アピアンを探せ(4)──燃える男、ベラスケス

 滝や石像、新たに敷地内に作られたフィールドアスレチック施設などの見所を案内し終わると白水しろうずは「あとはご自由に。なにかあれば詰め所にいますので呼んでください」と言って事務所へ引き返していった。キッパータックとかないとベラスケス一家はいよいよアピアン探しをはじめるため、準備をしに荷物を置いている道場に戻った。

 道場は土間もかなり広いスペースとなっていて、そこに鍵つきのロッカーと荷物置きの棚、更衣室まで設えてあった。叶はロッカーからウエストポーチを取りだし、ハンドタオルと携帯端末を詰め込む。虫よけスプレーを首元に吹きかけサンディーを見ると、サンディーも同じようにペピタの手の甲にミント水をかけてやっていた。ペピタはお化粧と勘違いしてそれをペタペタ頬に叩き込む。

「おい、こんな手紙が置いてあったぞ」ベラスケスが道場の上がり口に置いてあった紙を取りあげて掲げた。

 手紙を中心に大人たちは輪になった。文章の意味がわかると、ベラスケスは道場をぐるりと見回した。

「白水さんはもう来ていると言っていたのに、ご夫婦の姿はどこにもない。このご夫妻はアピアンを探しに来たんじゃなくて、なくし物を取り戻しに来たということのようだ。それで、見つからないから警察に行ったのかもしれない」

「警察!?」と叶は喫驚する。「山でなくしたなんて物を警察が相手にしてくれますかね? でも手紙の内容が事実だとすると、神酒みきさんの知り合いの占い師がここにあるって明言したアピアンって、そのご夫妻の物ということになりますよね?」

「なになに〜」サンディーが歌でも歌いだすように両肩を揺らす。「私たちはお宝探しをできる? できない? どっち」

「うーん、どうしましょう」とキッパータック。「やはりここでのアピアン探しはやめておきますか?」

「せっかく来た。どうです? そのアピアンさんのオプアートを探してやるのは」

「あら、あなた。混ぜこぜになっちゃってる」サンディーがぷふっ、と噴きだす。「オプアートさんのアピアン、でしょ?」

 ぷふっ、と祖母をまねて、ペピタも唇に手を当てて笑いをこしらえる。

 ベラスケスは話を聞いてみよう、と言い、手紙に書いてあった電話番号を端末に打ち、発信した。「あー、もしもし?」


「はい」とオプアート(夫)の声がした。

「ベラスケスと申します。道場に置いてあった手紙、読みました。山で奥様が大切な石をなくしたとか?」

「ええ、そうなんです……」ガットはわざとらしくしわがれた声を演出した。「あんな高い山にのぼらなければよかったんです。家宝の石をなくしてしまうなんて」

「そんな高くはなかったけどな」とベラスケスは不思議がった。「それは幸運の石と名高いパピヨンでしたか?」

「いいえ、パピアンです」

「アピアンでしょ、パパ」サンディーが横から訂正する。

「私たち、これからアピアンを探してみようと思います。あなたの奥様がなくされた石が見つかるかどうか、わかりませんが」

「そうですか! もし見つけたらこの番号にご連絡くださいませんか。お礼はたっぷり差しあげますから」

「いやいや、お礼なんて」ベラスケスは慎み深い顔になった。「宝物をなくされて、奥様はおつらかったでしょうね。なんとか探してみますよ。ただ、アピアンという石は空から降ってくるのでしょう? 砂地で見つかるものでもあるのだとか。私たちはあなたの奥様のアピアンではない、別のアピアンを見つけてしまうかもしれません」

 キッパータックと叶は、なんだかややこしいことになってしまったな、という表情を互いに見合う。

「いいえ、アピアンが見つかったなら、それは妻の物に違いありません!」ガットは強気に言った。「特徴があります。見ればすぐにわかります。でもめずらしい石だから自分の物にしてしまえと懐に収めてしまう泥棒みたいな連中もいるでしょう。あなたがそんな人じゃなくてよかったです、本当に……。もし見つけたら教えてくださいね、必ず」

「ええ、ご連絡いたしますよ、必ず」ベラスケスはそう結ぶと、通話を切った。


 ベラスケスの心に「人助け」の火がついたようだった。フンフンと鼻息を荒くしながら、自分のスポーツバッグから小さな巾着袋を取りだし、そこから細い糸の先に穴あきコインが結びつけられたものを引っ張りだした。

「私はこれでアピアンを探すつもり」ベラスケスは顔の前でコインをぶら下げた。

「それって、占い?」と叶が訊く。

「そう。でもとても頼れる道具なのです」

 気づくとベラスケスのみならず、妻のサンディーも孫のペピタも同じ糸付きコインを手にしていた。

「ダウジングだよ、知ってるかな?」とベラスケスは説明する。「地下に隠れた水脈や鉱物をね、昔の人はこれで探してた。私、若い頃からこれが得意なんだよ」

 ベラスケスはキッパータックと叶の分までコインを用意していた。二人に渡すと、さっそく表へ出て試してみることにする。


 山へ入る前にベラスケスがダウジング初心者の二人にやり方を伝授した。ペンデュラムという振り子を使った方法で、まず自分のエネルギーと呼応させるために、コインの糸を自分の体にこすりつける。手や手首、額に。そして目の前にぶら下げ、意識を集中させると、コインが右や左にくるくると回りはじめる。ただ左右に振れるだけのときもある。

「うーん、私はこういうの、得意じゃないかな……。すごく神経を使いますよね」と叶が早くも音をあげる。

「慣れないうちは誰でもそうだよ」と慰めるベラスケス。「そのうちコインの声なき声が届くようになるから。動きに変化があったら周囲を探してみる、オーケー?」

「僕からはこれ」と今度はキッパータックが買い物袋から人数分のスイミングゴーグルを取りだした。

「え? 水に潜るわけでもないのに?」とサンディーが驚く。

神酒みきさんから風が強いと目に砂やゴミが入りやすいと聞いていたので、用心のために買ってきました」

「私たち、結構奇妙な集団に見えないですかね?」ゴーグルをつけながら叶が言った。

「大丈夫よ、叶さん。私はかつてアジア全域で名を轟かせた大道芸人だったが、今では白い鳩を飛ばしても誰も見てくれない」山へと向かいながらベラスケスが破顔した。



 キッパータックらがアピアン探しを決行したと知り、山の姿が見下ろせる広場に来たオプアート夫妻ことガットとアミアンス。

 ガットはサングラスをずらしてその目に双眼鏡を当てていた。「はっはっは! あいつら真面目に探してやがるぜ。まったくお人好しだな」

「アタシにも貸して」双眼鏡を借りるアミアンス。「ふーん、別にスコップで砂を掘り返すわけじゃないんだね? うまく見つけてくれるといいけど」

「そういや、おれが作った落とし穴があったな。どこだったっけ……」ガットがつぶやく。

「落とし穴?」

 二人は、ここへやってきたとき山を少しだけ偵察していた。砂の丘の北の端に、ぽっかりと穴が一つ開いているのをガットは発見したのだ。人が入れるほど大きく、斜めにずっと深くまで穿たれている穴だということはわかった。ガットはその口に木の葉や枝を渡すなどして上から砂をかけ、即席の罠を仕掛けた。

「やつらを落とすつもりで?」

「特に考えてはいなかったが、保険として」と答えるガット。「まさか大庭主が現れるとは想像していなかったしな。とにかくおれたちのじゃまになるやつが来たら落としてやろうと思って」

 アミアンスは双眼鏡でキッパータックたちの動向を真剣に追いはじめる。「やつらはアタシらの代わりに探してくれてるんだから、追っ払う必要はないんじゃない?」

「まあな。では落ちないことを祈っといてやるか」



 アピアン探しを開始して数十分が経過した。ランプを下げた隠者のようにコインだけを頼りに、足場の悪い砂の上をうろつき回って疲れ果てた叶は一旦山をおりることにした。靴の中がザラザラして気持ち悪くなってきたし、平らな地面で休憩を取りたくなったのだ。

 道場の入口まで戻ってくるとキッパータックがいて、足下に細々としたガラクタを並べて立っていた。

「それ、どうしたの?」

 キッパータックはガラクタを袋に詰めようとしていたところだった。くねくねと曲がった針金や空き缶、木の皮やガラスの破片といった物たち。

「コインに反応があったから砂を掘ってみたら、いろいろ出てきたんだよ」とキッパータック。

「へえ、私はどこを掘ってもなにも出てこなかったのに」感心する叶。「キッパータックさん、ダウジングの才能があるんじゃない? さすがはベラスケスさんの愛弟子ね」

「山がきれいになっていいかもね。袋が小さくて入り切らないから、白水しろうずさんにゴミ袋をもらってくるよ」

「あ、それなら私がもらってくる。キッパータックさんはアピアン探しを続けてて」叶はそう言うと、道場の管理事務所へと小走りで向かった。

 

 一方の悪党たち。ベラスケスらの地道な探索活動を遠巻きに観察するのにも飽きてきた。そう簡単に見つかるものではないことを悟る。駐車場へ引き返しながら話す。

「はぁー。あいつらみたいなことを一丁前にやってるけど、全然見つからないじゃないか」と零すアミアンス。

「そうさなぁ、あんなのより、片っ端から砂をすくってふるいにかけていった方がいいんじゃねぇか?」ガットも大口を開けてあくびを繰りだす。「まったく、退屈でしょうがねぇ」

「アタシたちが探した方がきっと早いね」

「あのがいなけりゃな……」

 瞳を交わし合う。こういうことにかけては以心伝心ができる二人だった。

 とはいえ、話し合いも必要だったのですばやく計画を立てる。「あいつがいなくなってもほかの連中はアピアン探しを続ける状況を作りだしたい」

 アミアンスも首肯しゅこうする。「だったらアタシが蜘蛛男を道場に呼びだして〝締めて〟おくよ。人けのないところにしばらく転がしときゃいい」

 頭脳よりも力が物を言うような作戦があっという間に立って、全員の居場所を確認するために泥棒コンビはこっそり山に近づく。戦艦の砲身のように斜めに生えた木に半身を沈めて砂の丘の様子を覗き見ると、相変わらずベラスケスが熱心にコインを見つめて歩き回っている。少し離れたところではサンディーが木の枝を握って砂を掘っている。そしてその祖父母に背を向ける形でペピタが砂面に座っており、手足を真っ白にして砂遊びに夢中になっていた。

 ガットは顔をわずかに浮かせ目玉をキョロキョロ動かす。「あれ? 蜘蛛男がいねぇな。一、二、三……三匹。あともう一人、若い女もいたよな?」

「トイレじゃないかい? それか二人で道場でイチャついてるのかも。アタシが行って見てこようか? ついでに二人とも締めてきてやるよ」

「おおっ、コインに反応が! こりゃすごいぞ」と言うベラスケスの声が立ったので、ガットとアミアンスは首を引っ込め、息を潜める。

 ベラスケスはコインに釘付けとなったまま、一歩進んで止まり、一歩進んで止まり──を四度くり返した後、「ドゥワァ!」という叫びとともに砂の下に吸い込まれていった。

「おいっ、あいつ、どうしたんだ?」と驚くガット。

「いいドゥーワップだったねぇ」と呆れ声を奏でるアミアンス。「あんたが作った落とし穴だけどね」

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る