第11話 枯れ木、髭、灯籠
どこぞのアジアの話である。
時は夕方と夜のちょうど変わり目、街は賑やかさと静けさの境目。
やせ細った老人が歩いている。
手にした杖もひどく細い。
少し無理をすれば折れてしまいそうだ。
老人も、手にした杖も。
しかし老人の動きは速い。
歩いている、とはいうものの、彼は若者の速歩きほどのスピードを出していた。
杖をついているのにもかかわらず。
彼が急ぐ理由はない。
いつも老人は素早いのだ。
老人の行き先は廟である。
一区画作れるほど、この街には廟が多い。
しかし、その扱いはぞんざいだ。
本来なら、今残っているものよりもさらに多い廟があるはずだった。
区画整理。
市長の言葉のもと、次々と廟が壊されていった。
美術的にも、歴史学的にも重要なものでさえ破壊された。
信仰が薄まっている。
いや、皆無になっているのだ。
それを示すかのように、老人の入った廟の境内は荒れ放題だった。
背の高い雑草が辺りに生え、屋根からでさえススキが幾千も伸びている。
本来、境内の美観を整えるはずの木々は枯れ果てている。
老人はため息をついた。
彼が見上げた先には、
疲れを感じつつも、山羊髭の老人は建物の中へと入っていった。
内部もひどい有様である。
残っているのは、安物の木で作った灯籠が数個と、破損箇所の多い神像だけ。
あとは全て盗み出されてしまっている。
このボロボロの神像が、
老人は言った。
「もはやここに留まるのも限界のようです。蒼頡様、ワシの退去をお命じください」
すると、壊れた神像がうなずいた。
正確には、首がゆっくり倒れ、その後全身が崩れ落ちた。
それに合わせ、一気に廟の建物が崩壊する。
さらに境内に大きな穴が空き、有象無象の隔てなく、全てを飲み込んでいく。
跡が残らぬほど、しかし静かに蒼頡廟の全ては吸い込まれていった。
後日、奇妙なことが起こった。
街の識字率が一気に下がったのだ。
パーセントで表すと一桁に落ちている。
それまで文字を読めていた人も、急激に読めなくなっていた。
ただ、枯れ木のような、山羊髭のような、か細い線が踊っているようにしか見えなくなってしまったのである。
街の人々には何もわからなかった。
ただ一つ、言い添えておくなら、蒼頡という神は文字の発明者であるということだけか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます