カジノへ行ってみませんか?(2)──カジノ案内人・ボゥビーン登場

 管理事務所に帰り着くと、かないはゴルフカートを返却し、美鶏みどりは草原に置いてきた壊れたゴルフカートのことを係員に知らせた。

 叶は携帯端末で馴鹿布なれかっぷに電話をかけた。探偵業を現役でやっていたときに、調査対象者の中にはカジノに入り浸る遊び人も大勢いただろう──老先生はそういう形で賭博場に関係してきているはずだと思い込んでいる叶だった。

 しかし、「ああー、もう!」と文句を放つことになる。まるで出ないのだ。こちらも休日、向こうも休日と、ワンペアができたのだろうか。それなら出てくれてもよさそうなのに。もしかすると次の対象者を早くも追っているということかもしれない。

 叶は諦め、待たせている美鶏の方を見た。美鶏はホテルがある方向へ熱心な視線を送っていた。近づいてみる。

「叶さん、あの人!」美鶏はホテルの前のタクシー乗り場のところにいる二人の人物のことを指した。「百三十歳のご長寿大庭主だいていしゅさんじゃありません? そうですよね?」

「ああー……」それは叶もよく知る二人であった。並んで立っていたのは、ご長寿大庭主の若取わかとり樹伸きのぶとヒューゴ・カミヤマ・キッパータックだった。 

 樹伸はベースボール・キャップにジャンパーという格好だったが、キッパータックはグレーのスーツにきっちりネクタイまで締めている。ホテルになにか用があったのだろうか。

「たしかにあのお二人は大庭主ですね。美鶏さん、よくご存じですね」

「日本の雑誌で『東味亜ひがしみあの大庭主特集』を読んだんですよ。お若いですよねぇ、とても百歳を超えてるとは思えないわ。握手してもらおう!」

 美鶏が二人の下へ駆けていったので、叶も後をついていった。


 樹伸は突然の握手のリクエストに快く応じ、笑った。「握手なんて有名人になった気分で、照れますな。でも、握手だけにしてくださいよ。私はもう結婚は無理です。三回してますからね」

「三回ですか?」と美鶏は驚いた。

「少ないですかな?」


 叶はやや緊張を帯びながら樹伸に──いや、キッパータックの前にそっと進みでた。尾行の失敗の件で、なにか気づかれるのでは、と心配したが、キッパータックは叶の姿を近くで見てもなんの反応も示さなかった。

「お二人とも大庭主さんなんですね」大庭ファンの美鶏にとってはうれしい出会いだったらしい。「大庭主さんもよその大庭を観に来られるんですね」

「いやいや、今回は観に来たというわけでもなくてですね」樹伸はキッパータックの方を示した。「こちらのキッパータック君、独身なんで、知り合いの若い女性を紹介してやろうと思ったのですが、その女性、急に仕事が入ったとかで、こちらでのデートがパーになったというわけですよ。でもまあ、こうして別の女性が寄ってきてくれた。キッパータック君はついてるかもな。私のように三回結婚できるかは定かではないですがね。はははは」

 美鶏は叶の方へ振り返った。「そういえば、叶さんも大庭にお勤めだとおっしゃっていましたよね? 年齢的にキッパータックさんに合いそうですが」

「ほう。あなた、大庭関係者でしたか」

 樹伸がまじまじ見てきたので、叶は慌てて話題を変える。「美鶏さん、それよりカジノの話! 私の雇い主とは残念ながら連絡が取れません。……お二人はカジノにおくわしくありませんか? 美鶏さんのお連れの方が大ピンチなんですよ」

「カジノでしたら、二人目の妻と昔よく通っていましたよ」と樹伸は朗らかに答えた。


 よろしければ立ち話ではなくカフェに入って話しませんか? ということになり、ホテルの一階にある店に四人で入った。叶は美鶏から、ゴルフカートの御礼がしたいのでなんでも奢りますよ、とデザートを勧められたのだったが、もうビュッフェで散々飲み食いしていたので、シトラス・ティーだけにしておいた。しかし、カジノの話を聴くという目的のおかげで意図せず大庭主と接近できた。これは仕事に役立ちそうだと、叶の頭は仕事モードに突入した。


「このアニメのキャラクターはなんなんでしょうな」席に着いてから、樹伸は美鶏の携帯端末の写真を見て首を捻った。「カジノも私が通いつめていたころとは大分変わっているでしょうからね。電子チップなんて味気ないよな。この浮かれた様子だと儲かってるってことでしょうから、連れ戻すのは容易じゃないかもですね」

「画像検索してみたらどうですか?」とキッパータックが提案した。

「なるほど。私はディジタル方面はお手上げだ、君に任せる」

 樹伸に端末を渡されると、キッパータックは美鶏に許可をもらって、画像を検索にかけた。

 数秒後、キッパータックは結果を告げた。「このキャラクターはカジノのお客さんが自分の儲けをヴィジュアル的に実感するためのイメージ画像だそうです。電子チップのやりとりに変わってから導入された……とありますね。カジノの会員登録をすれば誰でも表示できるそうで、自分専用のキャラクターも作れるそうです。登録していなくても、チップの入ったストックカードをかざすと出てくるそうで、キャラクターがコインの埋まったバスタブに浸かっていたり、オープン・カーに乗って札束をばらまいたり、宇宙旅行に出かけたりと......」

「で、そのキャラクターが拝めるのはどこのカジノなんだ?」と樹伸が訊いた。

「三か所すべてにあるみたいです」キッパータックは端末を美鶏に返した。

「それじゃあ場所は特定できんな」

「やっぱり朱雀すざく地区のカジノかしら?」美鶏はため息を送りだした。「ここから一番近いのはそこですよね」


 窓際の席に、オレンジのダッフルコートに横縞の入ったパンツ姿というおしゃれな装いをした老人がいて、本を片手にマキアートをすすっていた。彼が振り向くとすぐそこに四人が座っているということで、話が聞こえたのだろう、「鵬谷ほうこくリバーホテルのことかい?」と会話に入ってきた。

「あそこのカジノはおすすめだよ。私はあそこが一番好きだね」

「くわしいんですね」樹伸は笑顔で応じた。「背景があまり映っていない写真なんですが、どこのカジノとか、わかりますかね? こちらの女性が、カジノに大切な友人を奪われたそうなんですよ。連絡を取りたいんだそうです」

 老人はわざわざ立ちあがって、美鶏の席まで来てくれた。向けられた端末の画面を覗き込む。「うむ、これはまさしく鵬谷リバーホテルのカジノだよ。ほら、ここに花が飾ってあるだろう?」

 那珂戸なかとの背中の向こうに、金属製の脚付き台が半分だけ映っていて、そこにガラスの花瓶が収まり、大振りな花弁の花が活けてある。老人は自分が持つ根拠を披露する。

「ここを仕切ってるの、女性の支配人でね。カジノに夢中になっているときこそ精神的な安らぎが必要、とかなんとか言って、花やら芸術品やらを結構飾ってるのよ。客はそんなの興味ないんだけどね。でも、内装がそんなだから、ここは女性のお客さんに人気が高くて、多いんだよ」

 老人は、隣同士座っている美鶏と叶のちょうど真ん中に立っていたので、二人へ同時ににっこりしてみせた。「楽しいから行ってごらんなさいよ。カジノのイメージ変わると思うよ」

「ありがとうございます、親切に教えてくださって」美鶏も微笑みを返した。「鵬谷リバーホテルですね? 行ってみます」

「キッパータック君」老人が席へ戻ってから、樹伸が言った。「観光局にカジノの案内人がいるだろ。君、美鶏さんを連れてってさしあげたらどうだい? 私はあいにく、この後我が庭に戻らなきゃならないんだ。用があってね」

「観光局ですね」キッパータックは頷いた。「いいですよ。車で来ていますから、ご案内します」

「ええ? いいんですか?」美鶏は驚いたようだった。「たしかに、私一人でカジノに乗り込んでいくには勇気がいりますが、観光局でしたら、自分で調べてタクシーでも行けますけど」

「はっはっは、遠慮はいりませんよ」と樹伸は笑った。「私たちは大庭主──国選ホストですよ? 観光客をもてなすのが仕事です。たとえ庭の外にいてもですね。……あ、ここも庭だったか、一応」

「僕はこの後の用事はありませんので、心配なさらないでください」とキッパータックも言った。

「デート用にスーツまで着てるんだ、そのままカジノにも行けるんじゃないか?」

「遊ぶほどのお金を持っていないかもです」キッパータックは樹伸の提案に真面目に答えた。


 飲み物を干した後、キッパータックは車に美鶏を乗せ、半人半馬ケンタウロス地区にある穹沙きゅうさ市観光局へ向かった。叶も「私もカジノに興味があるのでおつきあいさせてください」と言って、自分の車でついてきた。実地見聞というのはなにかにつけ大事なことだし、今後の探偵助手業に役立ちそうだと思っていた。


 観光局に着くと、キッパータックが先頭に立って中に入り、受付で「お客様をカジノへご案内したいんですが」と申しでた。すると三人は個室へ通され、カジノ担当の職員が現れた。

「はい、どうも。カジノをご利用されたいお客様はこちらの女性、お二人ですね?」

「はい。いや、利用したいというか……」

 説明の仕方を悩んでいるキッパータックを無視して、担当者はタブレットで料金表を見せた。「おすすめはミスター・ギービーンのカジノ初心者コースです。一時間のレッスンの後、ギービーンがカジノまで同行し、加えて一時間、手ほどきしながら一緒にプレイしてくれますよ」

「せっかくのご提案ですが、私はカジノはやりません」と美鶏は言った。「カジノにいるらしい友人と連絡が取れないのです。その人を連れ戻したいんですけど、行ったことのない場所なので、どうしたらいいかわからなくて」

「ああ、そっちですか」と担当者は笑った。「それもお任せください。いや、多いんですよ。カジノでは携帯電話などの手荷物をクロークに預ける方がほとんどです。そして夢中になって時間を忘れます。連絡が取れずに困るご家族とかがね。では、ボゥビーンをお呼びしましょう」

 担当者は席を立って館内電話を取り、かけた。叶が「なぜそんなにビーンって名前の人が多いわけ? 偶然?」とどうでもいいようなことを気にした。

 

 数分後、すらりと背の高い西洋人風の美男子が入ってきた。カーキ色のスーツに派手な黄色のネクタイを締めている。入ってくるなり「ハーイ。今日もまた美女のご依頼だね?」と陽気な音色を奏で、てのひらをパタパタ振った。ついでにキッパータックの顔も覗くと、「お兄さんも悪くないよ、うん」と言った。

 担当者がボゥビーンの隣に並んで紹介した。「ボゥビーン時計屋とけいや君っていいます。カジノ案内人です。彼はプロですよ。彼の手にかかれば、どんなギャンブル狂も娑婆しゃばに連れ戻されます……よっぽどの気狂いピエロでないかぎりは」

「時計屋!?」叶がまた驚きの声をあげた。

「ふふん、僕の祖父、日本人なんだよ」とボゥビーンは言った。

「それ名字なんですか? めずらしい」

「カジノへのご案内は一時間二千円ですが、よろしいですか? 『連絡の取り次ぎ』『連れ戻し』の仕事であっても同じです。ただ、僕はプロなんで、どんなに広いフロアであってもただちにターゲットを見つけだしますし、一時間もかかったことないですね」

 ボゥビーンは自慢げに胸を張った。「カジノに着いてから一時間ですか?」と質問する美鶏。

「あなたが『もっとボゥビーンと過ごしたいわ』と胸をときめかせるのが一時間です。それが三十分であっても一時間だし、一時間半でも一時間になりますよね」と飄々と答えるボゥビーン。

「なんだかよくわかりませんけど」叶は怪訝けげんな顔をした。「最低でも二千円は必ずかかるってことですね? ギャンブルにのめり込んでいる人を連れ戻すのは至難の業と思いますが」

「まあ、『必見』ってところですね。乞うご期待、ですよ。なので追加料金などは気になさらないでください。そんなもの発生したことがありません」

 ボゥビーンに賭けてみることにした。というか、観光局の紹介なのだからボゥビーンに関しては危険なギャンブルであっては困るし、のんびり迷っている暇はないのだ。家庭の平和がかかっている。美鶏は依頼することに決め、お金を払った。

 すると叶が「キッパータックさん、私たちもこのままおつきあいして、カジノに潜入してみませんか?」と誘った。

「え、ええ? 僕もですか?」


 

 

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