第5話 彼は知らない。
家に帰る。まだ夜も更けず日は高い。暑くも無く寒くもなく肌が温度調節を忘れてしまったのではないかと片方の手のひらに向かって息を吹きかけた。しっかりと暑かった。
車内から見える風景はいつもと何も変わらず、理路整然とした街並みと路端に等間隔に置かれた樹木の数を数える。この作業を大学が終わってから毎日行っているにもかかわらず、どうしても数えきることが出来ない。数えきろうとも思っていないのが問題なのだろう。ただ等間隔に並べられた樹木の中でも枝が上に向かって何本か渦を巻くような形でなる木が3本あることだけは覚えている。もうすでにそのうちの2本は見た。
その2本目を見てから僕は今日の晩ご飯を指定する。そうすれば出来立てが構成機から得られることをこれまでの人生で学んできた。小さい頃から、口酸っぱく母親は早めに構成機に指定することを言っていたおり、タイマー設定もできるのだが時々によって食べたい物は変わる。お腹がいっぱいの時に何を見ても食べたいと思えないのと一緒で、できるだけ決定は間近がよいと考えている。満足した夕ご飯にありつける。
自分がこの先について何の情報も与えられなければどうなるか。彼女からもらった質問が頭の片隅にちらつく。
「~がなければ」と考えることは基本後悔という思いでしか感じられることはないだろう。けれど、純粋な疑問として投げかけられたとき、想像への飛躍を生み出した。
過去には、ほとんどの人が学ぶこと機会がなかったことを知っている。将来に選びうる選択肢はある程度あり、選べないことはない。だが、資産の状況や給与格差などの経済的格差が選ぶことのできない「家族」にあり、それが学力やその後の人生が大きく左右した。選択の前にある「知る権利」も当人の認識からはなくなっていき、その時点で選ぶことはできなかっただろう。
もしその時代に産み落とされていたなら、何をしていただろうか。
そして彼女はなぜそのような問いかけを僕にしてきたのだろうか。
思考に集中していたので、前方で小刻みに動くものにしばらく気づかなかったが、視点を街路に合わせると、だんだんと路肩のガードレールから上半身を少し乗り出し手を小さくこちらに振っている人影であることがわかった。三車線あるなかの真ん中を走っていたため、僕に対してでは無いだろうと思っていたが、近づくことにその手の振る向きが僕の車の動きに合わせて変えていることがわかった。少し先の信号をわたる手前におり、目測で100mほどは離れている。当人物がいる場所よりも少し先の交差点をわたったところで止まるように車に指示を出した。
そういった指示を出す時、車同士に一体感が生まれる。彼ら自身に意志はないものの、これまで等間隔に空けられていた車間距離が前の車両及び後ろの車両で同時に広がり、左車線でも僕の車より後ろの車両がすべて同時に原則し出す。僕の乗っている車との距離のみ開き、それ以外は等間隔のまま走り続ける。僕の車が左車線に曲がることをもとから知っていたかのような動きをする。何度経験してもが飽きることは無かった。
交差点を越えて止まるのと同時にその人影も後を追うように、こちらへ走ってきた。そのとき丁度に歩行者信号が変わってしまったため、もどかしくもしくは注目を浴びていることに気づき恥ずかしくしているのか、どちらかはわからないが少しうつむき携帯端末をみる仕草をしている。
信号が変わり僕の元まで歩いてきた。そこで気づいたが堀塚であった。車を交差点手前で止めることもできたが、他の車に対しての合図であるかもしれないことから保険をかけて、彼を越えた位置で停車を試みた。
「あんなに大振りで手を振らずにメッセージを書いてくれれば、僕も気づくだろう。もしかしたら僕ではなかったかもしれないし。」
「おまえはいつも返事をしてくれないだろう。メッセージを送って気づいていても返事を送らないことだってある。それよりかは手を振って無視されるほうが、人違いだったかもと思えるだろう。そちらの方がまだ傷は浅い。」
「僕の癖を知っているのに、メッセージを送って傷つくことなどないだろう。」
「それもそうだな。」
「それにしても車に乗らずに、歩き帰るなんて珍しいんじゃないかい。朝いっていた増築の件かな。」
ほんの1、2秒だが間があった。
「・・・それについて聞きたいことが合ったから、役所に行ってた。その後、特に用事もないし暇だから散歩がてらに歩きで帰ろうと思ったんだが、おまえの車をみたものだから、つい止めてしまった。」
「分かった。気をつけて帰れよ。」
「特に理由はないんだ。じゃまた明日学校で。」
「じゃぁな。」
彼は僕の進行方向とは逆へ進んでいくが、その前に聞きたいことを思い出した。
「…その前に、今日の「無産者」についてどう思った。なんとなくなぜ今ここにきて俺らは教えられているんだろうかと少し疑問に思って。」
「なぜかはわからないよな。けれど、彼女が「無産者」になるとは思っていなかった。これまでそんな兆候は見せなかったんだけれどな。」
「無産者の人と知り合いだったのか。」
「そうだよ。まぁ、また今度話そう。何ならメッセージでもいい。今日は彼女とデートなんだ。」
「そうだな。また今度。」
今度こそ彼は帰ってった。
自動で車の窓ガラスが閉まり、加速を始めた。先ほどと同じく他の車がそれを察知し、車間距離を空けていく。
それらを間が抜けたように見つめた。脳の機能が半開の状態で気ままにイメージを膨らませていた。やはりまだ堀塚と話をしたいと思った。
携帯端末を開き、なかなか触れる機会がないメッセージのボタンを押し、新規メッセージのタブを押し、声帯認識で書き込む。
「さっきの話まだ続けていいか。」
「さっきは止めてしまったな。喜里川がメッセージを送るとは珍しいこともあるもんだ。用事でも思い出したか。」
文面から彼が平然とした顔で携帯端末へ打ち込んでいる姿をイメージした。しかし先ほどの話していた際の一言目までの間は確かに何かを居偽っているようだった。
「先の続きなんだ。堀塚が話したくなければそれでいいんだけれど、今後気になってもなかなか切り出せなくなると思って。」
そこから堀塚からコールがあった。あの大きなコール音がなる前に、返答を押した。
「今日の授業でキャリアの見本として出ていた阪田さんとさっきまで会ってたんだよ。」
僕に挨拶をさせる前に、唐突に話してきた。唐突な質問を投げかける彼女と、唐突に話しかけてくる彼のことを僕はまだよくわかっていないようだ。
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