7
オーガスタの願いを聞き届けたかのように、初夏にふさわしい晴れやかな空と外で過ごすのに心地よい陽気だった。
ガーデン・パーティーには出席することに決めたヘンリーだったが、ひとつ億劫なのが服装のことだった。今まで移動は幌付き
そういうわけで、当日オーガスタの邸にやってきたヘンリーは、フロックコートにきちんとトップハットを被って現れた。会場となる庭へ出る前にひとまず、応接間に通されたヘンリーはそこではやくもセーラと顔を合わせた。セーラは炉端の椅子に腰かけており、扉のところで次々とやってくる招待客を迎えるオーガスタと、彼女に挨拶しているカリスフォード氏を眺めていた。
「やあ、セーラ」
先日の一件もあり、あえてかるい挨拶をしたヘンリーに、椅子に腰かけたセーラは「ごきげんよう、ヘンリー」とやはり親しみをこめて返してくれたが、なにか言いたげな顔つきで見上げてくる。
「なにか?」
ヘンリーが問いかければ、セーラはそっと口元に指を持って行って、微笑みの吐息を漏らした。
「ごめんなさい、でも……本当によく似合っていらっしゃるから。立派な方がふさわしい格好をなさると、こんなに映えるものなのかと、感動してしまって、私……」
思いがけず屈託のない称賛を向けられて、ヘンリーは戸惑った。ダイヤモンド・プリンセスとはずいぶん話をしてきたが、一人の令嬢と紳士として会話をしたことがないことに急に思い当たったのだ。セーラの言葉をどういう意味にとるべきか図りかねて、白い手袋に触っていると、セーラはいよいよ忍び笑いを始めた。
「誤解なさらないで。けっして馬鹿にしているわけではないの。ただ、お父さまを思い出して」
「お父さま?」
ええ、そうよ、とセーラは笑みを含んだ目で、もう一度ヘンリーを見上げる。
「すらっと背が高くて、とってもハンサムな方だったの。インドで軍服を着ているのも素敵だったけれど、私は正装されているときのほうがずっと好き。着こなしがおしゃれで、凛々しくて。そう、ヘンリー、いまのあなたにそっくり!」
それを聞いてヘンリーは、パーティーはまだ始まってもいないのにどっと気疲れして、同時に自分の先走った心得違いを恥ずかしく思った。いつものプリンセスのような立ち居振る舞いに忘れてしまいそうになるが、それでもセーラはまだレディとしてはあまりに年若で、社交界での男女の駆け引きになど通じているはずがないのだ。しかし、それにしても、お父さま、とは!
「それなら、こう呼びかけたらもっと思い出が鮮明になるかな、リトル・ミセス?」
リトル・ミセスが年相応のあどけない微笑みを浮かべたところに、彼女の後見であるカリスフォード氏が挨拶を終えてやってきた。
「はじまる前からずいぶんと楽しそうだね、セーラ」
「はしたなかったらごめんなさい、おじさま。でも私、今日のヘンリーにびっくりしてしまって」
カリスフォード氏は、少し戸惑った様子でセーラに問いかける。
「ヘンリー? こちらの伯爵をそうお呼びしているのかい?」
「ええ。このひと月の間、オーガスタさんのお宅で私たちはとても仲良くなったんです。その印なんです」
それはそれは、と口ごもりながら目を向けるカリスフォード氏のトラウマを刺激しないように、ヘンリーは挨拶の微笑みを浮かべた。
「どうもお久しぶり、ミスタ・カリスフォード。お会いしていなかったのに、あなたのことはずいぶん詳しくなりましたよ。あなたのプリンセスは大変お話が上手なものだから」
ご自慢のセーラのことを褒められてカリスフォード氏の表情はやや柔らかくなったものの、それでも自分が想像していたよりもずっと親しげな様子のヘンリーとセーラを訝しく思っている様子だった。
「ねえ、おじさま? 正装していると、ヘンリーはお父さまに似ているとお思いになりませんか? どこがどう特に似ている、というわけではないけれど、全体のいでたちというか、着こなしのすらりとして凛としたところが」
「セーラ、確かにクルーは美男子だったが、伯爵と比べるのは失礼ではないかな」
ヘンリーを横目で見つつ咎めるカリスフォード氏を、ヘンリーは手で制した。
「お気になさらず。こちらのリトル・ミセスの最大の賛辞なのだろうと思っていますから」
ヘンリーが言い終えたとき、女中が応接間に滑りこんでオーガスタに耳打ちをする。それを受けて彼女は、庭の方の準備が整ったことを告げた。
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