第24話 拾いもの

「おや? 君はたしか……」


 玄関先の城はおれの姿を目に留めると、不思議そうに首を傾げる。どうしておれがこの家にいるのか、といわんばかりだ。実際にところ、おれもなぜこの家に来る必要があったのか、まだよくわかっていない。


「こんにちは。偶然ですね。もしかして訪問診療の日だったんですか?」

「ええ。大澤さんはどうしてこのお宅に?」

「いちおう仕事というか、この家のゴミを処分しに」


 城は家の中へ視線を送ると「ああ」と納得したように小さくうなずいて、おれにむかって微笑んだ。


「なんでも屋だといっていましたね。これは助かります。ありがとうございます」


 そういって城は丁寧にお辞儀をした。悪い気分ではなかった。

 城がここの主人の診察をしている間、トシおばはなにやら大きな声でヒステリックに喚いていた。見かねたオカモトさんがなだめにいったのだが、それでもトシおばの熱は冷めることがなかった。

 結局、二十分程度の診察をしている間、トシおばは今の医療にはガンは治せない。医者は患者を薬漬けにして金儲けをするのが目的だ、と悪態をつき続けていて、聞いているこちらが気の毒になる程だった。


「では、またきますので」

 そういって城は奧の部屋から出てきた。おれに向けて軽く会釈して通り過ぎる城に、おれは「先生」といって呼び止める。

「はい?」

「あの、どうしてトシおばは、訪問医療を受けているのに、あんなに医療を否定するんですか?」

 おれがたずねると、城はすこしだけ眉尻を下げて、困ったような顔になった。


「ああ、彼女は代替医療を受けているんですよ」

「代替医療?」

「ええ。よく、食べるだけで何キロ痩せるとか、そういう広告があるでしょう? どうやらその手の民間療法に手を出しているみたいでね。そんなもので、ガンが治るなら、私たち医療者は必要ありませんよ」


 嘆息しながらそういった城は、それでも少しだけ口端を持ち上げ、笑みを作って見せた。年相応に、口元に小さなしわが浮かぶ。


「だからといって、患者の治療やケアを諦めたりはしませんが。患者が穏やかな終末期を過ごせるようにプランすることが仕事ですから」


 その力強い言葉に、こういう人たちがいるから、日本の医療は世界最高峰を誇れるんだと、素直にそう思った。

 ただその想いが届かない人も中にはいる、それがおれにとっては残念でならなかった。


     💊


 次の在宅患者の家に行くという城を見送り、ふたたび家の中の片付けに戻ったおれは、ついさっき掃除したはずの場所に新たな袋がひとつ置かれているのを見つけた。その中には、小さな緑色の小袋が大量に入っている。

 何気なしにそれを拾い上げると、奥の部屋からトシおばと思しき年配女性がひょっこりと顔をのぞかせて、おれにむかって「それ、一緒に捨てておいて」と、荒々しい声で叫んだ。

 ここの家がゴミ屋敷になる理由がよく分かった。


 最初、おれはその袋に入っている緑色の小袋を、お菓子かなにかそんなもののだろうと思っていた。しかし、そこに書かれた文字を見て、おれは眉をひそめた。

 小袋の表面には「オキノーム」という名称が大きく記載されていて、その隣にお菓子には似つかわしくない「10mg」という表示。さらに袋の中からはPTP包装された錠剤がいくつも出てきた。アルミ箔のシートに印刷された薬の名称はどれもおれが知らないものだった。


「なあ。これ、薬だろ? 捨てるのか?」


 家の奥にむかってそう大声でいうと、トシおばのヒステリックな声が返ってきた。脳髄にまで響きそうな、はっきりいえば耳障りな声だ。


「そんな薬飲んでもガンはなくならん! かえって体に悪いがね! サノ先生の治療のおかげでもう薬はいらんど!」


 どうやら、そのサノ先生とやらが、トシおばが信じ込んでいる民間療法の先生らしかった。

 これ以上、あのヒステリックな声を聞くのも気が滅入るので、おれはあとで安田先生にきいてみようと、彼女が捨てた薬を自分のリュックのなかに押し込んだ。

 しかし、肝心なものというのは、いつも雑多なゴミの中に埋もれていくもので、屋敷の片付けが終わるころには、薬のことなんてすっかり忘れてしまっていた。

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