第3話 キッパータック、疑われる(1)
リビングにて、
愛する我が子の力作を見ず知らずの節足動物が
「お気持ちわかります」麦緒と共に窓の外を見ていた
麦緒は客人が占めるソファーにコーヒーを運んできた。姉妹の手作りケーキとクッキーもテーブルに並べられた。六人は飲み食いしたが、お茶の時間に似合いの平和な空気はどこにもなかった。
「たしかに逃げ足は速かったけど」と
「僕はあれからコンピューターを使っていろいろ調べてみたんですよ。そしたら、驚くことがわかりました。彼が狙うのは
「信じらんない」譲羽が怒りをあらわにした。「誕生日ケーキを盗むなんて、恥知らずだわ。誕生日に起こっていい出来事ではないわ!」
「これを見てください」ピッポがテーブルにノートを広げた。「僕が調べて書いたものです。ここ最近のタムの犯行です」
・二〇**年一月二十九日
被害者
被害品 出版社から贈られた花束、日本酒(計二万円相当)
・二〇**年二月十一日 午後三時
被害者
被害品 龍の
・二〇**年四月五日 未明
被害者 根岸 プリン(
被害品 ペットのコーギーのおやつ半年分(三万円相当)、中庭のイルカ型の 石(金額不明)
・二〇**年四月二十日 午前十一時
被害者
被害品 サイン入りアコースティック・ギター(ギターは二万円相当・サイン の価値は不明)
・二〇**年五月七日
被害者 ジョージ 西村(
被害品 バーベキューの食材(八千円相当)、ハンモック(金額不明)
「なんだ、随分
樹伸の感想に我が意を得たりとピッポは身を乗りだす。「そうでしょう? 磯山さんのケーキをはじめ、この盗まれた物たちに経済的価値がはたしてどれだけあるでしょうか――もちろん、今回の『タオルを巻いた少女』は五十嵐
「困るわ。次は私たちが狙われるかもしれないのに」楓子が
「嫌がらせなんでしょう」と麦緒。「タム・ゼブラスソーンは、あの男は、精神がねじ曲がっていて、大庭主制度が憎たらしいんでしょう。美しいものに泥を塗り、幸福に向かって舌を出す、といったタイプの人間ね、きっと」
「奥さん」と玄関口で、しわがれた中年男の声がした。「おじゃましますよ」
のっそりと登場したのは穹沙署の巡査長、
「パーティーに参加されてた大庭主さんたちですね? タムのやつが、次はどこの大庭に姿を現すかと思えば、気が気でないでしょうな」
「警察が全然捕まえてくださらないんだもの、そりゃそういうふうになりますよね?」と譲羽がはっきり言った。
二本松は苦笑も恐縮もせずに、まくっていたシャツの袖口をいじりながら言った。「そうですね、皆さんにそう言われても仕方ない。今回もタムのやつは、目立つ格好をし、大勢子分を引き連れて、しかも皆さんの面前に顔までさらしている。私たちは毎回、おおいに振り回されております。ばかにされ続けていると言ってもいい。あのいたずら小僧はそろそろ
セリフ終わりに中年刑事は握りこぶしを固めて本気度を表現したつもりらしかったが、六人には心躍るポーズとは言えなかった。
ピッポが言った。「どうやって懲らしめるおつもりで? 僕たちがやつに抱いているイメージはこうです。タムは凶悪犯じゃない、凶悪な愉快犯だ。大庭主ばかり狙って、ケーキやキャラメルや子どもが描いた絵や故人の思い出の品みたいな心の宝石を奪い去っていく、世間一般には経済観念ゼロの幼稚な泥棒です。ああ、捕まったら、縄で縛られて土踏まずをコチョコチョってくすぐられるんでしょうかね?」
「住居侵入、器物損壊……ちゃんと
「僕は透明人間なんです」ピッポは平然と答えた。「包帯は僕にとっちゃボディースーツですよ、刑事さん。なにか身に付けておかないと、みんなが僕のこと探し回っちゃいますからねえ。ははは。僕は犯罪者じゃなく人気者ですから、見えた方がいいに決まってます」
「信じていいのかな?」二本松は首をひねって、残りの大庭主たちに訊くともなく訊いた。「……とにかく、皆さん。タムは庭荒らし専門で、特にこの穹沙市がお気に入りのようだ。やつの
言い終わると、二本松巡査長は麦緒に簡単な挨拶を述べ去っていった。ほかの捜査員たちもパーティーの直後に一度調べてはいたので、数分後にはすっかり引き揚げていった。それで大きな掃きだし窓に映る庭は、まるで人影まで盗まれたという感じに静まった。
「警察が捕まえられないでいる泥棒のために私たちに生活を変えろって?」譲羽が
「僕にしても、レードルを持つ手を休ませるつもりはありませんよ」包帯の奥の目で
「でも皆さん、本当に気をつけて」麦緒が静かに、念を押すように言った。「物を破壊したり強引に奪っていく以上、けがをしないとも限らないんですから。……
「はい」上体を曲げ、底が見えているコーヒーカップをやるせなく
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