そっくりな男(2)──ダブルデート計画
数日後、ピッポの家を訪ね話をしてみると、ピッポは笑った。
「ははは。たしかに、僕もサラさんは素敵な女性だと思うよ。ただ、大切な友だちの一人だと思ってる。それにどうだろう? 何度も会ってるけど、彼女は僕に友だち以上の好意を抱いてくれているのか……。福岡君がサラさんを好きだというなら、僕に遠慮なく友だちになったらいいと思うよ。まずはそこからじゃないかな」
「そうだよね」とキッパータックはどこかほっとして言った。
「そうだ」とピッポは、いつものごとく包帯を巻いている人差し指を伸ばした。「ダブルデートでもしたらどうだい?」
「ダブルデート?」
ピッポは台所仕事の最中で、ニラの葉の傷んだものを取り除きながら言った。「ああ。……
「仲がいいかどうかは……。一緒に食事はしたよ」
「そう? 若取さんの談じゃ、キッパー君はそうでもないけど、向こうの女性はかなり〝ゾッコン〟みたいだって。キッパー君を見ている目がすごく熱心だったって言ってたけど?」
「そ、そうかなぁ……」
その
「で、キッパー君はどうなの? その女性のこと、憎からず思っているとか?」
「うーん」とキッパータックは考えた。「すごく明るいし、かわいらしい人だとは思うよ」
「伝え聞くかぎりではいい人そうだという想像が広がるね。僕も一度会ってみたいな」
ピッポはタオルで手を拭いた。「どうだい? 叶さんやサラさん、福岡君を誘って、
「いいね。楽しそうだね」とキッパータックも
「サラさんは春には大学三年だ。そろそろ就職活動もするだろうし、福岡君も就職するんだろ? 自由を満喫できるのは今しかないかもしれない」
「山は険しいの?」
「いや、そうでもないよ、登山の素人でも簡単に登れる」とピッポ。「山頂まで行くわけじゃない、麓の川に仕掛けてあるからね。春になる前の、今の時期が一番おいしいらしいんだ」
場所は変わって森林庭園。大庭主・
「叶君──」なんのまねかと問うために近づくと、腰を曲げたまま振り向いた叶の顔に、まるで段々畑のように積み重なった皺が貼りついていた。
「ふ……」馴鹿布は思わず
「笑いました?」と口を動かすのもままならなさそうな叶。
「いや、怯えとるんだ」
どうやら、老女に化けているらしい。特殊メイクなのだろう。馴鹿布は叶が着ている栗色のカーディガンにも視線を移した。
「そのカーディガン、私のじゃないか」
「すみません」叶は再び鏡の方を向いて、サイズが合わないそれの袖を引いたり伸ばしたりする。「ほかの洋服はちゃんと貸し衣装屋で借りたんですけど、上着がないとまだ寒い時期ですからねえ。ちょうどいい感じに
「萎びれてて悪かったな」馴鹿布は荷物を床に置く。「一体なにをやるつもりなんだ?」
「
「おばあちゃん子? 衣妻が? 家庭調査はまだやっていないぞ。母子家庭だってことはわかってるが」
「想像ですよ、あくまで」
「大丈夫なのか、そんなことで」馴鹿布は呆れ返った。「
「ええ、メイクはプロにやってもらいました。お金を使いましたよぉ。経費で落としてもらえます? ここまでやったからには、なにがなんでも潜入してみせますよ」
「君は職業を間違えたのかもしれないな」
叶は振り向いて、照れ笑いした。「やだぁ、先生ったら、たしかに女優の素質があるかもと思ったことは二度や三度じゃ──」
「コメディアンのつもりで言ったのだが?」
ふん、と叶は足で床を鳴らした。「いくら今の私が先生と同級生に見えるからといって息の合った
「息が合ってるというのか、これ。君と話してるとすごく疲れるんだが」
「それが年齢というもの。『寄る
まだなにか言い返そうとした馴鹿布だったが、叶が黙殺した。
目的の
岩肌が剥きだしの山から飛んできた黒い鳥が、
門前に辿り着くと、叶は腰を伸ばして全体を視野に入れた。
『地下庭園──かつて砂糖と糖蜜で作った秘薬で一代を築いた女傑ヘレナ・ホンとガン一族が巻き起こした〈
案内板の脇に、背の低い金属製の灯籠のようなものがあった。門まわりに必要な機能をすべて備えているらしく、脚部は郵便受けのような容れ物、頭は反射灯、中央の四角い枠には鐘が下がっていた。
鉄の門扉の隙間から大きな屋敷が見える。数分待ってもなにも起こらなかった。
「す、すみませーん……」老弱を装った声を、それでもなんとか張りあげ、精一杯伸ばしてみる。「すみまー……」
再び鐘を叩くが、一向に誰も出てくる気配がない。
(まったく……。タムはこういうところを真っ先に襲えばいいのに)
自分の役割も忘れて毒づく叶。こちらも貸し衣装屋からの借り物である、和風の手提げバッグから携帯端末を取りだそうとした。庭園に直接電話をするか、観光局に電話を入れてやろうと思っていた。
「あんた何者?」
若い男の声だった。振り向いて、端末をバッグにしまう。
「ああ、あなた、大庭主さんですかい?」と叶は訊いてみた。
「何用なの?」
なんだ、全然
「何用って。軟膏や花を売りに来たように見えますかえ? 私は大庭巡りが大好きなんですものぉ。一度、地下庭園を覗いてみたかったんですよ。案内してくださいませ」
「悪いが、断る」
「どうして?」
衣妻と
「そんなぁ……私ゃ、
「海鳥女地区から……そいつはご苦労さん。でも帰ってくれ」
衣妻が背を向けたので、叶は門を掴んで揺らしはじめた。「頼んますよー。門を開けてー」
「おい、ばあさん、やめろ!」
叶は「ばあさん」と認められたことがうれしくなり、調子に乗って動作を激しくした。ガッシャン、ガッチャガッチャガッチャ──。
「帰れよ! いい加減にしないと──」
衣妻がどこかへ去ったと思ったら、地面を引っかく音が近づいてきて、真っ黒なドーベルマンが走ってきた。
「ひえああああ!」
犬に激しく吠え立てられ、年寄りであることも忘れて
(はっ、穹沙署の大庭パトロール隊か!)
タムの逮捕という同一の目標を持った仲間とはいえ、こんな姿──あるいは失態──を見られてはいけないと顔を伏せて逃げる。
「おばあさーん、どうしました?」警察官はしつこく追ってこようとする。
「大丈夫ですからー、失礼しまーす」背後へ手を伸ばし制した格好のまま全速力で駆けた。
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