ。


「そうだね」

 言いたい事を察して俺も外を見る。


「桜の調査を再開するから付き合ってくれないか?」


「いいよ」

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