第10話 流れ星、舌、絵の具

 雨は音を立てずに降り、辺りを照らす街灯の光も遠くまでは届かない。

 そんな折、あるサラリーマンに、江夏友円とキブ拾八号が近寄る。

 そして、


「そこの方、現在的な意味とは違う言葉をいくつか使いますけど、問題は?」


「無いと思うわ、この人には」


 友円の問いに拾八号が代返した。苦笑しつつ彼は、


「ともかく、天文学者というのは天の星々と地上の運命とを連携させて考える生業が最初です。箒星とか日食月食、惑星の見かけの動きだとか」


 と言った。


「話がつかめないのですが……」


 サラリーマンは困惑した表情を見せる。


「そうでしょうね、まあ歩きながら聞いてください」


「急いでいるんですが」


「ええ、ええ、そうでしょうとも。しかし」


 友円が食い下がったとき、サラリーマンが素早く己のポケットに突っ込み、何かを握り取った。

 さらに彼がその何かを取り出そうとした、その瞬間、


「がぁっ!」


 拾八号の手刀がサラリーマンの右手を打ち、友円は相手を羽交い締めにし、簡素な術で気絶させた。

 相手の持っていた物をあらためた拾八号が、

 

「なるほど、塗料を使う魔術ね。赤……火の術?」


「だろうね。もしくは鉄を操るか……どちらにせよ、火星を利用した魔術だな」


 友円が答えた。


「そう。当たりね」


「道半ばに届かない、といったところだと思うけどね。とりあえず局長に連絡するよ」


「え、本星じゃないの?」


「ああ。この人の力では到底、件の術を発動させるには弱い……『燃ゆる言のバーニング・ワーズ』の傀儡あたりかな」


「残念。もう少し連中の中枢に近い人間であれば……」


「そうも言ってられないよ。君はその人が飲みすぎて倒れている風を装ってて」


「了解」


 拾八号は適当な演技をしつつも警戒を続ける。傀儡とはいえ、何をしてくるかはまだ不明だ。

 一方の友円はスマホを取り出すと、機関局長に電話をかける。


「おや、局長ですか? こちら第二班です。……はい、はい、あっ、そうなんですね。……いえ、大事に至らず良かったと思います。……はい、はい、了解しました」


 大げさに肩をすくめてみせる友円に、拾八号は、


「予防できたのかしら?」


「まあね。第三班が大暴れしたんだってさ。偶然にも親玉とぶつかっちゃったらしい」


「あらあら。先を越された感じね」


「君の蝙蝠と銃剣が振るわれなくて良かったとも言える」


 苦笑する友円に、


「ちょっと、心外なんだけど。私はいつもうまくやってるでしょ?」


「まあそうなんだけどさ、昔の格言にあるじゃないか」


「何?」


「『剣は鞘に収まっているときが一番の名誉だ』って」


 はあ、とため息をついて拾八号が、


「それもそうね。で、この人どうしよ」


「警察に連絡しようか。酔いどれてる人がいましたーって」


「でも傀儡になってたんでしょ? いきなり民警に渡して大丈夫かしら」


「冗談だよ」


 舌を出しおどける友円。

 苦笑する拾八号は、彼にサラリーマンを立たせるのを手伝わせ、小雨の降る中、機関局員の護送車を待つのだった。

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