第17話 茂み・竜・塩

 大河は滔々と流れ、いくつもの支流を生む。

 ある川は暴れ、ある川は静かに進む。 


 支流の一つ、七星江。

 川沿いには山々が峨々とそびえ、簡単に往来できる場所ではない。

 それゆえ、小さな村落がいくつか見える程度である。


 山には藪こぎをしなければならないようなほど低木が茂っている。

 大小さまざまな洞窟も数多い。

 そのうちの一つ、大虫洞に何人もの、いや千にも届くほどの人間が集まっていた。

 焚き火があちこちで焚かれ、夜の寒さと暗さから身を守っている。


 人々が手にした長兵短兵は、いずれも質が高い。

 だが、防具は籐牌か古びた絹鎧くらいが最高で、大抵の者は普段着か毛皮をまとった程度である。

 明らかに正規の兵ではない。では一体何者か。


 最も良い防具を身に着けている男が、洞穴の地形を活かして立っている。

 彼の名は袁雷という。

 袁は、集まった者たちに短く叫んだ。


「とうとうここが嗅ぎつけられた。反乱の時はもはや選べない。我らはこの地より打って出る!」


 おう、とあちこちから武器を上げて賛同が示された。

 彼らにとって、袁の言葉は信用を置きすぎても損はない。

 それゆえ、朝になると千人近くの兵が大虫洞から出撃した。

 狙うは関所に官舎である。

 戦法は旨味のある戦いだけ、つまり勝てる上に利益が損害を上回るときだけ戦うという単純なゲリラ戦だ。


 初戦は昼に始まり、夕刻になる前には全て勝利に終わった。

 関所を七つ、官舎を二つ陥落させ、王朝の証である龍旗も七十本近く奪い取った。

 絹鎧を作るには不十分である、という理由で龍旗は次々と燃やされ、貧乏性の者が、こんな贅沢は初めてだ、と笑い合ったという。

 それだけでなく、軍資金や武器防具も少ないながらも手に入り、兵団を強化した。


 一ヶ月後、袁の軍は十三倍に増え、王朝の都に攻め上る直前までに至る。

 しかし、袁は決戦の前夜に倒れ、翌朝死亡した。

 彼を中心にまとまっていた軍は簡単に瓦解してしまう。

 反乱軍を打ち破った王朝は更に五百年の命を得たのだった。


 後に一人の王族の女が七星江に寄って詩作にふけった後、袁の決起地をついでに見ておこうと大虫洞を訪れた。

 彼女の日記によると、洞窟の内壁は白く、袁が密造していた塩の名残に違いあるまいと思い、一つの詩を作ったという。

 しかし、大虫洞を歌った彼の詩は現存しない。

 おそらく、彼女は軽い気持ちで作ったので書き残さなかったし、付き従ったものは彼女にあらぬ疑いがかかるのを恐れて記録しなかったのであろう。

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