第32話 岩、骨相学、ゴルフ

【これまでのあらすじ】

 魔術師ミカエラ・メルクリウスは弟子の忌宮氷介いみのみやひょうすけを伴って、シモン・シオンの遺産分割調停に向かった。

 シオンの屋敷はロックフォート島にあり、彼が死亡した後も一年にわたって魔法の使用に制限がかけられている。

 そんな中、四人の相続人を殺害する予告状が届いた。

 チャリス卿、コパー卿、ブレイズ卿、オークワンド卿のそれぞれに相続放棄するよう脅迫する内容だったものの、四人はこれを一笑に付すか黙殺し、遺言書の内容を確認する作業に入る。

 しかし、書類箱には遺言書はなく、代わりに壊れたチャリスが入っていた。

 殺人予告状と同じく、チャリス卿を殺害する意味だと思われたが……。


【本編】

 深夜二時、ミカエラ先生はすでにコートを着てフェズを頭に被っていた。

 僕は、

「何かあったんですか?」

 と、尋ねる。

「卿が死んだ。殺人だよ」

「オークワンド卿が? しかし、予告状では……」

 僕が言いかけると先生は、

「いやはや。あの方お得意の骨相学で剣難の相を指摘されたのは私だというのにね」

 と言って、カバンを手にしようとしたので、慌てて持とうとすると、

「ああ、まだ準備があるな」

 先生がカバンを置いた。

「準備?」

「君だよ。さすがに寝間着で現場に行くのは感心しないからね」

「す、すみません」

 事実そうだった。急いで着替えて、現場へと向かう。


 僕は先生に、

「それで、オークワンド卿の死因は?」

 と尋ねた。

 ほかに聞くべきことはあったかもしれないけれど、先ほどの剣難の相云々が気になったからだ。

 先生は前を向いたまま、

「刃物で傷つけられ失血死。そういうところではないかな」

「確定ではないんですね?」

「ああ。高位の使い魔は使用禁止だったし、卜占での結果に過ぎないからね」

 ミカエラ先生ほどの人でもあいまいなところが多いらしい。

 いや、先生だからこそ卜占に信を置きすぎないのだろう。

「死因は確実ではないものの、死体があるのはゴルフ場だよ。しばらく歩くことになる。しかし、こんな岩の多い土地に作っても楽しくはないだろうに……」

「ですよね」


 現場にいたのはレイン巡査長と警官が数人、そして物言わぬオークワンド卿。

 巡査長が先生に気づき、警官の一人と顔を合わせて、

「屋敷にはもう連絡したのか?」

「いえ、まだですが……」

 と問答をする。そこに、

「いえいえ、私の使い魔が血の匂いに気が付いただけです」

 と先生が口を出す。巡査長は何かののしる言葉を小さく言った後、

「ホシはわかりますか?」

「ずいぶん直接的におっしゃるんですね。もしわかっていたら、私から連絡したでしょう」

「……でしょうな。ああ、屋敷の三人を出し抜いてやるつもりだったが、うまくいかんものだ!」

 といら立っている。巡査長もまたシオンとは別の魔術師から魔術の手ほどきを受け、かなりの業前になっていると聞く。それが、ロックフォート島に来てからうまくいっていない。魔術の制限が島全体にかかっているからだ。

「ともかく、死因はわかりますか?」

 僕が尋ねると、巡査長は頭を搔きながら、

「首を鋭い匕首で一発さっと引かれたってとこですな。まあご覧なさい。この苔むした岩を背に……いや待て、何だ?」

「?」

「……式印か? ミカエラさん、あなたの意見を聞きたいところだ。この円と十字」

「どこですか?」

「ほら、遺骸の背で隠れているが、円と十字の式印らしき図が……」

 巡査長が指さした先を見て、一目で先生が言うには、

「式印でしょうね。死体をずらしても?」

 巡査長のほうも確信を得られた以上、どんな術が仕掛けられているか調べなくてはならないので、

「いいでしょう。おい、みんな、遺骸をどかすから手伝ってくれ!」

 と言ってオークワンド卿の死体を運ばせた。結果、岩に描かれた式印の全体像が見えたわけだが、

「……ずいぶん単純な術だ。解錠の術あたりか?」

 巡査長は首をひねる。しかし先生が、

「まずいかもしれないですね」

 とつぶやくのを聞いて、ばね仕掛けのように部下の一人へ向かって、

「屋敷に連絡しろ! もうこの際好き嫌いは言えん!」

 叫んで先生に、

「術の全体像はわかりませんが、これは厄介なものじゃ?」

「……あまり不安を掻き立てるべきではないでしょう。しかし、おっしゃる通りです。もし私の推測が誤りでなければ、すでに屋敷のほうでも」

 言いかける先生を遮ったのは警官の驚愕した声で、

「し、失踪です! 残る三名の卿も!」

「!」

 驚く僕。先生たちも同様だったけれども、しかし手練れの二人だ、すぐに、

「署に連絡して簡易結界を配布させろ! できる範囲でいい、だが島民全員に渡るよう現場で知恵を絞れ!」

「今できる最善ですね。問題は『敵』がどこにいるか、ですが」

「ああ、その通り! おい、ここにいる連中は俺の指揮で別の任務だ!」

「忌宮君は私と来てくれ。レイン巡査長とは別行動になるが目的は同じだからね、許してくれるだろう」

 しかし、僕には何もピンと来ていなかった。先生も察した様子で、

「君はまだ気づかないのか? いいだろう、わかりやすく言おうか。シモン・シオンは生きている。そしてこの事件の黒幕だ!」

 

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