第34話 風水、ジェットコースター、蟹

 蟹。蟹。蟹。

 こちらでもあちらでも沢蟹がうごめく。

 蟹。蟹。蟹。

 甲羅には人の顔に似ているどころではない、忿怒の表情。

 蟹。蟹。蟹。

 鋏をかちかちと慣らし人を遠ざける。


  * * *


 三方を山に囲まれた谷口町には小さいながらも遊園地がある。

 アスレチックの滑り台。

 芝生の坂を使ったソリすべり場。

 夏にはプールもできる。

 ファンシーなデザインのジェットコースター。

 カップルというより、幼児のいる家族が喜ぶ施設内容だ。

 

 さて、この遊園地には一般的な他の施設には見合わない場所がある。

 ファンシーなジェットコースターのすぐそば、小高い人造の丘。

 丘の頂上に、一文字だけ「平」と読めるほかはひどく風化した石碑が立つ。

 この丘は高い金網に囲まれており、「立ち入り禁止」以外の看板はない。

 由来については、いかなる噂、都市伝説でも風水によるものとされている。


 噂であれ都市伝説であれ、いくぶんの脚色を減らしていくと、風水があの丘の由来であることは間違いのないことだ。


  * * *


 開園当初、あの丘の場所にはメリーゴーランドがあった。

 さらにさかのぼると、あの丘の頂上にある石碑が立っていた。


 町長の肝いりのハコモノである。

 何としても成功させなければならなかった。

 

 しかし、開園後数日してから、奇妙な現象に悩まされることとなる。


 最初は一匹の沢蟹だった。

 人面のついた蟹である。

 何度追い払ってもメリーゴーランドの周囲に現れる。

 そこであえて捕獲し、「人面蟹発見!」と見世物にすると、遊園地の話題はたちまちのうちに広まった。


 それからも人面蟹は現れ続ける。

 日増しに増えに増えてゆくも、ペットとして売る、という手段で解決していった。

 当時、町長は谷口町から蟹口町に名を変えようとまで言ったらしい。

 あくまで酒の席の冗談ではあったものの、後に悔いることとなる。


 冒頭の事件、蟹の群れがメリーゴーランドに寄ってたかった現象が起きたのは見世物にし始めて一か月後だった。

 遊園地職員が総出で駆除に取り掛かるも、あまりにも数が多いので焼け石に水だったという。

 それどころか、人面蟹は今までのそれらと比べると巨大になっており、凶暴にもなっている。

 何人かの職員は、人面蟹に指や手を切り落とされてしまったという。

 幸いにも閉園時間を二時間ほど過ぎていたので来園客の安全確保は無問題だった。

 しかし、大事になってしまったのは否めないのである。


 町長に人面蟹の一件が伝わったのは事件発生より一時間半後。

 彼は慌てた。自分の功績がなくなってしまうかもしれないと。

 だが、この現象を抑えることができるのは一体どんな専門家であろうか。

 可及的速やかに処理したいものの、叶える手段は皆無に思われた。


 悩むうち、町長に電話がかかってくる。

 彼の親類の和尚からだ。 

 和尚自身も訝しげに話すものの、夢で人面蟹の一匹が語りかけてきた、と。

 蟹の話はくどくどとしていて要領をつかみにくかったものの、和尚が察するには、どうやら造成工事で石碑を動かしたのがまずいらしい。

 ではどうするのか、町長は尋ねた。

 石碑を戻すのが一番良い、と和尚が答えた。

 和尚は続けて、よくはわからないが、あの場所には風水では悪い気を抑える働きがあったようだ、と言った。

 オカルトを信じる性質ではなかったものの、町長は即決した。


 あの石碑を戻す。


 彼が発した途端、遊園地の人面蟹はどこぞへと去っていき始めた。


  * * *


 こうしてメリーゴーランドは別の場所に、石碑は元の場所に移転された。

 造成前には石碑が丘の上に立っていたので、その状態にまで戻す、というのは和尚の立案である。

 これ以来、怪奇現象の報告はない、とされている。

 丘を囲む金網に、一体の顔が潰された死体がかぶさっているのを発見されるまでは。

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