第3話 滝、美しい、屋根

 夕日に染まり、文芸部室は紅々としていた。

 

「時にアフラくん」


「松田です!」


 塩田先輩がガクッと昭和なズッコケ方をするも、そのまま話を続ける。


「……時にアフラ・マズダくん」


「スベったからってなかったことにしないでください!!」


「『北方謙三は形容詞「美しい」を使わない』なる話がある」


「無視しないで!」


「鹿が十頭、略してシカトしているわけではない」


 先輩のギャグセンスは独特だ。まったくついていけない。

 知ってか知らずか、塩田先輩は話を強行継続する。


「いや何、本当かどうかは知らないのさ。なにせ北方水滸伝第一部全巻を一応読んだだけだ」


「あれ結構長いですよね……」


「うむ、楊令伝とか岳飛伝まで読めるかどうかわからん。それはともかく、あの大長編の中から「美」の文字を思い出せないのも確かだ」


 塩田先輩が腕を組んだ。何かロクでもないことにならなければいいけど。


「……難しくないか? どういう縛りプレイなんだ? ソープより鞭と蝋燭がお好きなのでは?」


「大作家ですよ! そんなことを言ってはいけない!!」


「そうだな、直木賞親衛隊から刺客を放たれるおそれがある」


 なんだ直木賞親衛隊って……。


「直木賞親衛隊とは」


「説明しなくていいです、どうせ与太なんでしょ」


「いや! 与太であるものか! 先日の台風で我が家がひどい目にあったのも直木賞親衛隊のせいだ! 私が二年留年しているのも直木賞親衛隊のせい!」


 ああ、与太話だ。間違いない。

 というか二年目なんだ……塩田先輩の高校留年……知らなかった。

 大学で留年というのは聞いたことあるけど、なんで先輩は高校で二年も足踏みしているのだろう。

 病気だったという話は聞いたことがない。


 僕の呆れと困惑を知ってか知らずか、塩田先輩は直木賞親衛隊の悪行を語り続けている。


「阿部一族が全滅したのも直木賞親衛隊のせいだ! 知っていたか!? 知らなかっただろう!?」


「そういえば先輩の家、屋根飛んでっちゃったんですよね」


「そうだ! あれはきっと直木賞親衛隊の鉄砲玉、爆破のボブがやらかしたに違いない! おかげで私の誕生日ケーキに雨がダッッッバァァァァァァーーーーーッッッと! 蝋燭吹き消したかったのに!」


 地団駄を踏んで塩田先輩が悔しがる。たしかにこの前の台風は滝めいた排水溝の映像をよく見た。人への被害がそこまでなかったのが奇跡的だったと言われている。


「先輩、ところで爆破のボブって誰ですか」


「いいことを聞いてくれた! 爆破のボブの正体は私しか知らん。直木賞作家、ボブ・ディランだ!!」


「ボブ・ディランはノーベル文学賞ですよ」


「えっ」


「ええ……」

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