砂の滝はファフロツキーズ現象?(2)──ドルゴンズ庭園の砂の滝


 かないがケーキの箱を二つ抱えて戻ってくると、来客スペースにはすでに四人の生徒たちがテーブルを前に並んで座っていた。全員が叶の顔を見て会話が中断したようだったが、すぐさま質問が再開された。


 真ん中に座ったリーダーらしき利発そうな少年、理依生りいおが言った。「キッパータックさんの庭は先日発表された大庭人気ランキングで、第十六位でしたよね? 昨年よりはランクがあがっていますが、決して高くはないと思います。いや、ずっと低い、と言ってもいい。庭も、見所はあの砂の滝があるだけです。今後、見物客が増える工夫を、なにか考えてらっしゃいますか?」

「えっと、見物客が増える工夫ね……」

 キッパータックはしばらく考えていたが、ほんの数秒間の踏ん張りしか利かず、あっさり黙り込んだ。

 子どもだからといって軽くあしらえないような、なかなか鋭い質問が投げられているようだ。叶は、自分が買ってきたケーキはこの場の空気をやわらげるのに役立つだろうか、役立つなら、買いに行った甲斐があったというもの、と考えながらキッチンに向かった。

「キッパータックさーん」と、顎までの髪を軽くカールさせている、日本人形のようなあどけなさと精巧さが感じられる顔立ちの少女・真莉香まりかが、発言の許可を求める手を挙げた。そして実際は許可など求めていなかったので勝手に発言する。「あちらの女性、キッパータックさんの彼女ですかぁ?」

「え?」と子どもたちが突然色めき立つ。

 そう、子どもというものは、大人以上に恋愛沙汰に首を突っ込みたがるものなのである。ドラマや映画、マンガで済ませてもいいのだが、大人ほどお金を持っていないので身近に発見したらすかさず食いついておきたいのである。

「いや、あの人は知り合いだよ」キッパータックは叶の方へ振り返って言った。「みんなにケーキを買ってきてくれたんだよ」

「えー、ただの知り合いって、なんだかお茶を濁してる気がするぅ」

「別になにも濁してなんか──」

「向こうがそう思っていなかったらどうするんですか?」真莉香はしつこく迫る。

「そう思ってます。そう思ってますから」キッチンから叶が慌てて答えた。


 砂の滝で今一つ得られなかった刺激が手に入りそうだったのに、たちまち立ち消えたので子どもたちは落胆の息をついた。

 ただ一人、一番体の大きな少年がいて、「ケーキ買ってくれたの? やべー……」と深皿を顔まで持ちあげて中身をあけ、「はぁー」と種類の違う息をついた。「ぜんざい食ったー。これでケーキも食えるぜ。お茶のおかわりももらっていいですか?」

「ええっ?」叶は恋愛ドラマのヒロインにさせられそうになったときより驚いて大きな声をあげた。

「ちょっと、衆佑しゅうすけ。少しは遠慮しな」と、もう一人の少女が注意する。「そんなに水分摂るとトイレに行きたくなるわよ」

「行ってもいいじゃん、トイレあるんだし。それに出してもらったものは遠慮せずに食った方がいいと思う。もうすぐ出てくるケーキに対しても同じく遠慮はしないつもりだよ」

「うん、そうだよ。遠慮なんてしなくていいんだよ」広潟は笑うと、立ちあがって衆佑の前のマグカップを取った。

 広潟がそばに来てお茶を淹れはじめると、叶は小声で訊いた。「……あの、子どもたちに私のぜんざい食べさせちゃったんですか? せっかくケーキを買ってきたのに」

「いや、ははは。ぜんざいをいただいたのは、私とあの衆佑君だけです。ほかの子はケーキの方がいいと言って、食べませんでした」と答える広潟。

「わかりました。すぐに用意します」叶はいそいそとケーキの箱を開ける。

「ぜんざい、おいしかったですよ。キッパーさんのために作られたのに、私までいただいちゃって、すみません。でも、キッパーさんもおいしいって言っていましたよ」

「それはよかったです」


 子どもたち四人は、男女二名ずつ、男児が理依生、衆佑で、女児は真莉香、準那はやなという名前だった。なんだかんだ言っても彼らは若い記憶力を発揮して、本来の目的へと軌道修正した。

「やはり、あの砂はめずらしいから、あれを有効活用した方がいいんじゃないですか?」と理依生が言う。「消えてなくなるって言っても、ちゃんと目に見えるし、手にも取れるし。さっき、広潟さんが、あの砂はファフロツキーズの一種じゃないかって言っていましたよね? だとすれば、怪奇現象みたいなものでしょ? そういうものにおもしろがって飛びつく人たちもいっぱいいるじゃないですか。動画をインターネット上にアップロードして、もっと宣伝すればいいと思います」

「うーん、怪奇現象とは違うような……」と首を捻る広潟。

「え? でも、空のなんにもないところから落ちてくる砂なんでしょ? 十分怪奇ですよ。ファフロツキーズって、そういう意味でしょ?」

「ファフロツキーズ?」と、キッパータックは知らない言葉だったので口にしてみた。

「以前、あの砂を調べた学者さんがそう言ったんです」と広潟が教える。「突然、空から魚が落ちてくるとか、原因不明の落下物のことを、そういうんだそうです。世界各地で確認されているらしいですよ。オーパーツだかダークマターだか、私はくわしくは知らないですけど、この砂もそういう超常現象として落ちてきているものなんじゃないかって、言っていましたね。超常現象がずっと長い間同じ場所で起き続けているというのもなんだか妙ですが、たしかに、今のところ原因が解明できていませんから」

「すげー、ロマンあるぅ」衆佑が腕を組んで感心する。

「でもほんと、なんで空から砂が降ってくるんだろ」と真莉香が眉間に皺を寄せて言った。

「大気中の塵かと思ったけど」と準那。

「塵ってさ、空気中に舞ってるもんなんじゃないの? 落ちてきてるんだよ?」

「そうだなぁ、やっぱ、あの空の上になにかあるんだよ」

「なにかって、なにがあるのよ」

「だから、理由がわからないんだって。ファフロツキーズ現象だって言ってるだろ?」


 生徒たちが言い合って刺々しい雰囲気になってきたので、仲を取り持つように、また話題を変えるように広潟が言った。「そういえば、あの砂と同じようなものが別の大庭でも見つかっているんだよ。知ってる?」

「え? ほかにも砂の滝があるんですか?」

 広潟は頷くと、バッグからタブレット端末を出して、東味亜の無料の動画公開サイト〈デゲッフ3〉を開くと、中央都のドルゴンズ庭園の謎の砂の紹介動画をクリックして見せた。

 叶が全員分のケーキをテーブルに運んでくるが、皆、タブレットの映像に釘づけになった。


 映像には、ドルゴンズ庭園の庭主である、ルカラシー・ドルゴンズ[東アジア国中央都大庭主・三十一歳]が映っていた。東味亜ひがしみあ国で最も有名であり、最大の規模を持つのがドルゴンズ庭園。そしてドルゴンズ一族は、中国の皇帝やその他近隣諸国の大物たちと交わってきた学者や医者、占術家などを祖先とする華麗なる家柄。現在でもその血を引いた者たちが政治・経済界を牛耳っているので、その栄光は穹沙市では有名なティー・レモン氏のレモン財閥でも比ではないと言われている。


 画面からでもなめらかであると一目でわかる光沢を持った、アジアンテイストの礼服に身を包んだルカラシーが、蓋つきの壜を両手に挟んで振っていた。

 すると、壜の口付近までいっぱいに詰まっていた砂が、半分くらいに一気に嵩を落としてしまう。それは安手の手品のような具合だったが、そよ風に揺れるのが似合いそうな銅色のオーナメンタルグラスといった彼の前髪の隙間から覗く、気品と艶やかさが同居した魅惑的な眼差しのせいで、まるで神前で行われている特別な儀式のように思えてくるから不思議だった。

 砂がこれ以上は減らないとわかると、ルカラシーはにっこり笑ってカメラの前に再度壜を掲げてみせた。

 男性の外見の美的な部分にそれほど興味があるわけではない叶でさえも、手を止めてルカラシーをずっと見つめていたくなってしまった。どう考えても恋愛対象として年齢が釣り合わないと思える少女たちも、ぽかんと口を開け、ただルカラシーに視線を奪われている。


 ルカラシーは笑みを作っている唇の形を崩さないまま話す。「このように、この不思議な砂はちょっとこすれ合っただけで粒子が破壊され、非常に細かい塵のようになってしまい、姿を消したみたいに見えなくなってしまうのです」

 蓋を開けて、てのひらの上に砂を取りだすルカラシー。それも彼のてのひらというだけで黄金の媚薬に見えてくる。場面が変わり、庭園を歩くルカラシーの背中を追いかけるカメラ。どこの街の大通りかと、インターネットの地図を開いて調べたくなるような美しい色合いの石畳の園路が続いたかと思えば、大きな岩壁に囲まれた、水の音が聞こえる自然美溢れる風景に早変わりする。

「ここには、」とルカラシーが岩壁へ手を差しだして、説明する。「自由自在に形を変える不思議な洞窟もありました。地形が変化して、空洞を埋めてしまったのか、今はなくなってしまったんですけど──」

 何万年もの時が創りだした洞窟よりも、こちらを握り潰した方がよほど罪が大きいのでは? と思えてくる端麗な横顔を見せるルカラシー。突然、ふらっとよろめいたように動きだし、岩壁に頬をくっつける。

「それでも、この岩の中には、洞窟の名残りである空洞がわずかに残っているそうです」

 数秒間、舞台俳優顔負けの演技につき合わされて沈黙を味わう動画視聴者たち。


 再び場面が変わる。今度は木々に囲まれるルカラシー。てのひらを宙へ差しだして、空から落ちてきている砂を紹介する。

「空の上……見てください、なんにもないことがわかるでしょう?(カメラが動いて青空を映す)でも、ほら……(また腕を伸ばして、てのひらに積もった細やかな砂を見せる)ね?(再び微笑むルカラシー)これが先ほどお見せした砂です。空から落ちてきているんですよ。不思議でしょう?」


 動画の再生時間が終わっても、しばらくルカラシーの魔法が解けず、呆けたようにぼんやりしたまま沈黙し続ける面々。皿がテーブルにぶつかる音だけが響いて、生徒たちは目の前にケーキが配られたことを知った。

「ケーキをどうぞ」と叶は言って、フォークを渡そうとする。

「やったー。ケーキ、ラッキー! いっただきやーす」一人だけぜんざいで腹を満たしたはずの衆佑が真っ先にケーキに手を伸ばした。

「ああ、フォークが全員分……なかった」と叶。

「僕が持ってきます」と腰をあげるキッパータック。

「キッパータックさん、足りないのはあと……二本です」

「あっ、フォーク、ここにありますよ」真莉香がフォークを取ってにっこり笑って見せた。

「じゃあ、足りないのは一本?」




  きゃああああ────!


 悲鳴をあげたのは真莉香で、握っていたはずのフォークが消えていた。そして、動きの止まった手、指の隙間に、ちらちらと黒い小さなものが動いたのが見えた。


  ぎやわあああ! ひやああああああああ────!


 真莉香は服が発火したとでもいうように高速にてのひらを振った。「ああ……」と顔をしかめるキッパータック。

 

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