極上のスープ作りを手伝う(4)──チキンの皮に岩メロン

「もしやつらが隠れてておれが襲われたら、銃で反撃してくれるんだろうな?」

「銃なんて、どこにある?」ピッポは両手を広げた。「こののどかな我が庭に」

 レイノルドはキッパータックにくちばしを向けた。「この抜けを大砲で打ち上げろ。ぶつけて相殺そうさいするんだ」

「どこの教室で日本語を習った」ピッポはやれやれと首を振った。

 レイノルドはぱたぱたと小さな脚を動かして体の向きを変えると、地面を蹴った。黒い羽を広げ、ぐんぐんのぼっていき、木のてっぺんの周りをくるくる飛び回った。安全を確信したのか、それから葉が生えているところへ一気に突っ込んでいき、姿が見えなくなった。

 ピッポは双眼鏡を目に当て、木を見、周囲も忘れず確認した。いつ大鴉おおがらすが戻ってくるかわからないからだ。

「キッパー君。僕がこうやってしっかり見張ってるから、君は木の根元へ行って実が落ちてないか見てきてくれないか? もしかしたら無傷のやつがいくつか見つかるかも。レイノルドもいくつ持ってきてくれるかわからないからね。大鴉のやつがいつもどおりコレクションしてくれてたら、袋一杯にはなるはずなんだけど」

 キッパータックは木に走っていった。根は土からきだしている部分が多かったが、下生えがほとんどなかったので探すのに苦労はしなかった。オレンジ色を一つ拾いあげ、ぱっくり割れているのを見て地面に捨てると、もう一つ別のものをつまみあげた。楕円形だえんけいで淡い緑色のヘタがついている。どんぐりというより鳥が好みそうな小さな果実だった。

「これだけしかなかった」ピッポの下へ戻った。「これって、大鴉は食べるために巣に貯めてるんだよね?」

「いや」ピッポは双眼鏡を外す。「僕が知る限りカラスはこれを口にしない。なにがお気にしているのか知らないけど、どこからか集めてきては巣に貯めるんだ。だから僕も、これがなんの木の実で、それがどこに生えているのかも知っていないんだ。まさに大鴉のみぞ知る、彼ら様様な食材なんだよね。ここでは僕もタム・ゼブラスソーンのごとく盗人ぬすっとさ。でもスープの為……それにここは僕の管理する大庭だいていだし、許してもらうしかない」

 レイノルドが丸く張った袋を下げて戻ってきた。首尾しゅびは上々なようだ。

「大鴉さんはご健勝であられたかな?」着地したレイノルドにピッポが訊いた。

「佐藤家と鈴木家は相変わらずだったな」レイノルドは一仕事終えたという息と共に語を吐きだした。「田中家はなんかあったな。羽が抜け落ちてやがった。実も全然貯めてねーし。スランプかな」

 袋の中を覗いて、キッパータックが拾った物も含めて口を縛るピッポ。「よしよし、ここまで順調。助かったよ、レイノルド」

「礼はもらうぜ。コロッケの皮! チキンの皮! シャケの皮!」声と一緒に翼も上下に踊らせる。

「美食家過ぎて困るね」ピッポは肩をすくめた。「三つは無理だね。贅沢ぜいたくは体に悪い影響を与えるし。今回は、じゃあ、チキンの皮で頼むよ」

「うぅーい、やったぜー! 久々だよ、チキンの皮!」レイノルドは跳ねて喜んだ。

 ピッポは腕時計を見た。「さ、次の材料も行くぞ。あと二つだ」


 辿り着いたのは、岩山のふもとに広がる岩だらけの河原だった。角が取れ、丸みを帯びた岩の欠片がか細く流れる川を圧迫するように積み重なっていた。平らな土の地面が途切れるところに四輪車を停め、歩いて河原に近づく。

 ピッポは四番目の材料について、「岩メロンの皮をがして『つるせんべい』を作る」という独特の表現で紹介した。サッカーボールを少し膨張させたくらいの大きさの岩を、たしかに枯れた植物の蔓が覆っている――『岩メロン』。その蔓を剝がし、手で丸めて潰し、持ってきていた小型の壜の中身である塩水を染み込ませる。続いてそれをガーゼに挟むと、とりあえず近くの岩の上に置いた。

 それから、河原から少し離れた土の地面の上の、大きな石の円柱が横になって転がっているところへ行った。直径は幼児の背丈くらいある。円柱の側面にはなにやら矩形くけいで構成された文字に似たものが刻まれている。

「こいつはもしかすると歴史的建造物の成れの果て――貴重な品かもしれないが、観光局の職員さんが調べてもわからなかったらしく、結局誰か、ここを訪れた芸術家が図柄を刻んだだけなんじゃないかってことになってる。まだ世上せじょうにさらされていない古代文字だってあるかもしれないのにねえ」ピッポは円柱の図柄の溝に包帯の指を当てた。「で、今からこいつをえいやこら、と押さなきゃならない。……漬け物石代わりにしているからね」

 レイノルドはというと、積み上がった岩の上に止まって無関心に反対方向を見ていた。キッパータックとピッポは横に並んで円柱の腹に手を当てる。「よし、動かすぞ」

 腕押しすると――かなりの重さだったが――円柱はごろっと数十センチメートル移動した。ピッポは「ふぅー」と息をついた。「いつもはこれ、僕一人でやってるからね」

 足下に円柱に踏まれていたガーゼが現れた。ピッポがしゃがんで取りあげる。ぴったりくっついているのをなんとか剝がし、広げると、先ほど作ったものと同じ蔓の塊が、見事に薄い、パンケーキ色をしたせんべいになっていた。

「こうやって石で潰すことによって味が凝縮するんだ」

 キッパータックが先ほどのガーゼを取りにいって、先ほどのものがあった地面の同じ場所に置いた。そしてまた円柱を押し転がし、ガーゼを踏ませる。

「よし、これでいい。また数日後にはおいしい蔓せんべいができあがるだろう」

 二人はちょっとした労働をしたので一休みして水筒のお茶を飲んだ。心地よい冷気を含んだ風が川上から吹いてくる。

「さてさて、最後の、五番目の材料はここの近くだよ。助かるよね。このまま歩いて行こう」

 最後の材料の名前をピッポは「風の郵便」と言った。郵便? 食材らしくない。

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