第29話 踊り場、鋏、書く
新館西の一階と二階を結ぶ踊り場には毎週更新で新聞が掲示されている。
黒蓮高校の生徒が作る、A4サイズ四枚からなる高校新聞である。
内容は学校行事の記録と予告、短編小説、調査研究、お悩み相談など。
ゴシップは扱わないのが編集方針で、それなりの人気がある。
さて二〇XX年四月、第二週の新聞発行二日前、発行元の黒蓮高校新聞部はグロッキーだ。
書かねばならないことが多すぎるのである。
部長の三年、西川はへろへろの声で言う。
「文芸部の清田さんはどうなってるの~……」
二年、大山がへなへなの声で答える。
「駄目でした……あの人、返事はいいけど締め切り破りの常連だそうで……」
「オゴーッ」
一年、塩谷が悲鳴を上げた。
実のところ、第二週の高校新聞は内容がスカスカになるおそれが大いにある。
学校行事は何とかなるにしても、他三つはそうはいかなかった。
短編小説は件の清田が原稿を落としているので新聞部ないし文芸部から別の人間を選ばねばならない。
調査研究はスンジャタ・ケイタという人物について調べてくれ、という投書を基に記事作りを進めているものの、日本語資料の少ないマリ帝国創始者のことであるがゆえに、難航中となっている。
さらにお悩み相談は量が多すぎて、どの相談を掲載するべきかで二年成田と同じく二年羽田が激しい論争を繰り広げている最中なのである。
三年、西川は最後の手段に訴えなくてはならない時が来た、と感じてはいた。
しかし、その手を打てば新聞部の伝統に傷をつけるかもしれないと恐れ、実行に移し出せずにいたのである。
だが考えても見てほしい、締め切りをぎりぎり延ばすとしてもあと二日、あと二日しかないのだ。
新聞部の玉の緒を鋏で切ってしまう事態だけは避けねばならぬ。
たとえ伝統に傷をつけたとしても。
西川はへろへろの声で重大な決断を下した。
そして第二週目の新聞は発行された。
内容は以下の通り。
・学校行事の記録、および予告。
・A4一枚全部を使ってのおわびの言葉。
短編小説、調査研究、お悩み相談の三本が完成しなかったことに対する謝罪文である。
・過去の新聞部の人気記事。
具体的な数字があるわけではないものの、部長三年西川が体感で評価が高かったと思う記事を取り出し、鋏の音高らかに、縮小コピーした過去の新聞をスクラップブックめいて貼り付けたのである。
・新聞部の窮状と部員募集。
実のところ、新聞部は過去最大の存続の危機だった。
一年は塩谷しか今のところ入っておらず、二年も前年に入りが悪かった。さらに三年は西川一人である。
彼女は成績がわりとよく、志望大学にも無理なく入れそうなので新聞部を続けているものの、他の三年部員、いや元部員は高みを目指すべく勉学に力を注ぎ新聞部からは卒業という形になっている。
部の存続には数の面でも五人以上は確保された状態で、質も引き継ぎをしっかりしておきたい。
西川の静かにして激しい魂の叫びが書かれていた。
三日後。
西川たちはまたしてもグロッキーだ。
清田はまた「てへぺろ~」と言いながら原稿を落としそうだし、スンジャタ・ケイタって誰だよ状態だし、お悩み相談は「成田と羽田の仲が悪化しています、どうしたらいいでしょう?」と新聞部が言いたい状態であるし……。
状況は一切好転していなかった。
鋏を手にまた過去記事のスクラップブッキングをするか、と西川が諦めかけたところ、部の戸を叩く音がした。
塩谷が開けると五人の女子生徒だった。
「えっ、塩谷君の彼女?」
大岩が言った。ボケでなく本気で言った。塩谷は美少年だから、五股かけていても普通だろうという推測だ。もてない男の、もてるはずもない思考。
塩谷は困ります、と眉間にグランドキャニオンを作って大岩をにらんだ後、女子たちの用向きを聞いた。
西川は歓喜雀躍した。一日に五人も新入部員が入ったのである。
これから育成に忙しくなるかもしれない。
しかしそれは嬉しい忙しさだ。
苦肉の策が棚ぼたを引き起こしたことに西川は安堵した。
二度と通用しない手だと堅く自らを戒めながら。
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