アピアンを探せ(2)──集結するストーン・ハンターたち

 依頼人とコナリアンを結びつけるキューピッド役は、レスター・ラメレオという老人だった。何者かは知られていなかったが、タムが〈ガス・ラフロー〉であるときの顧客で、喩えて言うなら、龍の血が染みた外套を家宝にしていて、それと同じくらいタムとの親交も大切にしている、という酔狂な金持ちだった。いわゆるパトロンで、コナリアンたちが使っている「飛ばしの携帯端末」を用意してくれたのも彼だ。後ろ暗い秘密や悩みを抱えていて、そこら辺の探偵では心許ない、事情通のプロに依頼したい、という人間をレスター氏が選別し連絡をくれる手筈になっていた。そのうち口伝えで客は増えるかもしれないが、あくまで「こっちの秘密」にも触れないでくれることが条件である。

 レイサの哀傷あいしょう穹沙きゅうさ署警察の意地の警戒態勢──現在のタム一味は得意の庭荒らしからすっかり足を洗ったようになっていた。

「ドルゴンズ庭園を襲ったのは失敗だった」とコナリアンは内心思っていた。目的を明かすことなく、あのまま次々と庭園にいたずらを続け、そうして最後の最後にすべてルカラシー・ドルゴンズに原因があるのだと世間に知らしめ、あの名家に大きな傷をつけてやる──それが本来のタム・ゼブラスソーンの計画であったのだ。

 レイサの父親の居場所をマジック・ケーヴが突き止めてしまい、実際、骨やら遺留品が見つかったわけでもないのにレイサは勝手に実父の末期まつごを想像し卒倒してしまった。怒り狂ったタムはルカラシーへの復讐を早めてしまった。結果、あんな手紙とニセ爆弾犬でお茶を濁し、ルカラシーに多少は打撃を与えたかもしれないが、警察にタムに繋がる人物のヒントを提供してしまったかもしれなかった。

 レイサの父親を探そうと提案したサムソン神酒みきをはねつけ、タムは塞ぎ込み、殻に閉じこもってしまった。リーダーを失ったメンバーたちも腑抜けになりつつある。コナリアンは「せっかくマジック・ケーヴがあるんだ。別の愉しみを考えようぜ」と言い、この探偵業を思いついたのであった。


「さて、マジック・ケーヴにキララ・ユクの愛しの人を探してもらうとするか。もう神酒の腑抜けはいないんだ。あの〈アピアンがある場所〉の通路を潰して……」

「あ、それはちょっと待ってくれ」ガットが慌てて言った。

「はん?」

「実は、サムソンが探さないっていうならアタシらでアピアンを探そうかって話してたんだよ」とアミアンスも言い、食べ終わった包装紙を丸める。「アタシらもタム様に頼りっぱなしじゃなくて、無芸な泥棒なりにどうにか食っていく道を探そうってね。で、アピアンが見つかるなら宝探しもできるんじゃないかと思ったんだ。世界中の宝を探して回るのもおもしろいよ。でも、本当に見つからなきゃ意味がないだろ? マジック・ケーヴは道は繋いでくれるけれども、お宝の在り処までの地図をくれるわけじゃない。実際、レイサさんの親父さんの骨も見つかっていないんだし」

「レイサさんの親父さんはまだ骨になったと決まってないぞ!」ガットが怒って言った。「あの山のどっかで暮らしているかもしれないじゃないか」

「あんな寂しい山で暮らしたらどのみち死ぬよ!」アミアンスはとんでもないことを言った。「とにかく、手はじめにアピアンを探してみたいんだよ。いいだろ? コナリアン」

「神酒も興味をなくしたような石っころを」とコナリアンは耳に指を入れてほじりながら言った。

「でもめずらしい石だって。結構な金になるかもよ? タム様に頼んで客に売ってもらってさ」

「わかったよ」コナリアンは承知した。「あの通路は残しておく。しかしおまえたち、あそこは穹沙きゅうさ市だ。くれぐれも目立たないようにしろよ?」

「ちゃんと変装するからよ」ガットはにやりと笑った。「おーし、久々の活動だぜ。気持ちが沸くな」

「絶ーっ対に見つけてやろうじゃないか」アミアンスも拳を固めて気合いを入れる。



 場所は変わって、一角獣ユニコーン地区、第五番大庭だいてい内にあるピッポの家。

 キッパータックは、料理の腕前はほぼプロ──である庭主ていしゅにならい、ほかほか湯気を噴きだしているじゃがいもを潰すのを手伝っていた。真剣作業で無口になってきたところ、それにたまらなくなったように読んでいた雑誌を手放してかないがソファーから立ちあがった。

「ちょっと、外を散歩してこようかな……」

「ああ、そう」と汚れた調理器具をシンクへ運んでいたピッポが応じる。「外へ出るなら、ついでにハーブを摘んできてくれると助かるな。僕のマッシュポテトグラタンには欠かせないアイテムだからねぇ。君の親友・・・・──の大好物だし、すべてにおいて過不足なく完成させたいと思ってる」

「へぇ、グラタンにハーブなんて入れるんだ」どこかぼんやりした表情を宙に留めて、叶が言った。「でも、ちゃんと指示してくれないと、私には雑草とハーブの見分けがつかないかもしれないわよ?」

「大丈夫」ピッポはメモ帳に文字と絵を書きつけた。「それぞれ違う形のプランターに植えてあるから。タイムにローズマリーに……特徴を書いておくね」

 メモを渡された叶は「じゃあ」と言って、ドアを開けて出ていく。


 叶を見送ったピッポは、テーブルの椅子を引いてキッパータックの隣に座った。

「叶さんが君に敬語を使わなくなって、すっかり仲良くなったんだなって喜んでいたのに。彼女、『青菜に塩』を体現しているみたいに見えるけど?」

「青菜に塩?」とキッパータックは作業の手を止め首をかしげた。

「元気がない、ってことさ」

「ああ、そういう意味か」キッパータックはようやく理解した。「神酒さんのことが原因じゃないかな」

「神酒さん! その三角関係はちと厳しいな」

「そうじゃないよ」キッパータックは片笑かたえんだ。


 キッパータックの庭に神酒の恋人・一井いちい成美なるみが指輪を捨てに来て、仕方なくそれを預かることになったキッパータック。ずっと連絡が取れなかった神酒からようやく電話がかかってきたと思ったら、とんでもない話を聞かされたのだ。

「神酒さん、大庭研究ツアーのときに警察に話していなかったこと・・・・・・・・・・があるとかで、それを話しに行ってくるって言ってさ。そしたら、しばらく戻ってこられないかも、とまで言うんだよ。それで、アピアンの指輪も僕にずっと預かっていてほしいって言うし、アピアン探しももうできないと思うって」

「なんだい、そりゃ」顔中包帯で覆われ目も口も秘密のレシピのごとく門外不出なピッポだったが、ひどく驚いている、という様子は伝わってくる。「……つまり、神酒さんの身柄は警察にある、ってことかい?」

「うん、そうなのかも」キッパータックも消沈して答えた。

「ふぅー」天井を仰ぐピッポ。「なんでそういうことになるんだ?」

「叶さんの上司の馴鹿布なれかっぷさんも神酒さんのことを疑っていたらしいよ」

 ピッポの首も炎天下の植物のようにしおれてくる。「叶さんが元気をなくしている理由はわかったが、まだ神酒さんがタムの仲間だって決まったわけじゃない……よな?」

「うん」

「ツアーのときになにかを目撃して、それを伝え忘れていたってだけかもしれない」

「うん」

「そうだよ」ピッポは腰をあげると、キッチンの定位置に戻って料理を再開した。「神酒さんは僕たちよりずっと大人だし、僕たちがいろいろ勝手なことを想像して夏の終わりのひまわりのように並んで首を垂れてもどうしようもない。こういうときこそ君が叶さんの支えになって、励ましてやるといいんだよ」

「今度、アピアンを探しに行こうと思うんだ」とキッパータックは言った。「叶さんも誘ったよ」


 神酒は電話を切る前に「アピアンが見つかるかもしれない場所」をキッパータックに教えてくれた。神酒の知り合いの〝占い師〟が、そこにアピアンがあると告げたのだという。自分はもうアピアンを探すことはしばらくの間、できない。だから、もし気が向いたら……ということだった。

 キッパータックは神酒が作ったアピアンの指輪にチェーンを通して、首から下げていた。恋人を守るため、という想いのこもったものをなんの関係もない自分が持っていることに気後きおくれを感じなくはなかったが、大事なものには変わりないし、なくさないようにそうしているのだった。

 アピアンという石に別段興味があるわけではない。しかし、神酒はなぜだか自分に教えた。まるで、「代わりに探してほしい」と声なき声が届いた気がした。

「で、その冒険の地はどこなんだい?」とピッポが訊いた。

地獄番ケルベロス地区にある運動施設の敷地内だって。神酒さんが経営者に電話をして話もつけてくれているみたい」



 地獄番地区には、テレビ番組の司会で有名なトビー・ファンが庭主ていしゅを務める第十六番大庭・湖畔庭園があったが、叶が「あそこは一度行ったことがある」と言ったので、今回は寄り道はせずにまっすぐ目的地へ向かうことになった。〈錦楓きんぷう館〉という武道場がそこにある。

 この一風変わったデートに誘われた叶は、待ち合わせ場所に現れたバンを見て二人きりではないことを悟った。レンタカー会社から借りたという車のハンドルを握っていたのがまずキッパータックではなかったので、疑いようがなかった。

 キッパータックは助手席からおりてくると、叶に言った。

「ベラスケスさん一家だよ」いきなりの紹介だった。「僕に清掃の技術を伝授してくれた元大道芸人のダニエル・ベラスケスさん。奥さんのサンディーさんと、お孫さんのペピタちゃん」

 紹介されていると気づいた一家が車からドヤドヤとおりてきた。

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