第6話 人生の巣(1)

 キッパータックの大庭だいていの唯一の美と言える砂の滝の前に三人は立っていた。

 樹伸きのぶは掃除が終わると客を待たせてあるからと精衛せいえい地区の自宅へ戻った。なので三人とは、キッパータックとピッポとサラのことで、とりわけサラは大庭愛好会の会員だったから、感動に打たれっぱなしだった。


 ピッポは感心していた──女心というものに、である。ここへ来た者の態度としては、その他の絶景に触れたときもそうだが、とにかく携帯電子端末ですさまじい枚数の写真を撮ったり、移動できる場所と体の可動範囲が許す限りあらゆる角度から眺め回したり、砂を掴んだり砂場で足を踏み鳴らしたりと大忙しに振る舞うのが常だろう。しかしサラは異なる様子を示していた。ただ最初に触れた場所から一歩も動かず、まなざしを覆ったサングラスもずっと滝の源――空中の一点に繋ぎ止められたまま、言葉をもぎ取られ、ただとりことなり、美しい彫像ちょうぞうと化していた。

(このまま本当に彫像となることさえ彼女は望むんじゃないだろうか……)と、ピッポは勝手に空想していた。永遠に砂の滝を見つめ続ける女神めがみになるのも悪くない。

 キッパータックは女性の感性になどさらさら興味はなかった。「びっくりした?」とその横顔に平凡な問いを投げた。

「はい……」とまだ息を飲んでいる最中のサラ。「滝は、空中から落ちてきているように見えるんですが、その……空中のどこに砂があるんでしょうか?」

 ピッポも腕組みして考える。「大気中のちりが物理的な干渉かんしょうにより一か所に集められ、まとまった重量を持った場所でたまたま無風状態になったために突然落下をはじめた――ということかな?」

「砂漠の砂が!」サラが引き継ぐように発した。「どこかの砂漠の砂が、時空のひずみにごっそり呑み込まれてしまって、行き場をなくしてさまよったあげく、ようやく見つけた出口がここだった――ということは?」

「は?」とキッパータックは言った。

 ははっ、とピッポは笑った。「スレイプニルが冥界めいかいへ旅立ったときの最初の一蹴りで巻き上がった砂がこれであり、戻ってきたときの最後のひづめが起こした砂がそれに合わさり、八本の脚と数多あまたの旅でアンリミテッドな風塵ふうじん祭りが起こっているという可能性のことは考えたかい?」

 どんな駿馬しゅんめまたがっても二人の空想の旅にはとうてい追いつけないという顔をキッパータックは浮かべていた。それに気づいたサラが言った。

「キッパータックさん。私、この問題について、現実的なアプローチを思いつきました」

「え?」

「あなたのお友達、そしてミイラ男さんの家族でもあるレイノルドさんに、あの源まで飛んでいってもらって、どうなっているか見てもらうんですよ。どうです?」

「レイノルドに?」キッパータックはサラサラ落ちる砂を見上げた。「ああ、でも、ここの以前の大庭主だいていしゅが教えてくれたんだけど、一度、観光局の人が無人航空機を使って調査したらしくて、結局『どうなってるかわからない』って言ったらしいよ」

「そんな表現じゃ、本当になんにも解決しませんね」サラは肩をすくめた。


 日差しが強いので、三人は滝のそばの木陰に移動した。二人には木のベンチに座ってもらい、びん入りジュースを二本渡して、キッパータックは雑草に覆われ尽した花壇の縁に腰をおろした。

 ピッポがあごに指を当てて言った。「レイノルドに調べてもらうというのはいい案だと思うんだが、問題は、彼が即物的そくぶつてきであるってことなんだな。カラスだからさ、花より団子、ロマンよりコロッケ、ってわけなんだよ。よっぽど機嫌がいいときでなけりゃ、協力をあおぐのは難しいかもね」

「上へ行って見てくるだけなら、レイノルドに頼まなくてもできるよ」とキッパータックが言った。

「あなたも無人航空機のあてがあるんですか?」とサラ。

蜘蛛くもに頼もうと思って」

「蜘蛛に?」

 

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