そっくりな男(5)──潜入調査
四人は男を見たとき以上にあっけに取られてその屋敷を眺めた。ぱっと見ただけでもかなりの敷地面積を持っていそうだ。
「これって、あの男の人の……家?」サラがずれたサングラスを直しながら呟く。
「なぜ逃げたの? あの人」納得がいかない
屋敷は灰色の壁に枯れ果てた蔦が絡まり、ところどころ窓ガラスが割れているという有り様。カラスの鋭い羽ばたきがタイミングを計ったように上空で響いて、陰気臭さを倍増させる。
「廃墟……かしらね?」
叶が一歩足を踏みだしたとき、今度は地上で音がする。屋敷の脇に建っている、壁も屋根も半分は崩れている木製の小屋。その横、草むらから先ほどの男が顔を出して、こちらをギッと
「あっ……」
叶が声をあげると、男はまた翻って背の高い草の奥へ姿を消してしまった。
「なんなのー、あの人。どうして逃げるわけ? もしかして人間の姿をした動物なの?」
するとキッパータックが「あの人、どこかで見たことあるんだよなぁ」と口にした。
「あんな風変わりなお知り合いが?」と驚く叶。
「えーっと……どこで会ったんだろ」
数分間の沈黙の後、キッパータックは答えを告げた。「わかった。今の人、タム・ゼブラスソーンにそっくりなんだ」
「タムに!?」
叶はキッパータックの言葉を飲み込んでから、意味が浸透するのに必要な時間が経過するとブルブルと震えはじめた。
「キ、キッパータックさん、それ、本当ですか? あの、あの、あのおと、男が……タム?」
「なんとなく風貌が似てるな、と思った。
「あれ? たしか、キッパータックさんはタムに二度襲われていますよね?」と
「僕に暴力を振るったのはタムの手下なんだ。ガットとかいう名前の身長の高い男と、ミリタリールックの声が高めな女性。タムの姿をはっきり見たのは一度だけ。あのとき、五十嵐さんちのパーティーに来ていた人たちの前で仮面を外して、素顔も見せていた」
言葉を失う面々。しかしキッパータックは一人表情を緩めた。
「いや、僕の思い違いかもしれない。似てる人って、いるからね」
屋敷を振り返る叶。「キッパータックさん、しかしこうとも言えません? あの男が逃げたのは、自分をよく知る
「そうだとしたら大変なことですね」サラが声を潜めて言う。「タムじゃないにしても、あの挙動不審は気になります」
「ね? 捨て置けないでしょう、これは」
「ただ怪しいってだけで警察に言えるでしょうか……。それにここ、携帯電話の電波が弱いです」福岡が自分の携帯端末の画面を見せる。
「ほんとだ」
話し合いの収拾がつかず手をこまねいていると、次なる驚きの出来事が起こった。屋敷の二階の窓が動いて、そこに頬のこけた高齢の女が顔を覗かせたのである。女は四人の存在にすぐに気づき、頭を揺らしてニッ、と微笑むと、手を出してパラパラとなにかを撒いた。最後に刷毛のような柄の短い
「誰か住んでたー、廃墟じゃなかった!」叶が言った。「あの人、私たちに微笑んだわよね? こんなボロっちいお屋敷を掃除してるんだ」
「幽霊ではなさそうでしたよ」とサラが言った。
四人は警戒しながらも玄関を訪ねてみることにした。叶が男の知り合いのふりをすればいい、と提案したのである。両開きの扉には昔ながらのノッカーがついていた。中国の魔除けによく見られるような獣がくわえている輪を打ちつけて呼びだす。
何度か鳴らし声をかけ続けた結果、「はい」と、先ほど二階にいた女が現れた。
「こんにちは……」叶が緊張を滲ませながら挨拶をする。
「まあ、これはこれは大勢で」女は再び顔の皺をやわらかに崩し、微笑む。「
「ソンアンさんはいらっしゃいます?」と話を合わせる叶。
「あいにく、今は私一人で。でも、山に山菜を採りに行っているだけなんですよ。一時経てば戻って来るでしょう。あの子最近、人間不信を起こしているの。どうか楽しい皆さんで嫌なことを忘れさせてやってもらえませんかね?」
言いながらそそくさと屋内へ引っ込む女。自然、誘われるままあがり込む形になる四人。
叶がコソコソと話す。「もしかすると、さっきの男と親子かも。それで母親も息子の犯罪に気づいてないってパターン」
「あがって大丈夫なのかな?」不安を口にするキッパータック。
「もうここまで来ればなるようになれ。お母さんからなにか情報が引きだせたら──」
四人は広々とした客間に通された。革張りのソファーは埃っぽいが、調度品はどれも高級感がある。
カタカタとやや危なっかしげな手つきでお茶を用意しだす女。叶は、
「……私、忘れっぽくて。ソンアンさんって、おいくつでしたっけ?」
「あの子は
この方、かなりの高齢だわ……と叶は思う。二十歳で産んでも七十五だ。その歳で息子が犯罪者はこたえそうだ。
「中国の方かもしれませんね」とサラがささやく。
「ええっと、お母様ですよね? ソンアンさんの。お名前は、なんてお呼びしたら──」叶は調査を続ける。
「私、ミンシュウ・ホドゥインといいますよ。松安は前の夫の姓を名乗っていますけどね。ここも、前の夫の
叶たちは顔を見合わせる。やはり、警察に目をつけられていたのか。
「ここには……その、ソンアンさんの仲間──いや、お友達はよく訪ねてこられますか?」
ミンシュウは首を振る。「人づき合いに関するあの子の考えはここ数年ですっかり変わってしまいました。思えば、いい人を見つけて所帯を持つことをもっと強く勧めていればよかったんですよ。存外、選り好みをする男で……ホホホ」
「あ、あの……」叶は腰を浮かせながら言った。「たしか、お仕事中でいらっしゃいましたよね? ミンシュウさん。お掃除をされていたかと。どうぞ、私たちに構わず作業を続けられてください。ソンアンさんを待つ間、少し家の中を見せていただいても構いませんか? とっても雰囲気のある、素敵なお家ですよねえ」
「ええ、どうぞ。古い家は、まるで年月が話しかけてきてくれるように感じるものです。ご趣味に
「ご心配なく」一緒に部屋を出た叶はすかさず告げた。「大切なものに勝手に手を触れはしませんので。鍵がかかっているところには絶対に入りません」
ミンシュウはその言葉ににっこりすると、そそくさと廊下の先へ行ってしまう。
「いや、叶さんって、なんなんですか?」
ミンシュウが消えてから、福岡が早口に言った。「なんか、会話が手慣れてるっていうか──」
「あ、あれ? そう?」少しやりすぎたか、と胸中でやや反省をする。
「『鍵がかかっている場所には入りません』って、入れないに決まってるじゃないですか。プロの詐欺師か調査員みたいでしたよ」
「詐欺師はひどいわー。鍵がかかっててもこじ開けたら入れるから……あ、それじゃあ別のプロになるか」
「でも一体、どうする気ですか?」作戦会議のようになった。「本当にあの男が戻ってくるまでここに?」と訊く福岡。
「なんとも言えないわねえ」きょろきょろと観察する叶。「警察の件だけど、キッパータックさんが似てるって言うくらいだから、やはり、タムである可能性があると思われていたってことよね? 問題は、ここに移ってきていることを警察が知っているかどうか。……それと」叶はより声を潜めて言った。「あいつがタムだという、それを証明するものが見つからないかしら?」
「証明するもの?」とキッパータックが訊く。
叶はミンシュウが消えた方向へ顔を送る。戻ってこないともかぎらない。
「タムって緑のマントをつけてるんでしょ? そういう変装キットとか。それから、タムが大庭から盗んだものも全然見つかってないって話ですよね。売っても捨てても足がつくわけですし。とすれば、どこかに隠してる可能性があると思うんですよ。ここがアジトだとしたら、それが発見できるかも──」
「警察に任せた方がよくないかな?」キッパータックが不安がる。「本当にタムだとしたら、やばいよ」
「でも、携帯端末の電波は繋がらないと」叶は腕を組む。「今からピッポさんが待つ山小屋へ向かって通報してもいいんですけど、あの男、もうどこかへ逃げてて、帰ってこない可能性もあるし、私たちが出ていった後で証拠を移動させるか処分するかもしれない。せっかく家におじゃましていて、家主の許可も得ているし、このまま手ぶらで引きあげたくないっていう感情が芽生えはじめているんですよね」
「たしかに警察はタムをずっと逮捕できていませんものね」とサラも同意気味に言う。「タムは頭がいい泥棒。でもなにか
叶以外の三人は気後れを感じながらであったが、ミンシュウに許可をもらっていることもあり、偽の知人を装ったまま家の中を見て回ることにした。
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