第5話 無人島、男の子、箱

 誰もが持つ夢、願望というものはよくある。

 世界中の全人類が、という訳ではないにしろ、「大金持ちになりたい」とか「何かしらで褒め称えられたい」とか、そういった類のことは一度は叶ってくれと思ったことがあるだろう。


 私の息子にもそういった願いがあった。

 いや、今もある、と言ったほうがよいだろう。

 ただ私が気づいていなかっただけだ。


 幼い子供は、飛行機や自動車、恐竜やモンスターなどの図鑑や絵本を見て名をひたすらに覚えるもの。

 息子におけるそれは、海賊だった。

 フリント船長、黒ひげ、ジョン・シルバー、その他さまざまな海賊の名を挙げるのはお手の物だった。


 そんな幼少期をすぎると、大抵は必死に覚えた名前の大半を忘れてしまうか、別のものに情熱を注ぐようになる。

 息子もそうだった。

 近所の友達に誘われてサッカークラブに通い、それなりの成績を上げた。


 そのまま、中学に進みサッカー部へ、高校に入ってもサッカー部を選んだ。

 とはいえ、上手かったわけではない。

 ただ、情熱を注ぐのに適していたのがサッカーだったのだろう。


 そして大学でもサークルはサッカーないしフットサル系の何かを選ぶのだろうと思っていた。


 しかし、そうはならなかったのだ。


 息子の友人の言葉によると、どういうわけか大学に入った息子は孤独を愛しはじめたのだという。

 むやみに人を遠ざけるわけではない。

 だが、人とつるむことを避けるようになったらしい。


 人付き合いを一切しないわけではないので、友人も特にはたしなめずそのままにしておいたらしい。

 確かに私たち家族に対しても少し距離を置くようになったのは覚えている。

 が、かと言って攻撃的な態度になることはなかった。

 息子は常に温厚に振る舞っていた。


 彼がいなくなったのは二年生ごろの夏だったと思われる。

 秋頃、大学からの連絡で通学していないことがわかると、私は息子に連絡を何度も入れた。

 結果は梨の礫。

 しかたなく彼の家へと向かった。


 管理人の手を借りてドアを開けると、誰かがいるような気配がある。

 ただ、目にも見えず、耳にも聞こえない。

 それでも誰かがいるのだ。

 いるはずなのだ。


 長い時間かけてどこに息子が行ったのか調べた。

 こちらも梨の礫。

 彼の習慣上、日記もあるはずだった。

 しかしノートは学業の類しか見つからない。

 結局、行方不明で、警察に届けることにした。


 あれから五年経つが、息子はまだ帰ってきていない。それ以来、連絡はない。

 気になっているのは、机の上の箱。

 箱庭になっており、中には青い海と七つの島、そして二隻の船が置かれていた。

 ひょっとすると息子はあの中にいるのではないか?


 確かめる手立てはない。

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