アピアンを探せ(3)──オプアート夫妻の謀

 ヴァン・ダイク風のひげを生やし、下膨れの血色のいい顔、がっしりとした体格を濃いグリーンの半袖スウェット姿で包んだベラスケスが声をあげた。「友達っていうから男性かと思っていたら──」

「なんてかわいらしい方! キッパータックさんの恋人?」ベラスケスの妻、サンディーも笑顔を輝かせて見てくる。

「へえ、キッパちゃんの恋人?」サンディーの足元に収まっているペピタはたどたどしい日本語で言う。

 三人とも運動着など軽装であった。アピアンを探す気満々だ。

「ベラスケスさんって、キッパータックさんの蜘蛛の元飼い主だった方よね?」とかないは小声で訊いた。

「うん。そう」と返すキッパータック。「数年ぶりに連絡があって。アピアン探しは人数が多い方がいいだろうと思って、誘ったんだ。話してなくて、ごめん」

「いや、いいわよ」と叶は言った。「道場もほかの泊まり客と一緒になるって聞いてたし」


錦楓きんぷう館〉のオーナーは聞いたこともない石を探したいという不思議な申し出に、「であれば一晩、道場に宿泊すること」という条件を出した(一泊二食付き、一人五千円)。近所にゴルフ客用の瀟洒しょうしゃなホテルが建ち、そちらに客を取られて近年、宿泊者が減って困っていたという。

 道場は八十畳の広さがあり、シャワー室やロッカーも備えられ清潔であるということだったが、ベッドなどはなく、フロアマットに布団を敷いて泊まり客全員でざこ寝となる。女性の叶をそんなところに泊めるのも……と思ったキッパータックは、もし抵抗がありそうであれば車中泊もできるようにと大きなバンを借りたのだった。

 そのバンの後部座席のシートを倒して、ペピタは何語なのかわからない歌を口ずさみ、歌の合い間に酸素とキャラメル味のスナック菓子の摂取を行い、同時に腰と両足を弾ませるダンスつきで、ご機嫌だった。そのペピタと、キッパータックたち前部座席に挟まれた二列目のシートに、叶はサンディーと隣り合って座った。

「あなたも大庭管理をやってるのね? どういったお庭なの?」とサンディーが興味津々に質問を繰り出す。夫と同じく陽にこんがり焼けた顔がダチョウの卵だとすれば、その中にキジバトの卵がきれいに並んでいるような大きく特徴的な目が叶に向けられる。

「私は大庭主に雇われている事務員なんですよ」と照れ笑いする叶。「庭は森林庭園と呼ばれています。木しかないようなところですけど。……話は変わりますが、ベラスケスさんたちはもう曲芸は全然やってらっしゃらないのですか?」

「私たちがかわいい蜘蛛を犠牲にした事件のことを、知ってるよね?」とベラスケスが言った。「ペピタの母親──長女のミッシェルがやった。蜘蛛を札束に変身させてしまった。でも私も妻も、生活が苦しいときに蜘蛛に頼ったことがあることは正直に告白したよ。警察に怒られ、世間に迷惑をかけた。なので転職して、今は大道芸人ダニエル・ベラスケスではなく高齢者施設の職員として、マジックをやるくらいだよ。ミッシェルはというと、街道管理協会で事務をやっている」

「ママはね、もう悪いことはできないの」とペピタが大人の会話に参加してくる。ペピタは女の子で、年齢を訊くと五歳だと答えた。

 飛行機の滑走路のような幅の広い道路を走り抜け、三十分ほどで錦楓館へ辿り着いた。周囲はどこへ首を向けても山があり、かつて自然信仰の元、道を究めていた修行者たちが建てた寺院や宿泊所が点在していたという。錦楓館もそのうちの一つで、ほかは次々と現代的な施設に作り替えられていき、飛行場がある鳳凰ほうおう地区、住宅地として人気が高い火龍ドラゴン地区と高速道路で繋がっている利点を活かして、ここ地獄番ケルベロス地区は「スポーツ都市化」していった。それで今では、〈スポーツ天国パラダイス──主人のゴルフバッグを見張る番犬ケルベロスしかいない〉と言われるまでの地域となったのだ。

 駐車場では道場の世話係である白水しろうずという坊主頭の若い男に出迎えられた。彼も元々武道家で、道場と自然が気に入ってそのまま住み着いてしまったということだった。キッパータックたちの荷物を軽々掴み、さっさと道場に放り込んでしまうと、観光案内をはじめた。

 駐車場の北側の道を辿り、階段をのぼると木製の柵に囲まれた見晴らしのいい広場に出た。

「いい眺めでしょ? ほら、あなたたちが〈なんとか〉っちゅう石を探すという山はあそこです」


 …………。


 白水の背後でキッパータック、ベラスケス、叶の三名は中腰になって地面に切れ切れの息を吐いているところだった。サンディーとペピタはまだ二百段ある階段を攻略中で、辿り着いてさえいない。

「あぁ、なんかこのシーン、既視感あるー」と白水。「案内人について来られない軟弱な撮影クルーみたいな」

「我々は修行場を案内してくれとは頼んでないから」とベラスケスが不満をもらした。「そりゃ都会人であることは否定しないけど」

 呼吸が快復したキッパータックとベラスケスが隣に並ぶと、白水は再び景色に人差し指を送る。「ほら、あそこに砂が見えるでしょ?」

 白く曇った空の下に田畑に囲まれた殺風景な運動公園が見えた。その公園と今は樹木の奥に隠れて見えない道場に挟まれる形でオーナー所有の山がある。山は小ぶりであった。しかし一部、地肌が割れたように緑が剥がれ、木々が斜めに傾き、そこに明るい灰色が広がっていた。

「ほぅ、うぅむ」ベラスケスが眉と唇を同時に波立たせながら言う。「あの部分だけ砂になってるんだね? 海のない砂浜のようだ」

「地層学的なことはおれにもよくわからないんスけどね」白水は柵に肘をついて体を預ける。「ああなったのはごく最近なんですよ。近ごろ大雨も降ってないし、地震もなかったのに、いつの間にか木が倒れていたんです。オーナーも首を傾げていました」

「山の中に入るのは大丈夫なんですか?」とキッパータックが訊く。

「一度環境局の人が入って確認していましたから、大丈夫でしょう」と白水。「まあ、あんまり倒れた木に近づくのはやめてくださいね」

 叶とサンディー、ペピタも仲間に加わるべく近づいてくる。「みんな、なにを見てるの?」とサンディー。

「ほら、ママ。あそこにアピアンがあるんだよ」ベラスケスが教える。

「まあ!」驚くサンディー。「木が倒れてる。山に隕石でも落ちたわけ?」

「うわぁ」と叶も難色を示す。「あそこに入って探すの? 私たち」

「それはこっちが投げたいセリフっていうかね」白水はもう山に背を向けて、キッパータックたちを鑑賞していた。「その石って、そんなに魅力なんスか? 世間で石探しが流行ってるとか? あなた方ともう一組、オプアートさんというご夫婦も来ていて……」

「え? ほかにもアピアンを探している人たちが?」ベラスケスがくっきりとした目を拡大させた。

「しかも同じ日に申し込んでくるなんてね」白水が肩をすくめる。「おもしろいもんですね。仲良くやってくださいよ? でも二組だけなんで、八十畳の道場が使い放題ですよ」

「カラオケとかあるかな?」とベラスケス。

「あるわけないでしょ」白水はすかさずツッコんだ。「武道場をなめないでください」


 キッパータックたちが到着する一時間前にすでに道場にやってきていたオプアート夫妻。ガット・ピペリはベージュ色の探検服にサングラス、アミアンスはカーキ色のブラウスにジーンズ、シュマグを巻きつけた顔にサングラスといういかにもな出で立ちで、「目立つな」というコナリアンのアドバイスに従っているとは思えなかった。しかし白水の案内は固く拒み取っつきにくい客であるとアピールし、さっさと探してさっさと帰るつもりでいた。自分たちはお宝に対しては泥棒並みの嗅覚を持っている──いや、本物の泥棒だった──難なく見つけられるだろうと踏んでいたのだが。

 なにしろアピアン探しなど初体験なので、格好以外はなにも考えてきていなかった。砂をすくうスコップが必要だっただろうか? マジック・ケーヴに戻ってなにか道具がないか見繕ってくるか?──そう考えていたとき、白水にぞろぞろとついていく面々を目撃し、二人は心中仰天する。

「ねえ、あれ。私たちが空中庭園から突き落とした大庭主だいていしゅじゃないか」アミアンスがささめく。

「ほんとだ」とガットも駐車場に停めてある車の陰に身をひそめて目で追う。「なんであいつが……ほかにもいっぱいくっついて来てるぞ」

「あいつ、サムソンの知り合いじゃなかったか?」

「ということは、神酒みきの野郎がこの場所を教えたのか」

 二人はしばらく無言で想定される不都合について考えた。

「ちくしょう、なめたマネを。なにも同じ日に来なくても」

「どうする?」とアミアンスは腕を組み、ため息をつく。「サムソンがマジック・ケーヴの話までしているとは思えないけど」

 顔に施した濃いメイクが汗で滲みそうであった。ガットが言った。「いくら変装しているとはいえ、あの大庭主はおれたちの姿を間近で見ている。狭い道場に一緒に泊るのは危険すぎるぜ」

「道場は広かったけどね」とアミアンス。「念のためにマジック・ケーヴの入口に〈蓋〉をしておこうか」

 マジック・ケーヴの洞口は駐車場の奥の岩壁にできていた。目には視えない──とはいえ、誰かが知らずに手で触れて、そこに不思議なトンネルが存在するとバレてしまう可能性もあるにはある。過去にも鳥や猫が入り込んできたことがあったので、内側から木の板などを立てかけて塞いでおく対策はしているのだった。 

 今日のところは諦めて帰るか──と言いだしかけ、ガットが言葉を変える。「待て。いいことを思いついたぞ」


 

  透明な石を探しています。

  妻が大切にしていた石を山の中でなくしてしまいました。

  鼻の穴ぐらいの大きさで、饅頭を潰したような形。

  陽に当てると紫や緑色の光を放ちます。


  見つけた方はご連絡ください。お礼を差し上げます。

  ジョン・オプアート TEL0*0ー12**ー56**



 ガットは紙に書きあげるとアミアンスに見せた。「これを道場に置いてやつらに見せるのはどうだろう?」

「ほう、頭いいじゃないか!」と喜色を声で表すアミアンス。「つまり、あいつらがもしアピアンを見つけたとしても、それは元々私たちが発見して持っていた物って主張が成り立つわけだ」

「そのとおりだ。名前なんて書いてないから誰の物でもないわけだが、だからこそおれたちの物にできなくもないってことだ」

 二人はニヤリと笑った。

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