悩める大庭主たち(4)──大庭主、帰宅す

「厳しい審査があるんでしょう?」無邪気さが去り、緊張が席を占めようと待ち構えている声だった。「親子であっても『引き継ぎます』って簡単にはいかないとか。大庭主だいていしゅになるには――」

 岩手黔いわてぐろ仏頂面ぶっちょうづらをキッパータックは思い浮かべた。あれはきっと、そういうことなんだ。かわいい娘に管理させるには物騒すぎる庭だから。岩手黔さえも持て余している風だった。

「審査の話は聞いたことがあるけど、僕の、なにを調べられたのかはわからない。借金をしているとよくないとか言ってたような。補助金目当てでなりたがる人がいるとかで。でも、僕が通るような審査は、そう難関ってわけでもないんじゃないかな」

 サラはそれに対してなんとも言わなかったが、こうして大庭主と話せることがうれしいようだった。

「サラさんは大庭主になるつもりなの?」とキッパータックは少し心配になって再び質問した。

「将来の夢としては特殊すぎるでしょうか。父のような無益むえきな頑固者にはなりたくないとはっきり言えます。ミイラ男さんのような軽やかで優雅な若者にはなりたいですね。それを大庭主が叶えてくれるというなら――あら?」

 サラはアクセルを踏んで車の速度を上げた。「あそこがあなたの大庭では? 車がいっぱい停まっていますけど――」

「警察だ……」キッパータックはあおざめた。


 庭には二本松にほんまつ巡査長は元より、世界の数多あまたの謎のように忽然こつぜんと姿を消したあるじを追うたくさんの捜査員たちがいて、そこに埋もれるように樹伸きのぶやピッポや近所の人たちの姿があった。

 キッパータックを見つけると、友人たちは捜査員を押しのけ駆け寄ってきた。

「よかった、無事だったのか」と樹伸。「まったくー、君はちょいちょい私の寿命を縮めにかかるよな。今までどこに行ってたんだよ」

 キッパータックは一緒に車から降りてきたサラの方を見て言った。「えっと、タム・ゼブラスソーンの仲間にやられて、縛られて、それで、玄武げんぶ地区の岩手黔さんちの大庭の山に……」

「タムの仲間だって!?」

「そちらのレディーは見たことあるような……」ピッポが言うと、サラが彼の前に進みでた。

屋敷やしきサラです。二、三度お会いしただけなのに、憶えてくださっているなんて光栄ですわ、ミイラ男さん」

「岩手黔さんのお嬢さんなんです」キッパータックが説明した。「ここまで車で送ってくれました」

 キッパータックは今さらながら所持品を二本松から尋ねられた。屋敷だけでなく、我が身からもなにか失われている可能性があることなど考えもしなかった。調べてみると、ズボンのポケットにあった財布からはなにも抜かれておらず、庭で拾った記憶があったびついたくぎまでちゃんと残っていた。昼前に襲撃を受けて、山で一時間ほど気を失っていただけだったのだ。

「では、盗難の被害に遭ったのは、価値が不明のつぼが三つと、魚の缶詰がいくつか……だけですね?」まるで不興ふきょうというような二本松の渋面じゅうめんだった。黄金でも盗まれていたら違っていたのだろうか。

 キッパータックたちは来客スペースにいた。荒らされていたのはカウンターと食品棚の周りのみ。泥棒たちは最初から獲物を決めていたのか。

「壺は最初からこの家にあったものです。缶詰も数を数えていたわけじゃないし」

「住宅保険に入ってるだろ?」と樹伸が言った。「被害額は出さないと。庭は無傷だから、大庭主共済はおそらく使えないだろうからな。しかし、蜘蛛くもが盗まれなくてよかったよ」

「油断できませんぞ」二本松が息を吹き返したように声音こわねとがらせた。「次回がまたあるかもしれない。あの蜘蛛たちを盗まれたら、どんな悪用をされるか。ここにはなぜ防犯カメラがないのです。少し無防備すぎるんじゃないですかねえ、キッパータックさん。これではなんでも持っていってくださいと言っているようなもんだ。世の盗難事件はすべてタム・ゼブラスソーンが起こしてるんじゃないんですよ? むしろ、その他の盗賊の方がどれだけあくどいか。清掃業がどれほどお忙しいのか知りませんが――」


 捜査員が帰った後、サラが「あの刑事さんの方が悪党みたいな顔なさってましたけど」と言った。

 樹伸とピッポも残ってくれた。皆で部屋を片づけながら、「警察のせいで蜘蛛たちは弱ってしまったけれども、そのおかげで誘拐はまぬがれた。運がよかった、と言っていいんだろうね?」とつぶやいたのはピッポだった。「しかしレイノルドも捕まっていたなんてね。こっそり追いかけてやつらのアジトを突き止めてほしかったが、意外に正義感溢れるカラスだったんだな」

「レイノルドもけがなく済んでよかった。段ボール箱には入れられたけど」

 話しているとき、床にモップがけをしていた樹伸が「おいっ!」という声を発した。こういう事態の後だっただけに、なにかまた恐怖の出来事でも……と思った一同だったが、樹伸の顔は喜びに色づいていた。

「蜘蛛だ! キッパー君の蜘蛛が戻ってきたぞ!」

 モップの先の床にできた黒い染み。開け放した戸口から、また新たな黒い粒々が現れ、染みの輪をじわじわと大きく広げていった。

 キッパータックは掃除道具を置いて駆け寄り、しゃがみ込んだ。てのひらを差しだすと、蜘蛛たちは愛しい主人のその再会のポーズを理解し、何匹かが代表して這いあがることで答えた。

 キッパータックは言った。「よかった……いや、よかったんだろうか。蜘蛛たちはやっぱり、またここで暮らすつもりなんだ」

「もう、そういう生き物として機能、習性は捨てられないんだよ。君が大切にしてやればいいよ」と樹伸が言った。

 キッパータックはその言葉にうなずくと、盗まれずに残っていた水槽に蜘蛛たちを入れてやった。この水槽も泥棒たちにひっくり返されていたのだったが、今は元の姿に戻っている。

「サラさん、君は僕の大庭を見にきたんだったね」キッパータックは雑巾ぞうきんを握りしめて呆然ぼうぜんと立っているサラに笑顔で言った。「これから砂の滝を案内するよ」

 キッパータックは先立って、明るい戸口へ進んでいった。



第5話「悩める大庭主たち」終わり

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