第2話 花の咲く木、職人、誘蛾灯

 あれは一体いつの話だったか。

 ともかく、十年前とか二十年前とか、そんな頃じゃなかったはずだ。

 俺自身も祖父から又聞きしただけにすぎない。

 祖父も又聞きだと聞いているから、ひょっとすると百年以上前なのかもしれない。


 いずれにせよ、この話で重要なのは一人だ。

 指物師の男。名前は覚えていない。ただ、腕は確かだった。


 その男は仕事で家具を作る以外にも、自分の楽しみのため、もしくは暮らしを便利にするべく道具を作ることがあった。

 今となっては一つも残っていないそうだが、とにかくそんなものにも手を抜かず良質な品を生み出していたらしい。


 ある日、ふと思い立って彼は行灯を作った。

 影絵を映し出すもので、簡単なからくり仕掛けが付いている。

 桜を眺める翁、団扇をあおぐ母親、餅つきをするうさぎ、降り注ぐ雪の結晶など、四季に題材をとった影絵があったとのことだ。


 昔のことだから、大した楽しみもない。

 指物師が行灯を見せると、たちまち噂となって「いくらでも払うから自分にも作って欲しい」という声が近隣の町から届いたらしい。

 彼自身、まんざらでもなく、前金をもらって製作の予約を受けていた。


 しかし、急に心変わりして前金を返し「もうあの行灯は作らない」と言った。

 その上、精巧な出来だったはずのあの行灯でさえ叩き壊してしまったらしい。

 現物が残っていないのはそういう訳かもしれない。


 さて、そうなると気になるのは理由だ。

 当然、予約を入れた人々は尋ねる。

 しかし指物師は「教えられない、だが行灯は作れない」の一点張りだった。

 

 頑固な男ではなく、むしろ新しいものを取り入れる寛容な性格の指物師がそこまでからくり行灯を嫌がるようになったのは何故なのか。

 一体、何があったのか。誰も彼もが訝しんだ。


 俺は理由を聞いている。だが真実かどうかはわからない。


 ある夜のことだ。指物師がからくり行灯を動かしていると、どこぞより声がする。

 おかしいと思ったものの、気にしないでいた。

 だがそれは近づいてくる。しかも大人数のようで、声の高さ低さなど様々だった。

 声の方向を見ると、陽炎のような人々が、菫ほどの小さな人々が列をなしてやってくる。


 ぎょっとして指物師は声をあげようとしたが、どういう訳か体が固まり動かない。

 からくり行灯のほうへと奇妙な小人たちが近寄ってくるのを、ただ見ていることしかできなかった。

 ひたすらに見ていると、行灯の火の中へと一人飛び込んだ小人がいる。

「じょうどじょうど」と小さく叫びながら。


 何もしないでいるうちに、小人たちは一人、また一人と火の中へ飛び込んだ。

 やはり「じょうどじょうど」と小さく叫びながら。

 一人飛び込むごとに、壁に映った桜の影絵は花を咲かせてゆく。

 次第にそれは指物師が描いた花の数を超え、幾百もの桜花が壁に映る。


 最後の小人が飛び込むと、そのまま行灯の火は消えた。

 あとには何もわからぬままの指物師が残されたそうだ。


 祖父の話によると、不確かなことだが漏れ聞こえてきた噂をまとめると理由はこういうことらしい。

 だが祖父も俺も、この理由の話の方は信じていない。

 そもそも、近隣の町から予約されるほどの代物を作り上げた男の話が広く伝わっていないのもおかしい。

 結局は誰かの与太話なのだろう。


 ただ、これは歴史ある与太だとは断っておく。

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