タムの結婚(16)──山小屋へ

 キッパータックを見張っていたガットとアミアンスの下に、ルカラシーとタムが戻ってきた。ルカラシーを乱暴に放りだしたタムは巨大石柱の根元に座り込んだ。全員に背を向ける形で。

 事情を察し、愁然しゅうぜんとするガット。反対に、それを原動力にしてきたのがアタシたちじゃないか、とより尖った、燃えたぎる眼光を二人へぶつけるアミアンス。

「タムさん!」とガットは切々と叫ぶ。「ここに凧糸を巻かれた豚塊肉が二つあります。豚ってのは、鳴き声以外すべて調理できるらしいじゃないですか。おれたちで煮るなり焼くなり、好きにやっちゃいましょう」

「こんなやつら……とても食えたもんじゃないよ」とアミアンスは渋っ面。

 各通路の点検のために場を離れていたコナリアンも再度陰々たる輪に加わる。タムの方を一瞥すると、誰へ向けてか、小声で告げた。

「今のところどの通路も変化はない。しかし今後はわからない。で、この二匹のドブネズミの処分方法だが、こいつらが別の通路のことも知っている可能性を考えて、一旦、全部の通路を閉鎖して行く先を繋ぎ変えちまう方がいいだろうな。で、こいつらがいると通路作りのじゃまになる。どこぞの山にでもダムにでも放りだす──というのが得策じゃないかね?」

「賛成だよ」アミアンスがてのひらを天井へ返して言った。「うち一匹はレイサさんを傷つけた最低な男だ。灰にして海にばらまいてやるつもりだよ」

 コナリアンはタムに耳打ちする。「ボスもオーケーか?」

「レイサの親父さんは」と瞼に陰影を浮かべたままつぶやくタム。「誰にも行方を探してもらえず、誰にも悲しんでもらえないまま死んでいった。でも、ルカラシーは違う。ルカラシーが行方不明になれば国中で報道されるだろう。こいつが死んだら大勢の人間が涙を流して、何日にも亘って追悼されるんだ。そんなことはおれが許さない」

「じゃあ、どうしたいんだ?」コナリアンは半ば見下げたような表情で訊いた。

 タムはつと立ち上がった。「こいつの顔をおれたちが見ないで済むようにしてくれたらそれでいい。死ぬのも失踪するのもダメだ。福田江のおっさんもレイサもテレビぐらいしか娯楽がねえんだ」

 テレビを観なきゃいい話だろうに……という顔になるガットとアミアンス。自分たちだって洞窟にこもりっきりで、たまの息抜きはトランプぐらいだ。

「と、いうことだそうだ」コナリアンが執り成す。「火口もダムも海にばらまくも却下だとさ。刺激的な娯楽になりそうなのにな」

「うーん。だったら、どこに放りだすのがいいか……」

「おれにいい考えがある」コナリアンがニヤリと笑った。



 キッパータックもルカラシーも後ろ手に縛られたまま、目隠しに耳栓、猿轡を噛まされ、ズボンの上には紙おむつまで履かされた。どんな運命の手引きを迎えに行くところなのか、悪党たちが洞窟内で交わしていた会話から、どこか人気のない場所に放りだされるのだろうことだけ想像がついた。キッパータックはレイノルドのアドバイスどおり警察署に道が繋がるよう、ずっと念じていた。でも、マジック・ケーヴには伝わらなかったようだ。それか、通路はできたのだが誰にも発見してもらえず、悪党らに握り潰されたのか──。


 コナリアンを先頭に、ガット、アミアンス、コフィンが茂みをかき分けながら進んでいた。ガットとアミアンスがルカラシーを挟み、コフィンが一人でキッパータックを引っ張っていた。彼らには丸太を引きずっているくらいの労しかなかった。この丸太は抵抗もせず二足歩行ができたし、マジック・ケーヴが長い道のりをほとんど省いてくれるのだから。やがて彼らを出迎えたのは、がれ場だった。そこに、岩に囲まれた窮屈な場所に無理やり押し込まれたような木製の小屋があった。コナリアンが振り返って説明する。

「あれだ。おれが昔、あちこち放浪していたころに雨風を凌がせてもらった恩ある小屋で、そのとき訪ねてきたのは蛇一匹、山鳩一羽くらいだったな」

「それ食ったんじゃないだろうな」

 コナリアン以外、ここがどこの山であるのか雫ほども知らない。コナリアンの出生地である翼人よくじん地区か、虎人こじん地区の山だろう、とガットらはうっすら見当をつける。小屋はもう、建っている、というより遺棄されている風情だった。近年人などをまるで相手にしてこなかったことが窺える外観だ。悪党たちはキッパータックらを荷物のように放りだすと、近づいてじろじろ観察する。

「人食い鬼の住み処みたいだな。ここに閉じ込めるとなると一生救いだされないんじゃないか?」ガットが柄にもなく心配する。

「はは、皆さん情け深くいらっしゃる」コナリアンは笑った。「こいつらの悪運にもよるだろうが、まあ、二、三日ぐらいかな? 水も飲ませたし、それくらいなら餓死はせんだろ。マジック・ケーヴの通路を入れ替えちまうまで時間稼ぎできりゃあいいんだからな」

 ガタがきている扉が無理やり剥がされる。ガットはルカラシーとキッパータックを中へ放り込むと、扉を締めて封印作業にかかった。コフィンが持ってきた大工道具を使って釘を打ちつけ、壁などを足蹴りして容易に破壊できないことを入念に確認する。

「よし、いいだろ」コナリアンはジャンパーの脇ポケットに両手を突っ込み、満足そうに微笑む。「あとは手紙だけだな」

「手紙?」

 コナリアンは帰る道すがら計画を語って聞かせる。「あいつらの居場所のヒントを書きつけた手紙をキララ・ユクに送ってやるのさ」

「キララ・ユクって!」ガットは大げさに驚いてみせる。「女優の名前だろ? たしか、おれたちの仕事の一番最初の依頼人じゃなかったか?(第15話 アピアンを探せ(1)参照)」

「そのとおりだ」とコナリアン。「やっこさん、舞台公演で現在日本にいるらしいんだが、週末には仕事を終えて東味亜ひがしみあに戻ってくるはずだ。自宅に帰って手紙を開封すれば、不審がって警察に連絡を入れるはず」

「でもなんで、キララ・ユクに」アミアンスは言ってから、急に声高になる。「コナリアン……あんたもしや、キララに惚れたとか?」

「ばか言え」靴先を遮るじゃまな木の枝を足で払い、意に沿わぬという顔のコナリアン。「おれが住所を知っていて、素性もある程度把握している人間として浮かんできただけさ。いくらマジック・ケーヴに隠れていられるでも、こっちから警察に知らせたり助けだしたりする義理はねえからな」

「そんな手紙が送りつけられてきて、彼女が怪しまれちまうことはないのかい?」

「おまえもキララに親身じゃねえか」

 マジック・ケーヴの通路口に戻ってきて、周囲を警戒し確認してから潜り込む。

 トンネルを進みながらコナリアンは話を継ぐ。「あの女優、気弱すぎるところが玉に瑕だからな。精神を少々図太く鍛えてやろうと思ってね。人が監禁されていることを知ったら、無視するわけにはいかないだろう。しかし警察にはこんな手紙が送られてきた理由など見当もつかない、としらばっくれなきゃならない。プロの演技力を期待しよう」

「家政婦とかマネージャーとかが勝手に開けやしないかな?」とガット。

「女優だ、アパレル業界や化粧品メーカーとかと繋がりがあるだろ。封筒に偽の社名でも入れておけば、気にもされないさ。それに、キララが家政婦などを出入りさせていないことは調査済みだ。小心者で、他人を信用しない、そんな女さ」

「しかしあんたはキララを信用させ、仕事をゲットしたんだろ?」〈第一コンコース〉に戻るとアミアンスは腕を組み、感心する。「コナリアン、あんたはおもしろい男だよ。手紙と公演中の女優を使って時間を稼ぐなんて、サスペンス小説のアリバイ工作みたいだね」

「虚構の世界をばかにしていたおれだったが、あいつの演技に多少心を動かされたことがあってね。おれ流の恩返しだ」コナリアンは、巨大石柱を背に黙って佇んでいるタムと向かい合った。

「生ゴミを放りだしてきたぜ。遅くとも日曜日には回収されるはずだ」

「ああ、それでいい」タムは帽子を頭に乗せた。「おれもあんたを見習って稼いでくるとするか。明日から忙しくなる。ただ、マンションへの通路は後で戻しておいてほしい」

「わかってる。あの草原も、だろ?」コナリアンは心得顔で応じ、ジャンパーを脱いで地面に捨てた。

「しばらくここへは来ない。なにかあったら連絡してくれ」タムは言い終わると、洞口へと歩いていった。

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