キッパータック、疑われる(3)──蜘蛛の実験結果
朝食の後、庭で採れたハーブ入りのお茶で一日のすべりだしの
「僕はきっと捕まってしまいます」もう十五分くらい同じことを話しているキッパータックだった。「蜘蛛のお金を財布に入れてしまっている時点でアウトなんですよ。僕が望んでいなくてもです。命令しなくても蜘蛛はお金になってしまうし。きっと、それがばれたら、蜘蛛は警察が飼うことになるでしょう。危険だからって、一匹残らず殺してしまうかもしれない」
「ううむ……、殺したりするだろうかね」
「清掃業をはじめたばかりのときも、汚れだと思って一生懸命に磨いていたら、それが蜘蛛だったってこともありました。これだって詐欺罪だ。汚れを
「あわわわ……」
キッパータックが
「そうでしょうか……」
キッパータック家のカウンターからは壺が一つ消えていた。それが、二本松の手に渡したものだ。飼い主自身も蜘蛛の
蜘蛛の無事の帰宅を切に願って、二十日が過ぎた。すでに一緒に預けてあったペースト状の餌とまったく同じものを持って
二本松からやっと連絡がきた。キッパータックは愛用のバッグをくしゃくしゃに握りしめ、穹沙署の待合室に座った。事務員らしき者がキッパータックに冷たい麦茶を出した。そこに二本松がやってきて、茶色の壺をテーブルに置いた。
「いや、キッパータックさん、ありがとうございました。大変に興味深い蜘蛛だったと、担当した大学の検査員たちが言っておりました」
キッパータックは壺に手を入れて、愛しい我が子の感触を探した。「あの、もう……大丈夫なんでしょうか。僕も、蜘蛛も、警察の方に疑われるようなことは……」
「ええ。今回は、あなたの蜘蛛の生態を少し調べさせて頂いただけですからね。あと、これは申し上げておいた方がいいと思いますが、調査を頼んだ、うちと提携している大学の研究室の実験がちょっと過剰だったというか、蜘蛛たちには過酷であったかもしれませんな。早くあなたの下へお返ししたいと、日にちに余裕がない実験になってしまったこともいけなかったのでしょうが、だんだんと、なににも変身しなくなってしまいましてね。動きも
キッパータックは壺の中を掘り返していた。指先に引っかかった数匹は、外見上は特に変わりなく、じっとしていた。
「い、い、一体、どういう実験をしたんですか? 僕は蜘蛛がお金になるところを見るだけだと思ってました。刑事さんはそうおっしゃった。それを目で確認するだけだって」
二本松は
樹伸の今度のおしゃべりの相手は南
「キッパータック君の蜘蛛は警察から無事戻ってきたんじゃなかったっけ?」
「それが無事でもないらしいんですよ」と譲羽の声。「キッパーさんもね。あれから、蜘蛛がまったくなににも変身しなくなっちゃったらしくて。警察でいろいろ妙な実験をされたのが原因じゃないかって。で、彼、すっかり〝傷心〟って感じ。私、ケーキを焼いて待ってたのに、清掃の仕事もキャンセルされちゃいました。声も、三日寝てないか食べてないかってくらいに暗くてか細くって。……ですから若取さん、彼を励ましてやってくださいよ。飼い主がそんなだったら、蜘蛛だって元気を取り戻せないでしょう? ケーキでも取り戻せない元気って、私には手に余る問題だわ。お手上げです」
「そうだねえ、」樹伸はタオルで汗をぬぐった。「困った男だね、蜘蛛にぞっこんで。君たちのような美女に心配してもらえる以上の薬なんてないだろうが。わかったよ。私も彼の様子を見にいってみよう」
譲羽の言ったとおり、キッパータックは家に閉じこもっているらしく、インターフォンを鳴らしても出てこなかった。樹伸は自宅の庭で摘んで持ってきていた花を庭の案内板の真下へ置くと、ウォッチ型電話を使ってメールを送ることにした。
キーパー沢君元気になったら連絡ください
雲も早く元気になるといいな
木信より
音声入力が行った漢字変換に
第3話「キッパータック、疑われる」終わり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます