そっくりな男(8)──ピッポの推理
「無事みたい、よかった。でも、キッパータックさんが……」
二人のそばに横たわっているキッパータックに視線を移した。指でそちらを差してみる。
すると、気づいた福岡が腕を交差させて「バツ」を作った。
「ちょっと、バツって、どういうこと? まさかキッパータックさん──」叶が動転する。
福岡のボディー・ランゲージの問題点に気づいたサラが修正する。サラは両手を頭上で繋げて「丸」を作った。
「今度は丸だ。なんなの?」
ピッポが推測する。「福岡君のバツはきっと『キッパータック君は意識がない、動けない』。そしてサラさんの丸は『でも死んではいない、大丈夫』ってところかな?」
「もう、驚かせないでよ。……隣の部屋はまた違う階段があるのかしら?」
窓も開かないし助けだす手立てがないということで、ピッポたちはその地下倉庫も諦めなければならなかった。サラたちがいる部屋の明かりを灯したまま、地上へ引き返した。
廊下を玄関へ向かって歩く。ふと機械音が聞こえ、ドアが開いていたので目を向けると、ミンシュウが一心不乱にミシンを動かしていた。
「本気で私にドレスを縫ってるんじゃないでしょうねえ」ドアから姿がはみ出さないようにしてそっと部屋を覗きながら、叶が言う。
「あの集中力が半年も続くって? 見習いたいものだね」とピッポは感心する。
「ピッポさんもおじいさんになってもスープを作っていそうですね」
「毎日火入れすれば半年持つかな?」
冗談を言っている場合ではない。
ピッポが考えをまとめる。「友人が軟禁されているとして警察に連絡することはできるよ。これ以上時間が経てば三人の健康が危ぶまれるからね。しかしミンシュウさんがいる。なにも知らずに思い出とともに生きているあの人をあんまり悲しませたくはないよね? 僕たち。まずは息子さんに連絡を取ってもらうのが筋のような気がするな。どちらかというと、お屋敷に忍び込んだのは僕らの方だからね。向こうは敵に対して防衛としてこういう行動を取ったのかもしれないし」
「じゃあ、ミンシュウさんに作業をやめてもらって、山菜採りであればどの辺まで行っているのか訊いてみます? ……私、あの男が実はソンアンさんじゃなかったってオチもあるんじゃないかと、それを心配していますよ」
「誰でも入り放題だからね、この家は」ピッポはやや呆れて言った。
ミンシュウに声をかけようとしたときだった。最初に叶たちが通された客間のドアが開き、唐突に噂の主が現れた。叶は仰天してピッポの後ろへ隠れる。
「お、おまえら……」男は茹で湯の中の豆腐のようにぷるぷると震えながら言った。「また別の刑事を連れてきたのか」
ピッポは笑いだした。「はっは! 顔を包帯でぐるぐる巻きにした刑事ですか? そりゃあいい」
「だったら何者だ! 勝手にあがり込んできやがって」男は身構え、スタンガンを握りしめる。
「ミンシュウさんがご招待くださったんです。あなたのお母様ですか?」とピッポが質問する。
「母と話すんじゃない。年寄りなんだ」
「あなたがソンアンさん?」
「おれのなにを調べている!」男は激昂した。「おれはタム・テブラソンなんかじゃない。何度言ったらわかるんだ!」
「まあまあ、どうしたの?」ミンシュウが聞きつけ、部屋から出てきた。「
ミンシュウは再び客間を開いて二人を中へ通す。松安も怒りの足音を鳴らしながら入室する。
「友人たちを解放していただけますか?」
叶が交渉をはじめた。のんびりはできないので、三人とも立ったまま話し合った。「私たちは警察ではありません。勝手にお宅にあがり込んだことは謝ります。あなたが知り合いにとてもよく似ていると友人が言いまして、確認しようと訪ねただけなんです。なんにしても、いきなりスタンガンで攻撃するなんて、ちょっとおっかなすぎますよ。非道と書いて『
「ひどい目に遭っているのはおれの方だ」男は息巻く。「警察が来たせいで、おれたちはアパートにいられなくなってしまったんだぞ。仕事も変わらなければならなくなった。おかげで地獄だ。近くのスーパーは潰れやがるし、毎日菜っ葉ばかり食わなきゃならない」
山菜は本当だったらしい。
「たしかに、あなたの風貌はタムに似ていると言えます──」
ピッポの背中が静かにつぶやいた。熱心になにを見ているのかと思ったら、キャビネットから写真立てを取った。「随分若いときの写真のようですが、これ、あなたですね?」
ボクシンググローブをつけて、カメラに向かってポーズを取っている松安らしき青年。
答える松安。「そうだよ。昔、ボクシングをやってた。ジムが潰れちまって、やめたけどな」
「得意技はなにかありました?」朗らかに尋ねるピッポ。
「左ストレート」言いながら両拳を固めポーズを取る松安。
「ふむふむ。というと──中国の方も箸を使いますよね?──箸も左手で?」言いながらピッポは、写真のそばの小物入れにたまたま交ぜてあった、きれいな模様があしらわれたレンゲを取って、それを松安に渡す。
「まだなにか疑っているのか?」松安は渋々レンゲを受け取ると、それを左手で持つ。
そうですか、と大きな頷きを繰りだしながら叶のそばに歩み寄るピッポ。一体なんなの? と疑問符を浮かべている叶に、告げた。
「もうやめよう……この人はタムじゃない」
「え?」
「だから何度も違うって警察に説明したのに」松安は怒りを悲痛に変えて言った。「おれだってタムのことは知ってる。ニュースで観たことあるから。市内の大庭を荒らしているやつだ。でもタムって西洋人の名前じゃないか。たしかに母は西洋の血が交じってるけど、おれは中国人なんだ」
「タムが西洋人なのかどうか、わかりません」とピッポ。「名前なんてどうにでもなりますしね。ですが、簡単にごまかしたり取り繕ったりできない事柄というのがありますよ。体格もそうですし、癖、習慣などです。あなたは先ほどもスタンガンを左手で持っていましたね? 左利きであることは間違いないようです。そしてタムはおそらく右利きなんですよ」
「ええっ?」その言葉に叶は
「あの日、パーティー会場に現れたタムは、五十嵐さんのタロットカードをばかにしながら、テーブルを右手で叩いていました。ほかにも、物を持ったり僕らに人差し指を向けたりするのを、全部右手でやっていたんですよ。なので僕は、タムは右利きなんだな、と思ったものです。警察がやってきてから事情聴取があり、なんでも気づいたことは話してほしいと言われたので、僕はそのことを刑事さんに話しています。警察は警察でタムに関する情報をそれこそいろいろ集めているでしょう。なので、一時はあなたをタムと疑ったのかもしれませんが、今は追いかけてはいないんじゃないですかね?」
まるで本物の探偵の鮮やかな推理を聞いたように叶は感服の表情を浮かべた。そして大事な交渉がまだ途中であることに気づいて言う。
「あの薄暗い地下室から友人たちを解放してくださいますね? 私たちもあなたがやったことをどうこう訴えるつもりはありません。お互い誤解があったようですから」
三人は無事地下室から解放された。キッパータックも意識を取り戻していて、あちこち痛がってはいたが大きなケガはしていないようだった。ピッポが、松安はたしかにタムに似ているところはあるが違うと思う、という自分の見解を話して聞かせた。それで事件は丸く収まったのである。
「そういえば、近所のスーパーが潰れたとおっしゃっていましたね?」とピッポが松安に言った。「よろしければ蟹を差しあげましょうか? この近くの川に罠を仕掛けてあるんです。
「知らない」と松安は答えた。「それ食えるのか?」
「黒魔術の儀式にでも使うと思ったんですか? 僕がミイラだから」ピッポは自分の顔を指差して言った。「鍋にすると格別ですよ。ただ罠から逃げだしていたらすみません。僕たちも潰れたスーパーを恨みながら山菜鍋を囲む夕餉になるでしょうね」
五人はずっと待たせていた
山小屋で待ち焦がれた鍋パーティーが開始となった。鳥飼氏が「よぉーし、皆の者、ビールを飲もう!」と威勢よく言い、冷蔵庫から壜ビールを取りだす。「日本の地ビールだよ」
「冬なのに冷蔵庫で冷やしてたんですか?」とピッポが不思議がる。
「ピッポさん、日本人はビールはキンキンに冷えてないとだめなんです。うちの大庭主、
ビールは、運転手であるピッポとキッパータック、アルコールが苦手な福岡以外で味わった。鍋はスープ作りの名人であるピッポが腕を振るった。蟹がメインなので、その他の具は葉野菜とキノコのみ。隠し味なるものも実はスープに投入しているということだったが、それがなんなのかピッポは口を割らなかった。荒野製スープと同様にピッポの庭で採れたものかもしれない。
蟹が真っ赤に茹であがると、それぞれ自分の皿に一杯ずつ取って、足の身やミソを堪能した。ほかにも、鳥飼氏が燻製したというベーコンやチーズ、ピッポがここに来てから作っておいたというローストビーフとデッラルテ芋のサラダも出てきて、ごちそう尽くしであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます