そっくりな男(4)──謎の穴から出てきた男

 ロックガーデンに辿り着くと、サラとかないは自分たちを出迎えてくれたユニークなデザインの花壇と高原植物たちに興奮して、二人であちこちへ駆けていった。ほかの見物客たちも、それぞれ心に触れる植物、奇岩などを指差しては感心したり写真を撮ったりしている。

 福岡ふくおかとキッパータックは置いてけぼりとなった。

「サラさんと話はできた?」とキッパータックは訊いてみた。「なんだか福岡君、顔が元気ないよ」

「そうですね。そうかもしれません。僕は絵を描くこと以外はからきしだめみたいだ」悄然しょうぜんとする福岡。

「まだ山登りも鍋パーティーもあるし、チャンスはあるさ」

「キッパータックさんと叶さんは気が合うみたいでいいですね。もう、長くつき合ってらっしゃるんですか?」

「ええ?」とキッパータックは驚いた。「僕たちは最近知り合ったばかりで、交際しているわけじゃ──」

「そうなんですか?」疑わしい顔をする福岡。「でも、ダブルデートって……」

「ピッポ君がそう言っただけだよ」それにそう思っているのは男三人だけで、あの二人はこれがデートだなんて想像していないはずである。

 サラが戻ってきた。「せっかくだから、みんなで写真を撮りませんか?」

 二人は同意し、叶が待っている、王冠の形に石が組まれた花壇のところまで行った。福岡は向かう途中でキッパータックだけに思いを打ち明ける。

「今の記念を僕も目に焼きつけておこう。こうやって一緒に出かけるのも最後かもしれないし」

「そうならないように関係を深めていくんじゃないの?」キッパータックは困って言った。

 それぞれどういう顔をしているかの違いはあったが、四人は仲間として小さな空間に並んで収まった。一人で歩いている見物客がいたので頼み込んで携帯端末を渡し、撮影してもらう。


 昼時となった。ジャングル風庭園はキャンプ目的の客が多いことからレストランなどの食事を提供する店がなく、ケータリング・カーが数台、キャンプ用の肉や軽食の販売をしているだけであった。どこか別の場所に移動して昼食を取ろうかと持ちだしたところ、福岡が「実は僕、リュックに用意してきています」と告白した。

「へえ、さっきの大荷物?」と感心するサラ。

「フリーズドライの野菜と麺で作るスープなんだけど、それでよければ」とおずおずと申しでる福岡。

 駐車場の車に戻り、背負うことになったぱんぱんに膨らんだリュックに叶が熱い視線を送る。「この中にごちそうがいっぱい入ってるわけねぇ、楽しみだわ」

「いやあ、それほどいっぱいというわけじゃ。あ、でも紅茶くらいなら作れますよ。蜂蜜もあります」と福岡は答えた。

 準備は万端だとわかったので、庭園を後にして山へ向かうことにした。山で福岡が火を起こし、そこでスープを作って腹ごしらえする。そして蟹を捕る。計画はたちまちできあがった。


 山の場所については、ピッポがレンタカーのカーナビゲーション・システムに住所を登録してくれたので迷うことはなかった。案内に従って到着してみると、鳥飼とりかい氏が所有する山の周辺はハイキングに最適な小山が連なっているらしく、登山口と書かれた駐車場には車が数台並んでいた。リュックを背に傾斜がついた小道を登っていく人たちとも遭遇した。

 キッパータックたちも車から降りて歩きだす。ここからはピッポの手書きの地図を睨みながらの旅となる。

 山間やまあいを走る数本の道路、意味不明な警告や格言、企業名のみが記された看板、謎のほこらに謎の小屋──。そういうものを目印に辿っていく。やがて、ピッポが教える場所はここに間違いない、というところまで来る。川の存在をありありと示す軽やかな水音が届いてきていて、キッパータックが一人潜り込んで、様子を見にいくことになった。


 道路で待っている間、首を回して緑や透き通った色の空に触れ、土の匂いを満喫する三人。遠くの山は雪を被っている。

 キッパータックが戻ってきて、「あそこに間違いないよ。仕掛けがあって、蟹がいっぱい入ってた」と知らせた。

馬面めづら蟹ってどんなでした? 甲羅が馬の顔に似てるんですか?」と叶が訊いた。

「馬には似てなかったよ。でも小さい蟹で安心した。大きなはさみを持っていたら危険なこともあるからね」

「小さいんですね……身も少ないってことないでしょうねえ」

 別の心配をしている叶に、キッパータックはきだした。「ピッポ君がおいしいって言ってたから大丈夫だよ。食いしん坊だね」

「まあ、それなりに食いしん坊ですよ」

 叶が笑うと、サラも福岡も一緒に笑った。


「それじゃあ、蟹さんたちにはもうしばらく辛抱してもらって、先に福岡さんに腕を振るってもらいません?」とサラが提案した。鍋パーティーの開催時刻は夕方を予定していたし、場所さえわかれば焦ることはないのだ。

 どこでキャンプ料理を広げようかという話になり、川の近くはくつろげるような感じじゃなかった、とキッパータックが言ったので、別の場所を求めてまた歩くことになった。

 しばらく行くと脇道が現れ、そこに開けた広場があった。その末端は丸太でできた簡易的な柵で塞がれていて、十数メートル程度の崖となっている。下を覗くと、岩石と枯れ葉が積もった小さな谷だった。ここは誰の所有地なのだろうかと気になったが、少しだけ場所を借りようか、ということになった。


 地面に座れるように福岡がシートを敷き、荷物や石で重しにする。キャンプ用の小型ガスバーナーとステンレス鍋であっという間に麺入りスープが完成した。

「手際がいいわねえ」叶が感心する。「福岡さんはキャンプが趣味なの?」

「いや、そこまでアウトドアに精通してはいません」と照れる福岡。「山登りが趣味の先輩に同行しているうちに味を占めて、自分でも道具を揃えたんです。実際は〝持ち腐れ〟気味になっていますけどね」

 四人で麺もスープもきれいに平らげた。福岡は鍋をさっと水ですすぎキッチンタオルで拭き取ると、今度は紅茶を作りはじめた。サラ、叶、福岡は、互いの自己紹介も兼ねた近況を報告し合う。

 キッパータックはここでようやく、中国庭園で福岡が忘れていったスケッチブックに思い当たり、バッグから取りだして返却する。

 絵のことが持ちあがったついでに福岡が叶の勤務先の森林庭園について質問すると、叶は「あそこは木しかないところで、まあ、遊歩道なら少しは画題になるかも」と自虐的に説明した。

「みんな知ってると思うけど、先ごろ発表された人気ランキングでも全二十位中、十八位だったのよ。タムがやってきたら、まさに木を引っこ抜いて持っていくしかないようなところね」

「でもタムって、ニュースで聞くと大庭主の個人的な宝物や食べ物ばかり盗んでいませんか?」と福岡が心配する。「なにもないから大丈夫ってわけじゃ……。大切なものがあったら場所を移すか金庫に入れた方がいいですよ」

「なんでもオーケーなら、なにかはあるかも」叶は笑った。「しかし福岡さん、大庭の絵ばかり描いてるっていうから、画家を目指しているのかと思ったけど、公務員を目指しているのね?」

「プロになれるほどうまくはないですから」と福岡も慎み深く語る。「公務員さえも今は怪しげなんですが、アベーロ環境デザインは心から希望している場所なので、無事就職できたら、デザインの仕事はやってみたいですね」

「もう、いろんな大庭の絵を描いたんでしょうねえ?」叶は、この好青年はまさかタムの仲間ではないだろうと思う。「気をつけてね。最近はどこの大庭でもタムのことでいらいらして目をギラつかせている警察官がうろうろしていて、頻繁に出入りしていると、なにもなくても怪しまれるから。福岡さんも大庭で、こいつとはしょっちゅう会うなぁ、なんか怪しいなぁって人、いなかった?」

「うーん」と考える福岡。「僕がよく会うのは、キッパータックさんとサラさんかなぁ」

「ちょっと、私は怪しくはないわよ」サラが怒ったふりをした。

「僕も清掃の仕事で行ってるだけだよ」キッパータックも真面目に答える。

 四人で笑い合っていると、突然草を揺さぶっているようなせわしない音が耳に届いた。全員音がした方へ振り向く。

 先ほどここへ来たときは気づかなかったが、少し離れた藪の中に一か所、子どもの背丈くらいの大きさの楕円の穴があいていた。そこから一人の男が野生動物のような敏捷な動きで飛びだしてくる。

 四人は驚いたものの、ただぽかんとして、眼差しを留め置くのが関の山だった。男の方は休むことなく体についた草を払い、穴から這いでたときに引っかかってこぼれた帽子を拾って頭に戻す。腰を伸ばして立ちあがる。


 一連の動きに似つかわしくない大きな体をした男だった。男は四人の視線に気づいた。すると、失態に気づいた者が慌てて収拾に走るように身をひるがえし、出てきた穴に再び飛び込んで帰っていってしまった。

「なにあれ!」真っ先に叫んだのは叶であった。

 四人は腰をあげると、穴に近づく。

「なんだか、『不思議の国のアリス』の白ウサギみたい」とサラが出来事の感想をやや美的に昇華させて述べる。

「この向こうになにがあるんでしょう」福岡も恐怖半分、興味半分、という感じで言い、それは四人とも同じようであった。

「なにも悪いことしてるんじゃなきゃ、逃げる必要はないでしょう」叶が判定を下す。

「ということは、密猟とか?」とサラも探偵顔。

 この辺りで猟が禁止されているのか許可されているのか、知識がなかった。

 叶は地面に落ちている木の枝を拾うと、穴に突っ込んで面積を広げようとした。「ちょっと、私たちも潜っていってみましょうか?」

「ええ?」と反対の色の声をあげるキッパータック。「危ないかもしれないよ」

「そうねえ」叶は顎に手を当てる。「犯罪めいた匂いがぷんぷんするわね」

 結局、好奇心にあらがえないところがあったので、向こうになにがあるかだけこっそり確認しようということになった。

 実際穴に潜ってみると、地面はしっかり踏み固められているし傾斜もそれほどきつくなく、頭上を草が覆っていること以外は苦痛はなかった。わずかにカーブしながら続く草のトンネル。やがて視界が大きく開けて、そこには林を背に古めかしい二階建ての洋館が佇んでいたのだった。

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