極上のスープ作りを手伝う(5)──いよいよ試食

 河原には、ごつごつとした岩を選ばなくても向こうへ渡っていけるように数か所、橋代わりの板が渡してあった。それを伝って林を抜け、ある空間に出た。盆地のような場所だ。やってきた背後だけ林、あとはぐるりと崖が囲んでいる。ピッポが、地面に適当な距離を取って置かれている鉄製の箱を指した。

「あれが郵便受けってわけ。全部で五つある。中にきっと『かたらぎ』っていう木の葉っぱが入ってると思う。それを回収すれば終わりさ」


 二人はそれぞれ別の箱へ向かって歩き、手に取った。レイノルドもぴょんぴょん跳ねてついてきた。キッパータックが拾ったのはステンレス製の箱で、前面上部が手紙を差し込めるよう開口していて、本物の郵便受けに見えた。口蓋くちぶたを開くと、中に二枚、黄色いまるい葉が入っていた。

 葉を回収したら郵便受けは元の場所に戻していたので、キッパータックもそうした。全部の箱を開け終わって、二人は盆地の中央で落ち合った。

 ピッポは両手に掴んだ葉を眺めた。「嵐があったからかな、結構な量が回収できたね。一つの箱にはまぎれ込んでたけど――コオロギみたいなやつだよ――別に、巣にしてるわけでもないようだったし、ふんもしてなかったし」

「あの、」キッパータックはピッポに葉を渡してから言った。「この葉っぱ、風で飛んできてあの箱に入ったってことだよね?」

「そうだよ。だから『風の郵便』ってわけ」

「葉を集めたいなら、もっと大きなザルとか、そういうものを置いた方がいっぱい集められると思うんだけど」

「チッチッ、」ピッポはこれまでの作業で少し汚れて黒ずんだ人さし指を振った。「ザルなんかで受けちゃったら、雨に濡れるし、ゴミの付着もまぬがれないじゃないか。かたらぎの木はね、あの崖の向こうにあるんだ。とてもよじ登って採りにいくことはできない。だから、地球の偉大な語りである風侍かぜざむらい様に、刀でバシッと切ってもらって、ここまで配達してもらわなきゃならないんだ。たしかに石蜜いしみつ石筍せきじゅん、蔓せんべいはほとんどの場合確実に手に入るが、こいつと(軸を摘まんでくるっと葉を回す)カラスどんぐりは他者の力によるところが大きい。もしかすると空振りになる。でもね、僕はそういう――芸術界におけるインスピレーション、偶成ぐうせいみたいな、奇蹟的ロマンも材料のうちと思って楽しんでるんだよ。郵便受けだってもっとあちこちに置けば木の葉が入る確率も増やせるだろう。でも風が、風侍が、僕の知らない真夜中や誰もいない世界で独り働いて、そっと木の葉を郵便受けに届けてくれる、このメルヘンがよかないか? もしなければないで木の葉抜きのスープを作ればいい。このスローライフ。このアルカディア。この文学的空想世界。僕のスープを口に運んでくれる人々にそんなロマンを、スープの外にもある味わいをも含めて、手渡せるようにしたいんだ。素人芸術家シェフとしてはね」

「ったく、」レイノルドがあきれた。「もう五つそろえたんだろ? 帰れるってのになに長話してんだよ。ピッポのキザ野郎。ロマンだの芸術だの、御託宣ごたくせんはもう聞き飽きた」

「僕は鳴らない楽器じゃないからね」ピッポはレイノルドにタクト代わりの指を振った。「心に楽譜が浮かんでいるのに歌わないでいることはできないんだよ、しからず」


 珍奇な香料たちを抱えて、電動立ち乗り四輪車で再びピッポとレイノルドのプライベート・ケーヴに戻った。五つの材料――石蜜いしみつ石筍せきじゅん、カラスどんぐり、つるせんべい、風の郵便――は調味料にひたし缶に封じ込め、数日間寝かせるらしい。洞窟の中は涼しい、ちょうどいい貯蔵庫なのでそこに置いておく。代わりに、一週間と少し前に用意しておいたという缶を取りあげる。

「今日、君と採取した分は月末のイベントに出すスープに使う。君にごちそうし、明日のバザー用に使うのはこっちだ。じゃあ、家へ帰ろうか」

 大庭だいていでの材料集めは結局二時間かかった。時計の針は夕方に差しかかっていた。キッチンに辿り着いてからはピッポは無口になり、切ったり混ぜたり、スープ作りにリズミカルに体を動かした。キッパータックはその間、ピッポがくれたクロスワード・パズルを解いたり、卓上電子端末が流す音楽やニュースを聴いたりして過ごした。レイノルドは洞窟には戻らず家までついてきていた。テーブルの上に乗ってキッパータックをからかったり、「おれのチキンはまだなのか?」と文句を言ったりした。

「コロッケの皮って言ってたけど、衣のこと?」とキッパータックは訊いた。

 レイノルドは言った。「そうだ。あんなうまいものはない。おれの一番の好物なんだ。ときどき、半人半馬ケンタウロス地区の会社に行くんだけどよ、仲良くなった人間の女がコロッケの皮をくれる。自分のお手製の弁当から箸でつまんでな。……あいつ、絶対おれにれてるよな」

「半人半馬地区の会社⁉︎」キッパータックは驚いた。

「おい、おれが日がな一日あの洞窟にいるとでも思ったのか? おまえの想像力、すさまじく貧困だな。おれは結構行動派でね、顔が広いのよ」

「でも、街では鳥の餌付えづけは禁止されてるよ」

「おれを一般的な鳥と一緒にするな!」


 リムの幅広い真っ白な皿がキッパータックの目の前に置かれた。浅いくぼみにたたえられた黄金色から細い湯気が束になって立ち昇る。具はサイコロ状に切られた人参と玉ねぎにパセリとシンプルだった。キッパータックはたまらなく空腹であるのに、自然と引き伸ばされる時間を使って、スプーンで少しずつすくっては飲んだ。

「五十嵐さんちのパーティーで飲んだのよりずっとおいしい気がするな。あのときは具がいっぱい入ってたけど」

「野菜だけっていうのもいいだろ?」ピッポはパンをちぎって立ったままもくもく食べていた。

 レイノルドはかりかりに焼かれたチキンの皮をもらっていた。そして贅沢にも用意してもらっている自分用のスープにときたま浸してはくちばしを天井へ向けて飲み込んでいく。

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