ティー・レモン氏の空中庭園(8)──お見舞いメール、ひとつだけ起きた奇蹟
キッパータックの家にもレモン家ほどではなかったがお見舞いの言葉や品が届けられた。
第四番大庭担当者、
先日はお見舞いに伺えず大変失礼いたしました。キッパーさんが再びタム・ゼブラスソーンに襲撃されたとお聞きし、その打撃いかほどかと私も
近日、必ず
ではまた後日、訪問の日にちのご相談をさせていただきます。
どうぞご自愛くださいますよう。
大庭仲間、ピッポ・ガルフォネオージからのメール。
キッパー君、大変な目に遭ったそうだね。
僕らの憧れ、大庭人気ランキング第一位の空中庭園があの悪党の手で汚されただけでなく、大切な親友であるキッパー君と樹伸さんまで被害に遭ったと知り、僕は今まさに
多忙を極める君の貴重な休日が、大庭主同士の平和な交流がそんなふうに握りつぶされるなどあってはならないことだと思う。
どうして警察はあのような悪をずっと野放しにしているのだろう。どうして凶悪犯は捕まえられて、小悪党は見逃されてしまっているのだろうか。取りも直さず、警察の考える平和とは、その程度なのかもしれないと考えてしまう。人命が脅かされているというはっきりとした悲劇に対してでなければ、彼らは「燃えない」ということなのか。
市民が平和でない街に平和な庭園があってもそれは意味をなさないよね? 美しい庭の維持のために心血を注いでいる君ならばわかっていると思う。僕たち市民全員が、その平和のために日夜汗を流している。僕はスープを作り、君は家々を庭を、きれいに清掃する。でも警察は、きれいにする悪党の順番を考えているんだ。順番に並べて、悪い順から手をつけていっている。悲しいことだね。あのタムでさえ、ランキングなど気にせずやってきているというのに。
話が長くなってしまった。またスープの香りが恋しくなったとき、包帯男のユーモラスなおしゃべりが聞きたくなったとき、レイノルドをからかいたくなったとき、どうぞ遠慮なく訪ねてきてほしい。会える日を楽しみに待っている。
では、また。うちのくいぜの蜜のような心の栄養を 僕の親友に。
その後、キッパータックの庭に異変が起きた。かつて見たことがない、長く連なったメールの数々。それはほとんど大庭見物の予約メールで、いたずらでない証拠に、客は実際に姿を現し、彼の庭の真砂土を踏んだ。キッパータックが清掃業に出ているときは草堂が代わりに案内役を買って出てくれた。これにはさすがに庭主も何事が起こったのかと動転し、その正体を探るべく、なるべく家にいる時間を増やして成り行きを見守ることにした。
日本から夫婦の客がやってきたとき、砂の滝を案内したのは
夫の方は滝の写真をバシバシ撮った。妻は「へえー、あのニュースでやってた泥棒さんね?」と感心した。
「この砂は別の場所に移動させると消えると言われてるんですよ」
「ええ? 消えるの?」客はひどく驚く。「どういうこと?」
「そういうことなんですよ……」草堂はニヤリと口角をあげ、とにもかくにも
草堂の案内ぶりを遠く眺めていたキッパータック。客が帰った後、来客スペースで草堂に労いのジュースを振る舞った。
「あー、疲れた」草堂は二人がけの椅子にどっかと座って背を伸ばす。「タム・ゼブラスソーン様様だな。客が増えてくれて、あんたの逆さ吊りも報われたな」
「まさか、」自分も渇きを潤そうとグラスを傾けていた手を止めて、言った。「僕が逆さ吊りになったなんて、ニュースでは言ってなかったのに」
「噂なんてすぐ広まるもんさ」草堂はキッパータックの鈍さに顔をしかめた。「
「ええっ? 話が全然違ってる。でもそれで、こんなにお客さんが増えたの?」
「そういうことだよ」草堂は客にも見せてやったように口角を不敵にカーブさせた。
「いい機会じゃないか、どんどん客に来てもらわなきゃ」
ジュースを飲み干すと立ち上がり、草堂は上着とカバンを取って帰り支度をした。「あんたも清掃業はもう断って休んじゃえよ。大庭主の仕事に専念しろ。観光手当を稼ぐチャンスがやっとこさ到来だぜ?」
「僕は別に……」
人々の関心は狼の遠吠えより長く続かないと言われていた。なのでキッパータックはまた清掃業に多忙で留守がちな大庭主に戻った。しばらくの間、「部屋の臭いは元に戻った?」という質問をよくもらっていたが、客はキッパータックが部屋をきれいにするプロだと知っていたから、ああいう強烈な被害もさっさと片づけてしまうのだろうと、すぐに忘れ去られてしまったらしかった。
第7話「ティー・レモン氏の空中庭園」終わり
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