東味亜大庭研究ツアー(12)──頭に落ちてきた石
ルカラシーの美貌を遠慮なく目で
「
「ええ」叶はちらと庭主の横に立っている刑事のことも目に入れた。一体なにがはじまるのだろう。こちらも後で質問の時間をもらえるだろうか?
ルカラシーが続けた。「先ほど、薬湯を飲まれたときに、あなた、うわ言をおっしゃいましてね。『タム・ゼブラスソーンを絶対捕まえてやる』と言っておられました」
「は……」叶は瞬間、固まった。
「あのハーブには誘眠に加え、そういう効果があると言われているんですよ。言い伝えではありますが、
「え……ええ? そうなんだ……」叶は目を泳がせた。
「タム・ゼブラスソーンを捕まえたいんですか?」ルカラシーは笑うでもなく言った。
叶は話すためというより黙するために、息を飲み込んだ。刑事が同席している。嘘を言った場合、捜査を妨害したとして罪に問われるんじゃなかったか……。叶の職場が過去、探偵事務所だったことは調べればわかるだろう。
「あの、私……」
「はい」
話してしまうことにした。ルカラシーにしても、タムを捕まえたい一心なのだ。つまり、彼は敵でも他人でもなく、同志。
「探偵さんでしたか……。で、タムの情報屋について調べていると?」ルカラシーは聴いた後、そう言った。
「まだ全然なにも掴めていませんが、」叶はおずおずと話し、それでも提供できる情報は打ち明けておこうと思った。「今日、同じく参加者として来ているキッパータックさんとガルフォネオージさんはタムの仲間ではないと思います、調べましたから。私と
「タムはどんなやつだったと?」
「体が大きくて、赤黒い顔で、粗暴な感じだったようです。それと、右利きだったと。仲間も何人もいて、かなり大胆な行動を取るようです」
「なるほど……」ルカラシーは足を組み替えた。「私も、タムは大庭についてかなりくわしい人物だと思っています。あるいは、くわしい人物が身近にいて、情報を流しているか、です。今回のことも、ツアー客がどういう動きをするか、わかっていなければできなかったでしょう」
「今日、塔の近くにいて、一人の方が手紙を開けて読んでしまったんです。私も好奇心に負けて中身を見てしまいました。あなたに個人的恨みがあるように書かれてありましたけど」
「そうですね」ルカラシーは睫毛を伏せた。「タムが何者なのかわからないかぎりは、なんと言うことも私にはできません。私が個人的にやりとりをした人物は大勢いますから」
「まあ、そうですよね……」
ルカラシーはそこで重苦しいムードを解いて笑った。「しかし、あなたのようなチャーミングな女性が、まさかタムを捕まえようなんて思っていらっしゃるとはね。今日は本当に頭に大きな石でも落ちてきたように感じていましたが、おかげで少し愉快な気分になれましたよ」
「大それたことをすみません」叶もつられて笑った。「自分の心の声って、恥ずかしいものがありますね。実際、捕まえる云々は警察の方がやることです。私も探偵業がそろそろつらくて、大庭管理の仕事に専念したいので、後は馴鹿布先生にお任せしようかと思っています」
「お引き止めしてすみませんでした、もう結構ですよ」ルカラシーは頭を下げた。
「あの、ところで、
「彼もタムの名前を口走ったからです」ルカラシーは目をまっすぐに
「そうですか」叶は聴いた内容を頭に刻むように時間を置いてから、言葉を継いだ。「もう一つ、お訊きしてもいいですか?」
「なんですか?」椅子の背にもたれるルカラシー。
「あなたは本当に塔に棲んでいる幽霊とおつき合いなさってるんですか?」
その質問が放たれると、
ルカラシーは肘当てに腕を置き、指を組む。「本当ですよ。今まで何人の女性が血迷っている私を改心させようとその質問をしたでしょうか……母親も含めてね。でも、ラウラは悪霊ではないし、孤独な少年のイマジナリーフレンドのような妄想でもありません。私の親友は今でも『ラウラは元気か?』と訊いてきます。姿が見えない、歳を取らない、不思議な友人ではありますが、かつてこの東味亜の国民として暮らしていたありふれた女性で、大切な人です。私も人生のうちに、自分の家庭を持つという選択があることを考えた方がいいのかもしれません。しかし、結婚生活を切に求めるという感情がわからないのです。幽霊と交流を持ってはいけないという法もないと思う。生身の女性を嫌っているわけでもない。なにかと忙しく、縛られるものからなるべく離れていたい、ということかもしれません」
「なるほど」と叶は
「ええ、できますよ」微笑むルカラシー。「心で話すような感じですので、私が独り言をこぼしているように思われることもありません。あなたにもご紹介できたらいいのですが、残念ながら、今ラウラはここにはいませんので」
「いいえ、ご紹介までは及びません。プライベートなことを打ち明けてくださりありがとうございました。ではこれで失礼しますね」席を立つ叶。
「こちらこそ、貴重なお話が伺えました。またいつでも遊びに来てください」ルカラシーも腰をあげる。「お勤め先の森林庭園の平安を祈っていますよ」
大広間へ戻る廊下を歩きながら、叶はルカラシーとの会話を
叶ははたと立ち止まった。大きな石……。
今日、たしかに騒動とはなったが、犬の爆弾は偽物だったし、庭に盗品が置かれただけだった。そういうところはいかにもタムっぽい。しかしツアーが引っかき回され、警察まで来たことをルカラシーは言っているのだろうか。
お客様に嫌な思いをさせたから、大庭主の責任として? 天下のドルゴンズ庭園に泥を塗られたから?
きっと、早ければ明日にもタムのニュースは
ルカラシーにとって本当に不愉快だったのは、あの手紙だったのではないか──叶はなんとなく、そう思った。そこに書かれていた内容こそがルカラシーにとっての大きな石だった。タムはルカラシーのなんなのだろう。今まで嫌がらせしてきた大庭主とルカラシーは一緒ではない? 犯人扱いされた……謝れ? ドレスのことなら自分がやったと言ったんじゃなかったっけ?
タクシーが待っていると聞かされ、叶は屋敷の外へ出た。背中に聳える
濃い緑の間を黒いタクシーは走っていった。美しい庭園がただカラフルな疾風となって飛び去っていく。あとは脳裏に残った風景がどれだけ
ホテルにチェックインして、夜はレストランで
叶は、やや沈んだ様子で料理を口に運んでいる神酒を
結局、空から落ちる砂は観ずじまい──。
「なんてレポート書けばいいんでしょう」叶は皿に残った艷やかなソースを眺めてこぼした。「後半は
「僕のをコピーするんじゃなかったっけ?」グラスのワインを傾けながらピッポが言った。
「じゃ、それで」と叶は一気に解決したことに
「あんなこと言ってるよ……。キッパータック君、なにか言ってやれよ」
「今夜は叶さんと一緒に食事ができてよかったよ」とキッパータックは言った。
「やだ、急に改まって、照れるじゃないですか」
「はて、しかし、どこかで聞いたことがあるセリフだ」ピッポが首を捻った。
第12 話「東味亜大庭研究ツアー」終わり
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