第26話 狼、言葉、シソ
宿屋に三人の男が集まって、最近見聞きしたことなどについて話していました。
【一人目の話】
狼が俺に口を聞いたと言ったら信じるか?
俺も自分を疑ったよ。だが本当のことなんだ。
あれは満月の夜だった。
行商の帰り、飲みすぎて遅くなった。
ふらふらといい気分で歩いていたら、突然目の前に狼が飛び出してきたのさ。
もうびっくりしたよ。
だが本当に驚くのはまだ早かった。
狼が口をパクパクさせて、
「これおやじ、酒を持っていないか?」
なんて言い出すからな。
ここまでなら酔っぱらいの夢で済む。
だけど三回も聞かれちゃあ本当にあったことだとしか思えない。
俺が答えられないでいると、狼は去っていった。
その夜はもう帰る気もしなくなって、酒場に逆戻りした。
狼に会いそうになった、と言ったら泊まっていけって。
ありがたくそうしたよ。
朝になって、同じ道を通ると、狼の足跡がはっきりあった。
しかし、なんだって狼が酒を欲しがるんだろうな?
【二人目の話】
俺の話はまた聞きだが、面白くはあると思う。
ある薬草小屋の婆さんの話だ。
生業上、毎日いろいろな草花を育ているわけ。
シソは知ってるな? 重要な薬草の一つだ。
そう、一度勢いがつくとどこまでもはびこっていく奴。
で、婆さんはシソの茎に何か結び付けてあるのを見つけた。
そいつは色付きの紐だった。
俺たちなら妙なことをする、で終わってしまうよな。
だがその婆さんは違っていて、領主様のお屋敷に走っていった。
そして言うことには、
「三日後、匪賊が来るので武器の用意をしたほうがいい」
と。
領主様は薬草婆さんが嘘をつく人間ではないと評判から知っていたんで、すぐに準備を始めた。
三日後、婆さんの言うとおり匪賊が襲ってきた。
しかし守りは固めてあったので、被害を少なく抑えられたわけだな。
匪賊の連中には怪我人やら死人やらがやたらめったら出た一方、領主様側は軽い傷が六人で済んだ。
事件のあと、領主様はどういうわけで匪賊の来る日にちを知ったのか、と聞くと、婆さんが連中の暗号を見つけたからだと答える。
そう、あのシソの茎の紐だ。
婆さんは昔匪賊に捕まっていて、その時に連中の紐言葉、つまり暗号を覚えたらしい。
領主様は金貨を与えようとしたが、婆さんは子供も孫もいないので、と言って断ったそうだ。
【三人目の話】
俺のは妙な話だ。また聞きでしかも短い。
ある村はずれで狩人の死体が見つかった。
明らかに誰かに殺されたようだった。
証言を集めないといけないことになったが、その中に変なものがあった。
死体を見つけた子供の証言だ。
それによると、死んだ狩人の周りに二匹の狼が来て、
「ああ、死んでしまった! お前が傷ついたとき、シソの葉をくれたいい奴だったが!」
「そう、死んでしまった! 誰に殺されたかわからないが!」
と叫んで去っていったらしい。
当然、本当のこととは信じられず、文字にはならなかったらしい。
で、誰が下手人だったかって?
残念だがそこまでは聞いてないんだ。
そのようにして、宿の夜は更けていきました。
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