そっくりな男(7)──救助隊、出動!
二人は床に倒れたまま微動だにしないキッパータックを心配し、二つの端末の明かりで体のあちこちを照らした。
「気絶してるだけ? 顔に傷はないみたい」とサラ。
「へたに動かさない方がいいかもね。頭を打ってなきゃいいけど……」
すると、暗かった部屋が突然光にさらされる。ただ一つだけある窓に横向きになった男の顔が浮かびあがった。這いつくばっている格好らしい。相変わらずこちらを
「おい、いいかげんにしろよ!」と福岡が叫ぶ。「こんなの犯罪だぞ?」
一瞬で明かりが消え、暗闇が戻った。「なんなんだ」と福岡が歯噛みする。
「
「そうだね」
叶は山小屋に到着していた。扉を開けて中に入ると、そこは不穏とは別世界。天然木の一枚板でできたダイニングテーブルに飲み物や食べ物が敷き詰められ、顔の下半分にふさふさの髭を生やした山男風の紳士と歓談するピッポがいた。
「やあ、叶さん」
反対に、殺風景な叶。蟹を持っていないどころか、仲間もいない、にこやかな返しもないということで、ピッポはすぐに事態に気がついた。
「まさか……山でなにかあったの?」
中年紳士は山の持ち主、
「おいおい、タムのそっくりさん? ほんとかよ」鳥飼氏は目を見開く。
「三人もの大人を簡単にねじ伏せるなんて」ピッポは包帯に包まれた顔を垂れ、思案する。「しかもスタンガンとはね」
「私も、へたなことをしてしまったと反省しています」叶も気を落とす。「警察に任せるべきだったでしょうね。でも、お母様らしき人が親切に中に入れてくれたものですから。あの様子じゃ、お母様はなにもご存じない気がします。かなりご高齢な方ですし、簡単に人を招き入れるあたり、寂しい生活をなさっているんじゃないでしょうか。息子はやはり家庭人として非があるんですよ」
「どうする? ピッポ君」鳥飼氏が訊く。
ピッポは顔をあげる。「お母さんがいらっしゃるなら、まずは訪ねて話をしてみようか」
「おれも行こうか、猟銃がある」鳥飼氏は親指で後ろを差す。
「いやしかし、銃を持っていくのは……」
「タムかもしれないんだろ? それに、『警察か』と訊いといて、警察官だと思い込んでる人間に平気でスタンガン食らわすようなやつだぜ? イカれてるかもだぜ」
「本当に〝
「お屋敷の近くは携帯端末が使えないかもです」と叶は教える。
鳥飼氏はやっぱり猟銃を持っていく、と言って、ガンロッカーの鍵を開けた。チェックのストールを巻きつけて銃を隠す。
叶が運転して、例の場所まで戻る。そして藪の中の秘密の抜け穴。洋館の前まで来ると、ピッポが鳥飼氏に言った。
「善二郎さんはここで待っていてもらえますか? というか、どこかに隠れておいてください。男に見られない方がいいでしょうから」
「わかった。あそこの木の裏にいるよ。なにかあったら呼んでくれ」
ピッポは叶へ頷きを送ると、二人でドアへ向かう。ノッカーを鳴らすと、ミンシュウが出てきた。
「あら? 先ほどのお嬢さん」とミンシュウ。
「ど、どうも」叶はどういう笑みを浮かべればいいのかわからない。
ミンシュウがピッポの顔を見つめた。「おやおや、お顔をどうかされましたの?」
「僕は透明人間ですよ。変わっていますが人に危害は加えません。物理的にシャイなやつなんだと思ってください」
「まあま、ユニークな方ね、ほほほほ」
「ミンシュウさん、ソンアンさんがおられますよね?」あまり時間を使いたくないので、叶は焦りに急かされ話す。
「それが、戻ってきていたんですけど、また出ていったんですよ」
「またですか!」
二人は中へ通してもらう。叶は話を継ぐ。「あの、私と一緒に来ていた友人たち、憶えていらっしゃいますよね? 実は、いなくなってしまったのですよ。それで、ソンアンさんが居場所をご存じじゃないかと思いまして」
ミンシュウは客間のドアノブに手をかけて振り向く。「そういえば皆さん、いつの間にか見えなくなりましたねえ。……あの子、なにも言ってなかったですけどねえ。一緒に山菜を採りに行ったのかもしれませんよ?」
また山菜……と叶はうんざりした。それは合法の山菜なのだろうか。
「ソンアンさんは、車をお持ちですか?」と今度はピッポが訊いた。
「いいえ」ミンシュウは首を振る。「車はあった方がいいと思うのですよ、私もね。でも、管理できずに手放してしまったのです。
なんの仕事かと訊いてみたかったが、そこは飛ばす。
「では、このお屋敷の中に、納戸や収納庫といった、大きな荷物をしまっておく場所がありませんか?」ピッポは質問を続ける。
「荷物、荷物ねえ……」ミンシュウは客間に入るのをやめて、顎に指を当て考える。
体の向きを変えると、廊下を進み、階段を登っていった。ピッポと叶もついていく。
そこは大きな洋間だったが、物置と化してあった。ハンガーラックに溢れんばかりの洋服。かと思ったら、分厚い本も積まれてあるし、ところどころ木彫りの置き物が立って、いかつい目でがらくたの見張り番をしていた。
ミンシュウが分け入るように部屋の真ん中へ進む。
「この家が
ミンシュウは洋裁用トルソーにかけてある花柄の生地を取ると、懐かしげにうっとりと眺め、それを叶の体へ近づけた。「
「ご自身でお洋服を作られるんですか?」と驚く叶。
「ええ。でも私の歳になると、作りあげるのに半年はかかってしまうんですよ。しかし完成品を見たいという欲は、相変わらず持っています。この目に見せてやれる美しいもの、愛しいものがあるのなら、この歳で遠慮はしていられませんものね。……よろしかったら、半年後にまたここへ寄っていただけます?」
「い、いや、あの、私、本当にただ気まぐれに寄っただけですので」
その後も掘り出し物を見つけては思い出話も一緒に掘り返すミンシュウ。「あのときの
叶は聴きながらピッポに小声を送る。「どうもここは開けてはいけないパンドラの箱だったようですね。品物もあくまで一般家庭の遺物のようです」
「そのようだね」ピッポも同意し、ミンシュウに独り語りを切りあげてもらう。「あの、ミンシュウさん。僕にも男兄弟がいて、憶えがあるのですが、子どもがイタズラしたときに、たとえばですが、お仕置きとして閉じ込められる部屋、あるいは、一人静かに過ごしたいというときにこもることができる部屋などがあれば、それも見せていただきたいと思うのですが」
「そうですねえ……」ミンシュウは再び記憶を手繰り、また思わぬ中身と出会いを果たし、含み笑いをする。「フフフッ。俊文や
「せるたー? もしかして、『シェルター』ですか?」と叶が訊く。
「そうそう、セーター?」言いながら部屋を出るミンシュウ。一階へ戻る。
北西の廊下まで来ると、ミンシュウは壁に埋まったパネルの蓋を開けて、ボタンを押した。
ピッポと叶は、一部が斜めに傾き、暗い入り口を覗かせた廊下を目撃する。
「は……なにこれ」
「地下の部屋に繋がっているのですか?」とピッポが質問する。
「ええ、多分」とミンシュウ。「私は危ないから近づいちゃいけないと言われていますので、見たことがないのですが、松安が『せるたー』は地下に作ってあると話していましたね」
「その部屋へ行く階段はどこにあります?」
首を振るミンシュウ。「すみません。あの子に訊かないとわかりませんね。でも、ここを滑りおりれば下へ行けるんじゃないですかね?」
「ええっと、滑り台遊びは幼少のころに卒業していますので」と断る叶。「ここから大声で呼べば三人に聞こえるかしら? そこに送られていたらの話だけど」
ピッポは顔の動きで叶になにかを知らせると、ミンシュウに礼を言って廊下を元に戻してもらった。一旦ミンシュウと別れて、間取り図も参考にしながらルートを探してみることにする。
「ピッポさんもキッパータックさんと同様に、タムの素顔を見ているんですよね?」と廊下を進みながら叶が訊く。
「うん。五十嵐さんちのパーティーでの出来事を聞いたんだね? 仮面の下にあるものに対して、僕たちは〝素顔〟と呼ぶことに慣れているけどね。整形していないとも限らないし、アルセーヌ・ルパンのように変装上手かもしれないやつの素顔というもの、本当にこの世に存在するのかどうか」
辛抱強く探索した甲斐あって、ピッポがハッチのようなものを発見し、そこに地下へ降りる階段があった。喜び勇んで潜り込んだものの、そこは荷物が詰め込まれた非常に狭苦しい収納庫といった様子。しかし壁の下方に長細い窓(地窓)があった。
「これは……」向こうは暗く、鍵がかかっていてびくともしない。「荷物をやり取りする開口部だと思うけど」としゃがんで覗くピッポ。「はめ殺しでもなさそうなのに、なぜ開かない。お隣、駐車場ってことはないだろうか?」
叶がパネルのスイッチを適当に操作していたら、隣の部屋に明かりが灯った。
「いたよ、叶さん。手を振ってる」ピッポが声をあげた。
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